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第二十一話・ホームレスの女

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日付けが変わる前、桜井たちが署に戻って来た。若い女性の遺体、菅野奈緒の可能性もあるかもしれない。葉狩は桜井が戻ってくるのを待っていた。近くのコンビニで焼き肉弁当を買い、署内の自販機で水を買った。
「お、食欲旺盛なオジサンだな」
 桜井が軽口を叩きながら、葉狩のデスクに近づいた。
「なんだよ、早かったな」
「待っててくれたのか」
「ああ」
 葉狩はタレがしみ込んだご飯を口に放り込んだ。食事というよりも、穴に捨てるようないらない何かを処分しているようだった。
「ホトケさん、身元わかったのか?」
「あぁ、若い女じゃなかったわ。老婆だったぜ。ホームレスな」
「ホームレス、あの辺は土手を越えると住宅街だぞ」
 葉狩は箸を置いた。
「河川敷に住むのは無理だしな」
 桜井は苦々しそうな顔でいった。
「どうしたんだよ」
「いや、あのホームレス、知ってるんだよな」
「なんだ、お前のモグラか?」
「俺は潜入なんてさせてねぇよ。じゃなくて、非番の時に、万引きでな。とっ捕まえたんだけど」
「身元わかってんのかよ」
 桜井は隠し事が下手だ、葉狩は桜井の泳ぐ目を見ると見逃さない。ストレートすぎるこの男は、二課のような知能犯や詐欺師たちを相手にするのは難しいだろう。駆け引きが苦手なのだ。
「自分のことを女優だっていう婆さんでな。見た目は若いんだよ。だから、若い女性の遺体なんて通報があったんだと思うんだが」
「女優?」
「舞台女優っていうのか、たしかソウダチカコって名乗ってたな」
 桜井はスマホのカレンダーをめくりながらメモを見ていた。

「ソウダチカコ?知らんな。俺たちの母ちゃんたちの世代か?」
 葉狩はデスクで長々とスリープになっているパソコンを起動した。らせん模様に流れるスリープ画面が、猫だらけの壁紙のデスクトップに切り替わった。
「なんだ、これお前んちの猫か?」
「あぁ、猫好きに悪い奴はいないからな。おれはいい奴だ」
 葉狩は、ブラウザを開き、検索ボックスに「ソウダチカコ 女優」と検索した。画像のタブに切り替えた。
「あ、これか。この人」
 桜井はサムネイル状になったソウダチカコの画像を指さした。
「なんだよ、これがその婆さん似てるのか?」
「この画像じゃぁ随分若いけど、これだよ」
「女優からホームレスに転落したってわけか。で、事件なのか?事故だったのか?ホトケさん」
 葉狩は遺体が菅野奈緒でないことにホッとしつつ、あいさつ程度に事件に首を突っ込んだ。儀礼的な質問に、桜井は意外な返事をした。
「事件だよ。殺されてる。でな、このガイシャを万引きで捕まえた時にな、変なこと繰り返しいっててな」
「なにを?」
「私の名前は奪われたって」
「どういうことだよ」
 葉狩は置いた箸先をそろえて、残りの焼き肉弁当を食べ始めた。肉が固くなりはじめ、脂が固まって来た。ポテサラのポテトも換気扇の風でカサカサになり始めていた。
「わからん。頭がおかしいのか」
「おい、見てみろよ。これ」
 葉狩がソウダチカコで調べたパソコン画面を指さした。熱狂的なファンと思わしき人物が作ったプロフィールページだった。ちょうど十八年前、二カ月ほど行方不明になっている。行方不明になる数年前から女優業も休業していたのか、舞台の出演歴は途絶えていた。
推しを追っかけていたのだろう、当時のフィルムで撮影した写真を取り込んで、画像も付け足しながらプロフィールが作られていた。
「行方不明か、署内のデーターベースに何か記録は残ってないだろうな」
 桜井は諦めた表情でいった。
「この、ファンページ作ってる管理人にあたるのがいいな。京都に住んでるみたいだからな」
 幸いにもページをスクロールしていくと、管理人のメールアドレスが記載されていた。
 葉狩は管理人に今回の他殺と思わしき事件について、協力を仰げないかメールを送った。
「おいおい、この事件は一課の管轄だろ」
 桜井が葉狩の肩を掴んで真っ当な主張をした。手が湿っている。スーツ越しに桜井の体温を感じた。
「だから、俺が動くんだろ。名前を奪われたって、戸籍交換かもしれないだろ。詐欺師のなかにも戸籍扱うヤツラもいるからな」
 管理人から返信が帰って来た。
《明日、新嵐舎の餃子のますもりで会いましょう》
 時計の針は午前二時を過ぎていた。
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