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負け犬のふたり
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ぼくには友達がいない。友達の定義は広くて、登下校の友達、チーム分けのときの友達、お弁当を食べる時の友達、部活の友達、そして悩みごとをお互いに話せる友達だ。最後のは、親友みたいになものだから、ぼくには夢のまた夢の友達だ。
小学校に上がった頃から、友達らしい友達もできず、もう中学二年生だから八年ぐらい友達がいない。もはや友達がいないプロだ。
学校では黙食でお弁当を食べる形になって、まさに個食だからぼくにとってはありがたい。
でも、先生がいなくなるとみんな好きな友達同士でお弁当を食べたりしている。だからぼくは便所でお弁当を食べている。なんだかコッチの方が落ち着くんだ。
体育の授業が終わり、お昼休み。お弁当の時間だ。ぼくは一目散に、旧校舎の音楽室の手前にあるトイレに駆け込む。ここは、普段から誰も来ないし、どういうわけかどの学年も四時間目に音楽の授業がないから、音楽室前でお弁当を持ったぼくと鉢合わせする人はいない。
ぼくは、奥の個室で蓋を閉じて座る。お弁当を膝に置いて、黙々と食べる。お箸を落としたら最悪だ。そんなとき用にスペアの割り箸を用意している。
ここは、普段から誰も使ってないし、においもしないし、隠れて食べるにはちょうどいい。お母さんが作ってくれたお弁当、便所で食べてるって言ったら、どう思うんだろう。
ぼくは大好きな蟹クリームコロッケをパクリと食べながら、ごはんをかきこんだ。
ツカツカツカ。だれかがトイレに入ってきた。ぼくは息をひそめる。ここで誰かに会うなんて。一体誰なんだよ。
ぼくの隣の個室のドアが開く。バタンとドアが閉じる。ガチャリとカギがかかる。さっさと食べてしまおう。ぼくは残りのおかずとご飯を一気に口にほおばった。
「あぁ」
となりの個室から声が漏れた。
「あぁ、どうしよう」
何か困ったことでもあるんだろうか。お腹でも痛いのかな。
「お箸忘れちゃったよ」
続けて、隣の個室から聞こえてきた。
お箸?ここで便所メシしてるヤツがいるのか?どうしよう。お箸のスペアがある。貸してあげようか。いや貸すんじゃなくて、あげるってことだけども。
「あのー、お箸、ありますよ」
ぼくはいつもなら話しかけないのに、なぜかこんな時に限って、勇気を振り絞った。それは八年近く、溜め込んでいた勇気だったのかもしれない。
「え?隣に誰かいるんですか。お箸持ってるんですか?」
「割り箸だけど、新品だから。ちょっと袋に入ってるから、大丈夫だけど下から渡すね」
ぼくはトイレの下のスキマから、そぉっと紙袋に入った割り箸を渡した。
「ほんとうに、ありがとう」
何気ないシンプルだけど、あったかいお礼を言われてぼくはうれしかった。
「ぼく、先に出るね。またね」
ぼくは彼に会わないようにして、トイレを急いで出た。そのまま教室へと戻っていった。
彼は誰だったんだろう。二年生で便所めししてるのって、きっとぼくぐらいしかいないし。
ぼくの学年は三組までしかない。この中学はほとんど同じ小学校から入ってきてるから、みんな顔なじみだ。小学校で友達ができなかったんだから、中学校で突然友達ができるわけもない。だけど、何気ないその時間がぼくには最高に嬉しかった。
次の日、ぼくはいつものように音楽室手前のトイレ、奥の個室でお弁当を食べていた。五分遅れぐらいで、昨日の【お箸忘れ君】がやってきた。
「昨日の人ですよね」
隣の個室にきた、【お箸忘れ君】が尋ねた。
「そうだよ」
「昨日はありがとうございました。お父さんがお弁当作ってくれているんだけど、たまにお箸を忘れるんだ」
「そうなんだ、お父さんがお弁当作るんだ」
ぼくはお弁当といえばお母さんが作ってくれるものだと思っていた。
「ぼくの家は、お母さんが作ってくれるよ。でもトイレで食べてるって言ったら、どう思うんだろうね」
ぼくはいつになく、饒舌だった。
「理由はうまくいえないけれど、なんだか悲しいと思うかもね。そういう僕だって、お父さんにトイレでお弁当食べてるって言えないや」
