5 / 23
第五話・日記とファイル名
しおりを挟む第五話・日記とファイル名
英子は正美が三歳の頃離婚した。英子は正美が事故にあったのは、何か自分が憑き物に呪われているからではと悩んでいた。正美が五歳の頃にある集会に誘われた。友人がいない英子は、集会に参加した。地域ボランティアという名目だった。地元の子供たちを集めて、お楽しみ会をしたり、独居老人たちの話を聴いたり、地域の清掃活動も行っている団体だった。その団体が新興宗教だと気づいたのは正美だった。家じゅうのお金を浄化と称して献金する英子に、正美は抗うつもりで登校拒否になった。見せかけは学校に嫌なヤツがいる、本心は、母親をその団体から離脱させるためだった。秀一は正美から預かった楽曲に詩をつける際に、正美の日記を借りたことで正美の本心がわかった。
「英子おばさん、正美に記憶戻って欲しくないのかな?」 秀一は夕食をとりながら、咲江に訊いた。大好物のハンバーグは和風ソースに茹でたブロッコリーと炒めたコーンが添えられている。「そんな親いないでしょ。でもね、英子さんに関わらない方がいいわ」 咲江は冷蔵庫からビールを取り出した。「どうして?」「正美くんから聞いてない?」「何を」 咲江は含みを持たせた言い方をする。「英子おばさん、ほら私に勧めてきたのよ。「ほがらかさん」ってボランティアに参加しないって?でも、私これでもわかってたのよ。彼女のよくない噂も」「どんな?」「入院費が払えないって、私に貸してくれって」 咲江はビールをグラスに注いでゴクゴクっと飲み始めた。体調のいいときは、ビールを飲む。夏だから無理もない。今日は暑かった。僕も大人になったら飲むのだろうかと、旨そうにビールを飲む咲江を見て秀一は思った。「正美の家ってそんなにお金がないの?」「だから、ほがらかさんにハマって、その新興宗教っていうの?お布施でスッカラカンらしいのよ」「そうだったのか」 そのあと咲江はハンバーグをつまみにビール三百五十ミリリットルを二缶空け、キッチンは沈黙のままだった。
秀一は食事を終えると部屋に戻った。パソコンに取り込んだ正美の作った音源を起動し、フリーのDTMソフトにボカロの音声を打ち込み始めた。どれも自分の中から生まれてくるとは思えない音だった。「凄まじいな」 正美の創る音には、美しい旋律・コードを幾層にもミルフィーユのように重ねていた。コードの入りが美しかった。サビから入る、Aメロが途中で終わるが、またAメロに。印象の強い曲調、途中で転調が入る。正美はUSBに入っていた全曲、時間をかけて聴き尽くした。違和感があった。どの曲にも転調がある。
曲の順番がファイル名に書かれている。1曲目のファイル名は01だ。USBには41曲入っていた。違和感の正体はわからない、逆回しにしてなにか潜んでいるような。どういうわけか、25曲目には95と、31曲目には94とそして、35曲目には13と。わけがわからない。正美は本当に僕に曲を完成させて欲しくて音源を貸してくれたのか?と秀一は考えた。考えに考えたがわからなかった。単にファイル名の打ち間違えだろう。そう考えると落ち着くが、合理性を欠いていた。正美は几帳面だ。借りた日記もびっしり毎日三行で書かれている。一日たりとも休まず。事故があったあの日まで。 このとき、曲のファイル名に隠されている正美の想いにはまだ気づかなかった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
パラダイス・ロスト
真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。
※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/mystery.png?id=41ccf9169edbe4e853c8)
秘められた遺志
しまおか
ミステリー
亡くなった顧客が残した謎のメモ。彼は一体何を託したかったのか!?富裕層専門の資産運用管理アドバイザーの三郷が、顧客の高岳から依頼されていた遺品整理を進める中、不審物を発見。また書斎を探ると暗号めいたメモ魔で見つかり推理していた所、不審物があると通報を受けた顔見知りであるS県警の松ケ根と吉良が訪れ、連行されてしまう。三郷は逮捕されてしまうのか?それとも松ケ根達が問題の真相を無事暴くことができるのか!?
エリカ
喜島 塔
ミステリー
藍浦ツバサ。21歳。都内の大学に通う普通の大学生。ただ、彼には、人を愛するという感情が抜け落ちていたかのように見えた。「エリカ」という女に出逢うまでは。ツバサがエリカと出逢ってから、彼にとっての「女」は「エリカ」だけとなった。エリカ以外の、生物学上の「女」など、すべて、この世からいなくなればいい、と思った。そんなふたりが辿り着く「愛」の終着駅とはいかに?
時の呪縛
葉羽
ミステリー
山間の孤立した村にある古びた時計塔。かつてこの村は繁栄していたが、失踪事件が連続して発生したことで、村人たちは恐れを抱き、時計塔は放置されたままとなった。17歳の天才高校生・神藤葉羽は、友人に誘われてこの村を訪れることになる。そこで彼は、幼馴染の望月彩由美と共に、村の秘密に迫ることになる。
葉羽と彩由美は、失踪事件に関する不気味な噂を耳にし、時計塔に隠された真実を解明しようとする。しかし、時計塔の内部には、過去の記憶を呼び起こす仕掛けが待ち受けていた。彼らは、時間が歪み、過去の失踪者たちの幻影に直面する中で、次第に自らの心の奥底に潜む恐怖と向き合わせることになる。
果たして、彼らは村の呪いを解き明かし、失踪事件の真相に辿り着けるのか?そして、彼らの友情と恋心は試される。緊迫感あふれる謎解きと心理的恐怖が交錯する本格推理小説。
【Vtuberさん向け】1人用フリー台本置き場《ネタ系/5分以内》
小熊井つん
大衆娯楽
Vtuberさん向けフリー台本置き場です
◆使用報告等不要ですのでどなたでもご自由にどうぞ
◆コメントで利用報告していただけた場合は聞きに行きます!
◆クレジット表記は任意です
※クレジット表記しない場合はフリー台本であることを明記してください
【ご利用にあたっての注意事項】
⭕️OK
・収益化済みのチャンネルまたは配信での使用
※ファンボックスや有料会員限定配信等『金銭の支払いをしないと視聴できないコンテンツ』での使用は不可
✖️禁止事項
・二次配布
・自作発言
・大幅なセリフ改変
・こちらの台本を使用したボイスデータの販売
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
ビジョンゲーム
戸笠耕一
ミステリー
高校2年生の香西沙良は両親を死に追いやった真犯人JBの正体を掴むため、立てこもり事件を引き起こす。沙良は半年前に父義行と母雪絵をデパートからの帰り道で突っ込んできたトラックに巻き込まれて失っていた。沙良も背中に大きな火傷を負い復讐を決意した。見えない敵JBの正体を掴むため大切な友人を巻き込みながら、犠牲や後悔を背負いながら少女は備わっていた先を見通す力「ビジョン」を武器にJBに迫る。記憶と現実が織り交ざる頭脳ミステリーの行方は! SSシリーズ第一弾!
【フリー台本】朗読小説
桜来
現代文学
朗読台本としてご使用いただける短編小説等です
一話完結 詰め合わせ的な内容になってます。
動画投稿や配信などで使っていただけると嬉しく思います。
ご報告、リンクなどは任意ですが、作者名表記はお願いいたします。
無断転載 自作発言等は禁止とさせていただきます。
よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる