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第二話・カオスなショー
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義務教育だから退学なんてわけにもいかず、正美はそのまま地獄の二年生から進級し、中学三年にもなるとドラムに夢中になっていた。イジメもすっかりなくなって、佐々木なつみはゲロのトラウマで正美を見ると、吐きそうになりトイレに駆け込む。クラス替えでは二年間も一緒だった多羅尾となつみは正美と別のクラスになった。彼らの親からの申し出らしい。正美のお母さんがさんざんイジメについて調べて欲しいと担任や教頭に相談したが、そもそもイジメなどないの一点張りだったと秀一は正美から聞いた。「くだらない奴らは、どこまでいってもくだらないのさぁ~」「なんだ、正美、それは歌か?」「おっ、秀一、これは歌だよ」「誰の?」「僕がつくったんだ」「すごいじゃん。正美!」
正美は得意げにスマホを取り出した。「で、これがボカロに歌わせたやつ」「くだらねぃやぅらは、どこまでイテもくだァらないのさァ」「これ機械の声?」「これがボカロっていうんだよね」「どうやって作ったんだよ」「もともとスマホに入ってる、音楽編集アプリってあるだろ?」「あぁ、俺も正美と同じスマホだから、えっと、コレ?」 秀一はスマホを取り出し、アプリを見せた。「そうそう、コレ」
正美はミュージックメイク、というアプリを立ち上げて、秀一に見せた。「これに、別のアプリで作ったボカロの声を貼り付けてと、すると」 音楽が鳴る、その音楽に合わせボカロが歌っている。「これならさ、バンド組まなくても、一人でできるから」
正美はコツコツとZューブにボカロに歌わせた楽曲をアップしていった。秀一は正直その楽曲のすごさはわからなかったが、友達がネットの世界に飛び込んで、羽ばたいている姿に羨ましさと小さな嫉妬心を感じていた。
もしかしたら、正美のことを下に見ていたのは自分も同じだ、と秀一は考えるようになった。多羅尾やなつみ、元担任の都築先生、学級委員の田中、他の同級生のように。そう考えると秀一は自分の中にある悪意のような優越感にも似たドロドロとした感情を吐き出したくなっていた。 日が暮れる前、夕方に祖母の咲江が誕生日に買ってくれたマウンテンバイクに乗って、隣町まで走った。見慣れた街の景色が溶けていく。あの潰れそうで万引きばかりされている本屋も、なぜか昼になると店を閉めるそば屋も、廃墟みたいになった元病院も、全部溶けていった。秀一は隣町、駅にすると三駅分走った。
「随分遠くまで来ちゃったな。咲江さん心配しちゃうといけないから、もう帰らないとな」 日が暮れそうになっていた。咲江に連絡をしようと秀一はスマホを取り出した。珍しく着信があった。それも、五件も。咲江だった。「咲江さん!どうしたの、秀一だけど」「あぁ、秀一。あのね、正美くんって友達いるでしょ」「うん、正美がどうかしたの?」「正美くん、事故に合ったんだって」「え!で、正美は?」「お母さんによると、命に別状はないみたいなの。でね、意識はあるみたいなんだけどうわ言で、秀一のことを呼んでるって」「病院どこ?」 秀一は自転車にまたがりながら、いつでも正美のところに行けるようにとスタンバイした。「それがね、面会はできないからって。秀一に渡したいものがあるって、正美くんのお母さんが言ってたから、明日私と一緒に行こう」 咲江は冷静に秀一をいなした。興奮しては、またあの能力で誰かを傷づけてしまうかもしれないと、咲江は考えたのだ。
秀一は、正美の容態に差し迫った危機はないとしながらも、嫉妬や優越感、そんなドロドロとした感情を払拭したくてこの街まで自転車を飛ばしたこと、それ自体に言葉にできない恥ずかしさを感じていた。
正美は自分のことを親友だと思ってくれている、秀一は正美に早く会いたいと心から思った。自転車のグリップが汗で滑る、足の感覚があまりない、秀一は泣きながら咲江の待つ我が家へと向かった。
すっかり日が落ちたのに、セミが鳴いている。梅雨も開けていないというのに、日も落ちたというのに、セミが鳴いていることに妙な胸騒ぎがした。正美はどうして事故にあったのか?秀一は帰ったら咲江に聞こうと、今心配しても無駄だと言い聞かせて自転車を走らせた。
正美の母、重野英子は穏やかで、誰からも好かれるタイプだ。母一人で育ててきたことに、誇りもある。養育費はもらわず、正美をここまで育ててきた。イジメにあっているとわかった時は、夫がいればと思うこともあったが、あの夫がいれば、という意味ではなかった。
正美が不登校になりかけていたころ、学校には何度もイジメの調査をするように頼んだ。離婚の時に世話になった弁護士にも相談し、一時間一万円の相談料を払い、法律的にイジメの相手にやめさせるようにできないかとも確認していた。
結局のところ、学校でいじめっ子の頭髪が燃えているという事件をネットで見たことで、正美が学校に行くと言い出した。英子はそれはそれでよいと思い、学校に送り出したものの、その日の夕方には佐々木なつみの両親から暴行された(ゲロ吐き事件)と、抗議を受けた。
正美からの聞き取りによると、弁当に水筒の水をかけられたのが発端と聞かされた英子は、なつみの両親にこれまでのいじめの証拠をつきつけた。暴力的なイジメは多羅尾が主導していたが、イジメそのものは佐々木なつみが扇動していた。周りを煽り、イジメには理由があるとうそぶき、正美を追い込んでいた。
弁護士からも証拠は時系列で残すようにと言われていたので、学校で面会したなつみの両親を見るや否や、録音テープを回しながら、一言一言、言質を取りながらなつみの両親を追い込んでいった。
学校の職員室にけたたましい足音で入ってくる男。英子のサポートにと弁護士の一ツ橋がかけつけた。英子がここに来る前に、一ツ橋に報告していた。一ツ橋は金に細かい男だったが、無料で伺います!と言い事務所を飛び出た。
夏の暑い日、汗で濡れた髪。一ツ橋は駅から学校まで走って来たのだ。弁護士の名刺を渡されたなつみの父親は、いきなり土下座した。公務員のなつみの父はこれ以上、この問題の傷を深くしたくなかったということだった。
母親は憮然としていたが、一ツ橋が内容証明を改めて送る旨を伝えると、顔面が蒼白になり、父親が無理やり母親の後頭部を押さえつけ、床にこすりつける勢いで土下座をさせた。
ということもあり、正美へのイジメが収まったのだ。校長は定年後の教育委員会への転籍が危うくなることを恐れ、すべて教頭に責任を押し付けた。教頭は担任のせいだと、大声で怒鳴り散らし、担任の都築を叱った。都築は「責任逃れのために、なつみの両親に何でも学校に、子どものしつけまで、押し付けるな」と言い放った。
それを見た英子は、弁護士の一ツ橋と目を合わせ、この世のカオスがここにあったと言わんばかりの表情でにんまりした。
正美の強い要望で、英子は録音の一部始終を聞かせた。正美は英子が録音を再生している間、スマホで音声録音をしていた。そして、事故に合う二日前、正美はその一部を加工して、Zューブに公開した。その音声のみの動画は、(厳密には動画ではないが)話題となり、公開一時間後には十万再生を越えていた。そして、事故に合う時点では二百万再生を越え、運営側から削除するようにと警告を受けていた。
正美は得意げにスマホを取り出した。「で、これがボカロに歌わせたやつ」「くだらねぃやぅらは、どこまでイテもくだァらないのさァ」「これ機械の声?」「これがボカロっていうんだよね」「どうやって作ったんだよ」「もともとスマホに入ってる、音楽編集アプリってあるだろ?」「あぁ、俺も正美と同じスマホだから、えっと、コレ?」 秀一はスマホを取り出し、アプリを見せた。「そうそう、コレ」
正美はミュージックメイク、というアプリを立ち上げて、秀一に見せた。「これに、別のアプリで作ったボカロの声を貼り付けてと、すると」 音楽が鳴る、その音楽に合わせボカロが歌っている。「これならさ、バンド組まなくても、一人でできるから」
正美はコツコツとZューブにボカロに歌わせた楽曲をアップしていった。秀一は正直その楽曲のすごさはわからなかったが、友達がネットの世界に飛び込んで、羽ばたいている姿に羨ましさと小さな嫉妬心を感じていた。
もしかしたら、正美のことを下に見ていたのは自分も同じだ、と秀一は考えるようになった。多羅尾やなつみ、元担任の都築先生、学級委員の田中、他の同級生のように。そう考えると秀一は自分の中にある悪意のような優越感にも似たドロドロとした感情を吐き出したくなっていた。 日が暮れる前、夕方に祖母の咲江が誕生日に買ってくれたマウンテンバイクに乗って、隣町まで走った。見慣れた街の景色が溶けていく。あの潰れそうで万引きばかりされている本屋も、なぜか昼になると店を閉めるそば屋も、廃墟みたいになった元病院も、全部溶けていった。秀一は隣町、駅にすると三駅分走った。
「随分遠くまで来ちゃったな。咲江さん心配しちゃうといけないから、もう帰らないとな」 日が暮れそうになっていた。咲江に連絡をしようと秀一はスマホを取り出した。珍しく着信があった。それも、五件も。咲江だった。「咲江さん!どうしたの、秀一だけど」「あぁ、秀一。あのね、正美くんって友達いるでしょ」「うん、正美がどうかしたの?」「正美くん、事故に合ったんだって」「え!で、正美は?」「お母さんによると、命に別状はないみたいなの。でね、意識はあるみたいなんだけどうわ言で、秀一のことを呼んでるって」「病院どこ?」 秀一は自転車にまたがりながら、いつでも正美のところに行けるようにとスタンバイした。「それがね、面会はできないからって。秀一に渡したいものがあるって、正美くんのお母さんが言ってたから、明日私と一緒に行こう」 咲江は冷静に秀一をいなした。興奮しては、またあの能力で誰かを傷づけてしまうかもしれないと、咲江は考えたのだ。
秀一は、正美の容態に差し迫った危機はないとしながらも、嫉妬や優越感、そんなドロドロとした感情を払拭したくてこの街まで自転車を飛ばしたこと、それ自体に言葉にできない恥ずかしさを感じていた。
正美は自分のことを親友だと思ってくれている、秀一は正美に早く会いたいと心から思った。自転車のグリップが汗で滑る、足の感覚があまりない、秀一は泣きながら咲江の待つ我が家へと向かった。
すっかり日が落ちたのに、セミが鳴いている。梅雨も開けていないというのに、日も落ちたというのに、セミが鳴いていることに妙な胸騒ぎがした。正美はどうして事故にあったのか?秀一は帰ったら咲江に聞こうと、今心配しても無駄だと言い聞かせて自転車を走らせた。
正美の母、重野英子は穏やかで、誰からも好かれるタイプだ。母一人で育ててきたことに、誇りもある。養育費はもらわず、正美をここまで育ててきた。イジメにあっているとわかった時は、夫がいればと思うこともあったが、あの夫がいれば、という意味ではなかった。
正美が不登校になりかけていたころ、学校には何度もイジメの調査をするように頼んだ。離婚の時に世話になった弁護士にも相談し、一時間一万円の相談料を払い、法律的にイジメの相手にやめさせるようにできないかとも確認していた。
結局のところ、学校でいじめっ子の頭髪が燃えているという事件をネットで見たことで、正美が学校に行くと言い出した。英子はそれはそれでよいと思い、学校に送り出したものの、その日の夕方には佐々木なつみの両親から暴行された(ゲロ吐き事件)と、抗議を受けた。
正美からの聞き取りによると、弁当に水筒の水をかけられたのが発端と聞かされた英子は、なつみの両親にこれまでのいじめの証拠をつきつけた。暴力的なイジメは多羅尾が主導していたが、イジメそのものは佐々木なつみが扇動していた。周りを煽り、イジメには理由があるとうそぶき、正美を追い込んでいた。
弁護士からも証拠は時系列で残すようにと言われていたので、学校で面会したなつみの両親を見るや否や、録音テープを回しながら、一言一言、言質を取りながらなつみの両親を追い込んでいった。
学校の職員室にけたたましい足音で入ってくる男。英子のサポートにと弁護士の一ツ橋がかけつけた。英子がここに来る前に、一ツ橋に報告していた。一ツ橋は金に細かい男だったが、無料で伺います!と言い事務所を飛び出た。
夏の暑い日、汗で濡れた髪。一ツ橋は駅から学校まで走って来たのだ。弁護士の名刺を渡されたなつみの父親は、いきなり土下座した。公務員のなつみの父はこれ以上、この問題の傷を深くしたくなかったということだった。
母親は憮然としていたが、一ツ橋が内容証明を改めて送る旨を伝えると、顔面が蒼白になり、父親が無理やり母親の後頭部を押さえつけ、床にこすりつける勢いで土下座をさせた。
ということもあり、正美へのイジメが収まったのだ。校長は定年後の教育委員会への転籍が危うくなることを恐れ、すべて教頭に責任を押し付けた。教頭は担任のせいだと、大声で怒鳴り散らし、担任の都築を叱った。都築は「責任逃れのために、なつみの両親に何でも学校に、子どものしつけまで、押し付けるな」と言い放った。
それを見た英子は、弁護士の一ツ橋と目を合わせ、この世のカオスがここにあったと言わんばかりの表情でにんまりした。
正美の強い要望で、英子は録音の一部始終を聞かせた。正美は英子が録音を再生している間、スマホで音声録音をしていた。そして、事故に合う二日前、正美はその一部を加工して、Zューブに公開した。その音声のみの動画は、(厳密には動画ではないが)話題となり、公開一時間後には十万再生を越えていた。そして、事故に合う時点では二百万再生を越え、運営側から削除するようにと警告を受けていた。
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