「同じだね」
ぼく達は共通の自虐ネタでお互いの距離感が近づいているように感じた。でも、なんでトイレでお弁当を食べてるか、つまり、友達がいなくて辛いから、みたいな理由は聞き合わないでいた。それこそ、なんだかみじめじゃないか。せっかく話せる仲間ができたんだし、みじめになっちゃいけないと思った。
それから、ぼくと【お箸忘れ君】は、トイレお弁当仲間になった。何年生の何組かもわからないけれど、ぼくにとって初めての友達、これは【お弁当を食べる時の友達】ってやつだ。
「あのさ、ブラング・ファイターってゲーム知ってる?」
【お箸忘れ君】はゲームに詳しい、アイドルにも詳しい、まぁ敢えて言うなら、オタクなんだろう。でも、ぼくだって、オタクだ。ゲームはあんまり詳しくないけど、お笑いなら詳しい。
「こんど、ブラング・ファイター一緒にやろうよ」
ぼくは思い切って、一緒に遊ぶ話をした。
「うん、やろうやろう」
【お箸忘れ君】は快くオッケーしてくれた。
ぼくは、【お箸忘れ君】とお弁当をトイレで食べた後、そのまま学校でスマホゲームをした。本当は下校まで電源オフにしておかないといけないけれど、これは二人だけのヒミツだ。
【お箸忘れ君】とはつかず離れず、これ以上親しくはなれなかったけど、この距離感がいいんだろう。ぼくたちは便所めしライフを楽しんだ。食後のスマホゲームがサイコーだった。お昼休みが終わる五分前には必ずゲームを終わらせて、それぞれ別々に、顔を合わせないようにして、トイレから出て教室に帰る。トイレを最初に出るのは、ぼくが先って暗黙の了解みたいになってた。
そして、一学期も終わりに近づき、夏休みに差し掛かる頃に事件は起きた。
いつものように、便所めしとゲームを終わらせて、教室に戻ろうとしたとき、前からチョット悪グループの三年生が歩いてきた。曲がり角で、同じ二年生の吉川君とぶつかった。ぶつかった拍子に、吉川君のポケットからスマホが転がり落ち、運悪く画面が起動したまま、ゲーム音が鳴り響いた。
「アイム・ウィン!俺の勝ちだぜぇい」
あれはブラング・ファイターの勝利画面。【お箸忘れ君】がいつも使ってるキャラの声だ。【お箸忘れ君】って、吉川君だったのか。ぼくが山田で彼が吉川。席順は前と後ろだったもの。そう、吉川君はぼくと同じクラス。ぼくは彼の前の席だ。
「おぅ、コイツ、スマホもってんじゃん。学校でブラング・ファイターやってたんじゃね?」
吉川君はチョット悪グループ三人に囲まれていた。
「コレ、俺もやらせろよ。なぁ、てか、放課後まで没収なぁ」
「やめてください」
【箸忘れ君】改め吉川君は泣きながら、スマホを上級生から取り返そうとしている。吉川君は背が低くて、華奢だ。このチョット悪グループはサッカー部で、三人ともガタイがいい。去年は体育祭で目立ってた三人だ。
「おまえなぁ、俺らに逆らうん」
「お仕置きが必要だなぁ」
吉川君は、太腿を蹴られた。三人でかわるがわる、ボールのように太腿や尻を蹴られた。
「お父さんが買ってくれたスマホなんだ。それ壊れたら、もう買ってもらえない。うち、そんなにお金ないんだ。だから返してよ」
後からわかったことだけど、吉川君の家はお母さんが病気で小学校の頃に亡くなったらしい。お父さんがお母さんの分まで頑張って、吉川君と四つ下の妹のお世話もしてる。吉川君は帰りが遅いお父さんとの唯一の連絡手段として、スマホを買ってもらったということだった。
「やめろ!」
ぼくは、どうかしたんだろうか?チョット悪グループ三人を制止するように、叫んだ。
そのころには周りにギャラリーができていた。
(あれ、山田と吉川じゃね)
(あいつら、いつもお昼になったらいなかったよな)
(キモッ)
(あれ、三年サッカートリオじゃねぇか。いやぁー、ボコボコにされてんじゃね)
(吉川君かわいそー)
(山田が怒ってるの初めて見た)
「山田くっん、ごめん、危ないから」
「友達がいじめられてて、黙ってるヤツがいるかよ」
ぼくはいつになく強気だった。
「山田君、うっ。うっ。。。。」
「なんだーコイツ、泣いてやがるぜー」
三人のうち一番悪そうなヤツ、コイツを黙らせたら、勝ちだな。でも、まずはスマホを取り返すことが先決。
(山田って、ケンカ強いの?)
