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第十一話・絡み合う蔦と崩れる壁
しおりを挟む正美の母、重野英子は金策に追われていた。家じゅうの金品を換金し、軽自動車も手放した。正美の入院費も虚偽申請により、保険金を保証額以上に受け取っていた。保険会社といっても無能ではない、英子は自身が勧誘する子会員、孫会員たちのなかに保険外交員を探した。それでは段取りが悪いと早々にに気づき、保険の外交員たちが集まるセミナーに顔を出していた。ファイナンシャルプランナーの資格を持っていた英子は、いつしか自分でセミナーを開催し、保険外交員はセミナー費用無料でファイナンシャルプランナーの勉強会を行った。セミナーは盛況で、その中には夫や姑、子供で悩む働く母たちが多くいた。英子は、確実にその悩みの深部に入り込み、正美の保険契約を結ばせ、不正に保険金を手にしていた。英子にとって、正美は金を産むための装置となっていたが、いつからこんなことになったのか自分でもわからなくなっていた。
最初、誰に誘われたのかも覚えていない、思い出せない。離婚仕立ての頃だった。正美がまだ幼稚園に通い始めた頃。街の清掃や老人会の運営補助、貧困家庭の食事の炊き出しなど、寂しさからある団体の活動に参加した。そこから、英子はその団体に金を搾取され続けた。集団の中にいれば安心できた。正美が不登校になるのは、いじめのせいだと英子は今でも信じている。
不登校の正美が学校に行き始めたと思った矢先、正美が事故に合った。不幸の次の幸せは、また大きな不幸になって還ってくる、そういう厄災があなたのまわりにこびりついている、団体に所属する弁護士・一ツ橋の紹介でさらに上位会員に会った。早田千賀子という女性だった。
彼女とは一度会ったきりだ。それ以降は会っていない。そもそも最初の一度、会ったといってもアルファードの後部座席に座っている千賀子をスモークの窓越しに見ただけだ。
ありったけのお金と名のつくものを換金し、千賀子がいう団体に献金を繰り返した。自分のお金も、保険金でだましたお金も、子・孫会員から上納させたお金も、お金が一緒くたになっていた。お金の受け渡しは最近では一ツ橋が間に入ってくれていた。団体の弁護士が間に入ってくれる、英子は自分のステージが上がっていると確信していた。
ただ、英子にはわからないことがあった。正美は交通事故にもかかわらず、二年近く入院したままだ。入院していれば、保険金は降りるものの、正美がこのまま入院し続けていることを望んでいるわけではない。愛する我が子、母ひとりで育ててきた。一ツ橋からは見舞いにはいかないようにと、お達しがでていた。千賀子からの命令だと言う。世話は同じ団体の看護師と医師が何人かいるので安心しろと言う話だった。先週の正美の危篤時にも、会いに行くことすら許されなかった。英子のなかで「これは正しいのか?」という小さな疑念が涌くものの、すぐに気泡のように弾けて消えた。英子の洗脳は深いところまで食い込んでいた。
*
中田陽子は秀一にまつわる疑念を整理していた。
・正美という少年は、危篤にもなるほどで、意識がある頃には、「ころされそう」というメッセージを秀一に暗号として送っていた。
・秀一と咲江は孫と祖母の関係で、咲江は陽子自身のパート先の杉浦と揉めて辞めた。
・杉浦は咲江を詐欺で告訴した。そもそも杉浦は咲江のことを恐れていた。
どこにも接点の軸が見えない。手っ取り早く咲江に話を聴くのが正攻法かもしれないが、それは刑事のやり方だ。陽子みたいななんでもないただの同僚に咲江が口を開くわけもない。孫と同じ夜学に通っているパート先の元同僚、なにかあと一つ足りない。
陽子は杉浦を探すことにした。シフト調整のための連絡先を知っていたことが幸いした。まだこの連絡先が活きていればいいが、陽子の願いは思わぬ形で叶わなかった。杉浦は昨日亡くなっていた。バイクにはねられて、即死だったらしい。犯人は逃げたが、防犯カメラに映る男は地元のニュースでも放映された。
令状を持ち男のアパートに所轄の刑事たちが踏み込むと、男は首を吊って死んでいたらしい、その日の夕刊の地元ニュース欄にひっそりと五行ほどで報じられていた。男の名前は、一ツ橋要と言った。無職と書かれていた。
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