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第一話・パンとサーカス
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パンとサーカス、食料と娯楽で満足になって政治に無関心になるということを表している。ユウェナリスという詩人の言葉らしい、と久保隅秀一は、高校時代の歴史か古典の教師が授業中に熱心に語っていたのを思い出した。
学校で毎日、同じことを繰り返す、秀一はうんざりしていた。勉強ができたにもかかわらず、くだらないと一蹴し、高校二年の秋に中退した。すべて中途半端だ。二年の秋、夏休みを二回越えてようやく決断している。もう一年ほど通えば、高校卒業資格を得られたのに、と祖母、咲江はこぼす。両親は秀一が幼いころに離婚した、母に引き取られた秀一は、しばらくして祖母に引き取られた。母が他に男を作って、秀一を置いて行ったからだ。
泣きじゃくる秀一が発見されたのは、母が出て行ってから三日後。家じゅう、食べ物を探したあとで取っ散らかっていた。秀一が保護されたとき、母はまだ男のところにいた。見かねた祖母が、父親に連絡するも、引き取りを拒否したため、そのまま祖母の咲江が育てることになった。秀一はイマドキの顔立ちだ。母によく似て、すらっとした目鼻立ち。目は一重だが、切れ長。まつげが長く、引き込まれそうな瞳だ。見つめられると咲江自身も、これは孫なの?とうっとりするぐらいの器量よしだ。
秀一は美貌を活かすことを嫌った。地元の中学を卒業し、母も通った高校へと進学した。学力は高いものの、熱心さが足りないと担任から三者面談で指導されることが多かった。特に一年生の担任、奥原はねちっこい男だったと、咲江は嫌悪感を示すことが多かった。三者面談で、どうしてこんなに高齢の母親が来るのかと、半ばハラスメント以上の口ぶりで秀一と関係のないことを話題にした。汗っかきの奥原は体中が脂の塊のような、不快な熱気を身体から発していた。咲江も秀一の祖母ということだけあって、若いころは地元じゃ美人とよくもてはやされた。咲江のプライドがピキピキと音を立てているのを、秀一は見逃さなかった。
「奥原先生、焼き具合はどうしますか?」 秀一のアレが出た。咲江は制する。「やめなさい、秀一!」「焼き具合?なんだ久保隅、夏休み前で頭涌いてるのか?」
奥原が三者面談用にプリントした秀一の成績に目をやった時、奥原の後頭部が燃え始めた。チリチリと毛が燃えるニオイがする。火葬場のような。秀一は祖父の葬儀のことを思い出していた。高熱で火葬するにもかかわらず、皮膚が燃え、崩れ、体内の水分が蒸発し、肉が崩れ燃え落ちる。頭髪、眉毛、腋毛、すね毛、陰毛のすべて毛が燃える。秀一はこの毛が燃えるニオイが好きだ。
「がぁああ、あでいっ」
奥原がチリチリと燃える自信の頭頂部に気づいた。ただでさえ薄い毛。脂ギッシュな奥原の頭皮と重なって、薄いながらも頭髪が良く燃える。三者面談用に散髪したばかりの奥原の頭頂部は、ボヤ程度の火事で済んだ。絵眉毛や耳毛までの延焼は防がれた。
三者面談は、中止となった。
「秀一、もうアレはやめなって」「だって、咲江さんのこと馬鹿にしたんだぜ」「いいのよ、私は」
咲江は秀一を追い越した。扇子をバッグから取り出し、パタパタと仰ぐ。風が秀一に少し届く。咲江の化粧の香りが、香水ではない上品な香りが秀一の鼻腔にまとわりつく。いい香りだ、秀一は咲江を母以上の存在と思っていた。大切にもしている。だからこそ、奥原が咲江をバカにしたのは許せなかった。あのときは、レア程度に焼いたが、本当はウェルダンで焼き切ってもよかった。母の交際相手のように。
「でも秀一、ありがとね」
咲江は振り返り、秀一の手を握った。皺だらけの手だったが、どこかふっくらと優しい手をしていた。
「咲江さん、パフェ食べて帰ろうよ」「いいわね。私、最近できたあの大納言小豆のパフェがいいわ」「僕、ご馳走するよ。動画配信でさ、収益が出て、ほら、二万円」「まぁ、それって、詐欺とかじゃないよね」
咲江はわざと、秀一に訊く。咲江だって知っている。動画配信で収益が得られることぐらい。秀一が夜な夜なボカロと呼ばれるものを使って、作った音楽に歌わせている?ということも。
「それ、ボカロってやつよね」「そうだよ。咲江さん、良く知ってるね」「当然よ、でも秀一」「なに?」 秀一は目当ての喫茶店の混雑状況をスマホでチェックしていた。「あの、燃やすやつ、やめなさいね。死んじゃう。いつか」「わかってるよ。でもさ、怒ると出ちゃうんだ。なんて言うか、あの炎の男が」
咲江にはわかっていた。夫が持っていた能力、【どの程度に焼きますか?】。それは咲江の夫が戦地で身に着けた能力。武器もないまま、戦地に送り出された学徒たち。極限状態で能力が引き出せるかのテストも含めた、なかば実験のようなものだった。中隊(200名ほど)のうち学徒が150名ほどだったが、能力開花するのは1名いるかどうか。咲江の夫、秀一の祖父甚次郎は能力開花した男だった。 敵の大隊を単身で焼き尽くし、本陣を焼き尽くし、戦艦五隻を沈めた。能力は芋づる式に開花し、咲江が知る限り、【火炎】【回復】【蘇生】【瞬間移動】【呪い】といった能力を持っていたという。その能力は、咲江の娘、秀一の母、一花には継承されなかったものの、秀一には隔世遺伝していた。後天的に身に着けた能力がどうして、隔世遺伝するのか、咲江は調べたがわからなかった。
夫も亡くしたため直接訊くことができない。生きて帰って来た夫の友人もだいぶ亡くなっているので、秀一の能力について確認できる相手がいないことに、咲江は困惑していた。
一花は男にのめり込むような子ではないと、咲江今でも思っている。離婚の理由をそれとなく聞いたが、どうにも秀一の能力のせいではないかと感じていた。おもちゃが燃える、父親の服が焦げる、公園の木々が燃えるなどの出来事が頻発していた。咲江は、その話を一花に訊いた時、ピンときた。一花が高校生のころに甚次郎は亡くなった。甚次郎の不思議な能力については断片的に記憶していると、以前一花が言っていたのを咲江は覚えていた。
だからこそ、秀一にその力が受け継がれたことに一花は恐怖を感じたのだろう、と咲江は考えた。男に溺れたのではない、元夫にも頼れない、別の男に護ってもらうために、秀一から逃げたのだ。
秀一は毎日をのんべんだらりと過ごしているわけではない。自作の曲をZューブにアップしては収益を稼いでいる。パンとサーカス、自分の曲をアップするたびに、秀一は憂鬱になる。大衆の欲を満足させるほどのサーカスを与えられずにいる。楽曲を作り始めたのは、高校一年生からだが、最初の曲が思いのほかバズった。
有名なボカロPからコメントがついたことがきっかけだ。一曲をアップしても平均して1万再生程度。これでは、自分はサーカスを作り出しているとは到底いえない。高校を中退して、プロになるなんて甘かったのかと今更ながらに公開する自分の弱さに、秀一は辟易としていた。自分の弱さと向き合うには、中学時代にいじめられていた友人のことを思い出す。
重野正美、正しく美しいと書く、いつもいい名前だと思っていた。女みたいな名前だとからかわれるが、有名な漫画家と同じだからそんなことないよ、なんて助け舟を何度かだしていた。だが、正美は不登校になった。イジメのせいだった。
教科書がなくなる、弁当がなくなる、体操服が焼却炉に捨てられている、それでも正美は泣き言一つ言わなかった。そんな彼の力になれない自分を思い出すたびに、秀一は自分のなかにある弱さを思い知る。
子供の頃よく夢に見た、沼地のように。どこまで深く、どこまで広いのか、得体の知れない生き物がいる、ヘドロのような沼地には自分も知らない、「何かになっていない何か」がいる。そんな夢を見るたびに、正美をイジメていた奴らへの得もいわれない復讐心が芽生える。自分がイジメられていたわけではないのに、復讐心とは滑稽で日本語の使い方が間違っていると言われかねないが。
とにかく、秀一は正美のために、イジメっ子のリーダ格、多羅尾佑馬の自慢の長髪を燃やした。ウェルダンで焼き切った。授業中に後ろの席で、椅子をグラグラと傾けながら、笑い声をあげていた多羅尾。隣の席のもう一人のいじめっ子、佐々木なつみが多羅尾の頭が燃えていることに気づいた。
「多羅尾、髪、燃えてる」
なつみのぼそっとした一言だったが、教室はパニックになり、多羅尾自身もどうして髪が燃えているのか理解しようとすればするほど、パニックに陥った。秀一は遅れてでもいいから二時間目の授業に来るようにと、正美に伝えていた。
正美は三時間目の始まりに学校に来た。SNSで学校が大変なことになっていると、誰かが投稿したからだ。多羅尾らしき人物の髪が燃えていることが、その投稿からわかった。正美はその投稿を確かめるために、学校に来たと後で秀一に伝えた。
その日のお昼休みのことだった。なつみは相変わらず正美に姑息なイジワルをした。正美が弁当を食べているときに、水筒をわざと正美の弁当にかけた。
「お茶漬け、いやぁ、水漬けか」 正美は黙って、弁当を食べていた。「何も言い返せないし、やり返せないし、ホントこいつはクズだよ、ねー、みんな!」
周りは誰も止めない。秀一はなつみに狙いを定めた。全身を燃やしてやる、そう誓った瞬間だった。
正美は喉に指を突っ込んで、なつみに向かって吐しゃした。教室中が大騒ぎになった。なつみは正美のゲロを全身に浴びた。
「な、なにすんのよぉおおお!」
なつみが叫ぶと、ゲロが口に入り込む。ペッと吐き出そうとするなつみに、正美は脱いだスリッパを口に押し込んだ。そのまま、床に押し倒しグイグイとスリッパを奥に奥に薦める。窒息する、このままじゃまずい、と秀一はスリッパを引きはがした。正美は笑っていた。なつみは、大泣きして床に突っ伏した。
まもなく、学級委員の田中が先生を連れてきた。「なんだ、なにしてんだ」 担任の都築が教室に駆け付けた時、ゲロまみれのなつみが床に突っ伏して泣いているだけだった。田中が何かを説明しようとした時、正美は田中をぶん殴った。
「僕が困っている時、さんざん見過ごして何をいまさら先生を呼ぶなんて、どうかしてるだろ」「んぐ、あぁ、いたい」
田中の眼鏡が吹っ飛び、鼻血が出る。そこからは他の先生もやってきたが、事情を他の生徒が説明して正美は保健室に連れていかれたあと、五時間目の授業に出席した。
秀一は自分の持っている能力は、結局のところ正美のような覚悟のある人間にしかできない。正美の狂気のような正義のような、得体の知れないモノこそ自分に必要だとそれ以来強く感じるようになった。
学校で毎日、同じことを繰り返す、秀一はうんざりしていた。勉強ができたにもかかわらず、くだらないと一蹴し、高校二年の秋に中退した。すべて中途半端だ。二年の秋、夏休みを二回越えてようやく決断している。もう一年ほど通えば、高校卒業資格を得られたのに、と祖母、咲江はこぼす。両親は秀一が幼いころに離婚した、母に引き取られた秀一は、しばらくして祖母に引き取られた。母が他に男を作って、秀一を置いて行ったからだ。
泣きじゃくる秀一が発見されたのは、母が出て行ってから三日後。家じゅう、食べ物を探したあとで取っ散らかっていた。秀一が保護されたとき、母はまだ男のところにいた。見かねた祖母が、父親に連絡するも、引き取りを拒否したため、そのまま祖母の咲江が育てることになった。秀一はイマドキの顔立ちだ。母によく似て、すらっとした目鼻立ち。目は一重だが、切れ長。まつげが長く、引き込まれそうな瞳だ。見つめられると咲江自身も、これは孫なの?とうっとりするぐらいの器量よしだ。
秀一は美貌を活かすことを嫌った。地元の中学を卒業し、母も通った高校へと進学した。学力は高いものの、熱心さが足りないと担任から三者面談で指導されることが多かった。特に一年生の担任、奥原はねちっこい男だったと、咲江は嫌悪感を示すことが多かった。三者面談で、どうしてこんなに高齢の母親が来るのかと、半ばハラスメント以上の口ぶりで秀一と関係のないことを話題にした。汗っかきの奥原は体中が脂の塊のような、不快な熱気を身体から発していた。咲江も秀一の祖母ということだけあって、若いころは地元じゃ美人とよくもてはやされた。咲江のプライドがピキピキと音を立てているのを、秀一は見逃さなかった。
「奥原先生、焼き具合はどうしますか?」 秀一のアレが出た。咲江は制する。「やめなさい、秀一!」「焼き具合?なんだ久保隅、夏休み前で頭涌いてるのか?」
奥原が三者面談用にプリントした秀一の成績に目をやった時、奥原の後頭部が燃え始めた。チリチリと毛が燃えるニオイがする。火葬場のような。秀一は祖父の葬儀のことを思い出していた。高熱で火葬するにもかかわらず、皮膚が燃え、崩れ、体内の水分が蒸発し、肉が崩れ燃え落ちる。頭髪、眉毛、腋毛、すね毛、陰毛のすべて毛が燃える。秀一はこの毛が燃えるニオイが好きだ。
「がぁああ、あでいっ」
奥原がチリチリと燃える自信の頭頂部に気づいた。ただでさえ薄い毛。脂ギッシュな奥原の頭皮と重なって、薄いながらも頭髪が良く燃える。三者面談用に散髪したばかりの奥原の頭頂部は、ボヤ程度の火事で済んだ。絵眉毛や耳毛までの延焼は防がれた。
三者面談は、中止となった。
「秀一、もうアレはやめなって」「だって、咲江さんのこと馬鹿にしたんだぜ」「いいのよ、私は」
咲江は秀一を追い越した。扇子をバッグから取り出し、パタパタと仰ぐ。風が秀一に少し届く。咲江の化粧の香りが、香水ではない上品な香りが秀一の鼻腔にまとわりつく。いい香りだ、秀一は咲江を母以上の存在と思っていた。大切にもしている。だからこそ、奥原が咲江をバカにしたのは許せなかった。あのときは、レア程度に焼いたが、本当はウェルダンで焼き切ってもよかった。母の交際相手のように。
「でも秀一、ありがとね」
咲江は振り返り、秀一の手を握った。皺だらけの手だったが、どこかふっくらと優しい手をしていた。
「咲江さん、パフェ食べて帰ろうよ」「いいわね。私、最近できたあの大納言小豆のパフェがいいわ」「僕、ご馳走するよ。動画配信でさ、収益が出て、ほら、二万円」「まぁ、それって、詐欺とかじゃないよね」
咲江はわざと、秀一に訊く。咲江だって知っている。動画配信で収益が得られることぐらい。秀一が夜な夜なボカロと呼ばれるものを使って、作った音楽に歌わせている?ということも。
「それ、ボカロってやつよね」「そうだよ。咲江さん、良く知ってるね」「当然よ、でも秀一」「なに?」 秀一は目当ての喫茶店の混雑状況をスマホでチェックしていた。「あの、燃やすやつ、やめなさいね。死んじゃう。いつか」「わかってるよ。でもさ、怒ると出ちゃうんだ。なんて言うか、あの炎の男が」
咲江にはわかっていた。夫が持っていた能力、【どの程度に焼きますか?】。それは咲江の夫が戦地で身に着けた能力。武器もないまま、戦地に送り出された学徒たち。極限状態で能力が引き出せるかのテストも含めた、なかば実験のようなものだった。中隊(200名ほど)のうち学徒が150名ほどだったが、能力開花するのは1名いるかどうか。咲江の夫、秀一の祖父甚次郎は能力開花した男だった。 敵の大隊を単身で焼き尽くし、本陣を焼き尽くし、戦艦五隻を沈めた。能力は芋づる式に開花し、咲江が知る限り、【火炎】【回復】【蘇生】【瞬間移動】【呪い】といった能力を持っていたという。その能力は、咲江の娘、秀一の母、一花には継承されなかったものの、秀一には隔世遺伝していた。後天的に身に着けた能力がどうして、隔世遺伝するのか、咲江は調べたがわからなかった。
夫も亡くしたため直接訊くことができない。生きて帰って来た夫の友人もだいぶ亡くなっているので、秀一の能力について確認できる相手がいないことに、咲江は困惑していた。
一花は男にのめり込むような子ではないと、咲江今でも思っている。離婚の理由をそれとなく聞いたが、どうにも秀一の能力のせいではないかと感じていた。おもちゃが燃える、父親の服が焦げる、公園の木々が燃えるなどの出来事が頻発していた。咲江は、その話を一花に訊いた時、ピンときた。一花が高校生のころに甚次郎は亡くなった。甚次郎の不思議な能力については断片的に記憶していると、以前一花が言っていたのを咲江は覚えていた。
だからこそ、秀一にその力が受け継がれたことに一花は恐怖を感じたのだろう、と咲江は考えた。男に溺れたのではない、元夫にも頼れない、別の男に護ってもらうために、秀一から逃げたのだ。
秀一は毎日をのんべんだらりと過ごしているわけではない。自作の曲をZューブにアップしては収益を稼いでいる。パンとサーカス、自分の曲をアップするたびに、秀一は憂鬱になる。大衆の欲を満足させるほどのサーカスを与えられずにいる。楽曲を作り始めたのは、高校一年生からだが、最初の曲が思いのほかバズった。
有名なボカロPからコメントがついたことがきっかけだ。一曲をアップしても平均して1万再生程度。これでは、自分はサーカスを作り出しているとは到底いえない。高校を中退して、プロになるなんて甘かったのかと今更ながらに公開する自分の弱さに、秀一は辟易としていた。自分の弱さと向き合うには、中学時代にいじめられていた友人のことを思い出す。
重野正美、正しく美しいと書く、いつもいい名前だと思っていた。女みたいな名前だとからかわれるが、有名な漫画家と同じだからそんなことないよ、なんて助け舟を何度かだしていた。だが、正美は不登校になった。イジメのせいだった。
教科書がなくなる、弁当がなくなる、体操服が焼却炉に捨てられている、それでも正美は泣き言一つ言わなかった。そんな彼の力になれない自分を思い出すたびに、秀一は自分のなかにある弱さを思い知る。
子供の頃よく夢に見た、沼地のように。どこまで深く、どこまで広いのか、得体の知れない生き物がいる、ヘドロのような沼地には自分も知らない、「何かになっていない何か」がいる。そんな夢を見るたびに、正美をイジメていた奴らへの得もいわれない復讐心が芽生える。自分がイジメられていたわけではないのに、復讐心とは滑稽で日本語の使い方が間違っていると言われかねないが。
とにかく、秀一は正美のために、イジメっ子のリーダ格、多羅尾佑馬の自慢の長髪を燃やした。ウェルダンで焼き切った。授業中に後ろの席で、椅子をグラグラと傾けながら、笑い声をあげていた多羅尾。隣の席のもう一人のいじめっ子、佐々木なつみが多羅尾の頭が燃えていることに気づいた。
「多羅尾、髪、燃えてる」
なつみのぼそっとした一言だったが、教室はパニックになり、多羅尾自身もどうして髪が燃えているのか理解しようとすればするほど、パニックに陥った。秀一は遅れてでもいいから二時間目の授業に来るようにと、正美に伝えていた。
正美は三時間目の始まりに学校に来た。SNSで学校が大変なことになっていると、誰かが投稿したからだ。多羅尾らしき人物の髪が燃えていることが、その投稿からわかった。正美はその投稿を確かめるために、学校に来たと後で秀一に伝えた。
その日のお昼休みのことだった。なつみは相変わらず正美に姑息なイジワルをした。正美が弁当を食べているときに、水筒をわざと正美の弁当にかけた。
「お茶漬け、いやぁ、水漬けか」 正美は黙って、弁当を食べていた。「何も言い返せないし、やり返せないし、ホントこいつはクズだよ、ねー、みんな!」
周りは誰も止めない。秀一はなつみに狙いを定めた。全身を燃やしてやる、そう誓った瞬間だった。
正美は喉に指を突っ込んで、なつみに向かって吐しゃした。教室中が大騒ぎになった。なつみは正美のゲロを全身に浴びた。
「な、なにすんのよぉおおお!」
なつみが叫ぶと、ゲロが口に入り込む。ペッと吐き出そうとするなつみに、正美は脱いだスリッパを口に押し込んだ。そのまま、床に押し倒しグイグイとスリッパを奥に奥に薦める。窒息する、このままじゃまずい、と秀一はスリッパを引きはがした。正美は笑っていた。なつみは、大泣きして床に突っ伏した。
まもなく、学級委員の田中が先生を連れてきた。「なんだ、なにしてんだ」 担任の都築が教室に駆け付けた時、ゲロまみれのなつみが床に突っ伏して泣いているだけだった。田中が何かを説明しようとした時、正美は田中をぶん殴った。
「僕が困っている時、さんざん見過ごして何をいまさら先生を呼ぶなんて、どうかしてるだろ」「んぐ、あぁ、いたい」
田中の眼鏡が吹っ飛び、鼻血が出る。そこからは他の先生もやってきたが、事情を他の生徒が説明して正美は保健室に連れていかれたあと、五時間目の授業に出席した。
秀一は自分の持っている能力は、結局のところ正美のような覚悟のある人間にしかできない。正美の狂気のような正義のような、得体の知れないモノこそ自分に必要だとそれ以来強く感じるようになった。
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