(いやー、弱いでしょ)
(運動オンチでしょあいつ)
(お笑い好きってきいたことあるなぁ)
「オイ!お前、スマホを返せ」
「なんだぁ、先輩にその口のきき方はぁ」
ぼくは重心を低くして、構えた。相手が蹴りを入れてくる。スローモーションに見える。ぼくは口いっぱいに溜めこんだツバを吐き出した。
びちゃっ
先輩の首に、ツバがかかった。
「きっったねぇえええ」
その隙に、ぼくはスマホを指から引きはがし、取り返した。そして、泣いてる吉川君を起こし、彼のポケットにスマホを戻した。
(なんだ、山田意外とやるな)
(キモっ)
(あんなことしたら、あとがこわいぞぉ)
ギャラリーたちがざわめく。
「なんだ、てめえら、負け犬のくせによぉ」
泣いてたはずの吉川君が、ヒックヒックと嗚咽しながら
「僕たち、別に、友達がいなかっただけで、負け犬なんかじゃないです」
(ハハハ)
(負け犬とはうまいこと言うね)
(負け犬の二人ってやつだ)
ギャラリーが煽る。
『まっけいぬ、まっけいぬ!まっけいぬ』
そろそろ先生が来そうだ、五時間目の授業ももうすぐ始まる。
そのとき、ぼくの怒りは頂点に達した。
「ぼくたちが負け犬なら、アンタらはなんなんだ!アンタら年下をいじめて、それが勝ちってことなのか!それに!」
「あー!なんだ、コイツ」
唾をかけられた先輩が条件反射で言い返す。残りの二人は今にも飛び掛かろうとしている。
ぼくはそのまま続けた。
「それに!同じクラスのみんなだって、困ってるぼくたちを見て、ただ騒いでるだけじゃないか!普段はぼくたちを透明人間みたいに無視してるのに。負け犬って、お前らなんか犬にも劣るぞ」
ぼくはありったけの怒りをぶちまけた。吉川君はぼくの肩をぎゅっと掴んだ。
「暴力で仕返ししちゃいけない。お父さんがいつも言ってたし。ありがとう、山田君」
ぼくは握りしめた拳をおろした。チャイムが鳴り、みんな教室に戻っていった。チョット悪グループ三人もバツが悪そうだったが、なにか捨て台詞を吐きながら帰っていった。
ぼくたちも急いで教室へと帰っていった。そのあと、放課後、ぼくは吉川君に話しかけた。
「吉川君だったんだね。知らなかったよ」
ぼくは【お箸忘れ君】が吉川君だってこと、今日初めて知った。
「僕は前から知ってたんだ。山田君がお昼になると、お弁当持って音楽室の前のトイレに行ってたこと」
「そうなんだ」
ぼくはとっても驚いた。だって、ぼくなんて誰にも気にしてもらってないから、誰からも見えていない存在だとおもっていたから。
「山田君さぁ、前にぼくがテストの日に消しゴム忘れて困ってたの覚えてる?」
「あぁ、たしか、ぼくの消しゴム半分切ってあげた、あのこと?」
「そう、僕とってもうれしかったんだ」
「そ、そうなの。なんだか照れるな」
「それからさぁ、山田君に話かけようとおもってたけど、いつもお昼になるといなくなるだろ。で、あとをつけたんだ」
なるほど吉川君には、ぼくという存在が見えていたんだ。なんだか、うれしくなった。
「ねぇ、このあと、ブラング・ファイター、やらない?通信プレイで」
「いいよ、やろうやろう」
ぼくたちは、途中まで一緒に帰って、時間を決めて待ち合わせをして、一緒に思う存分ブラング・ファイターで遊んだ。
次の日から、お昼ご飯は、教室で前と後ろの席で、喋りながら食べるようになった。次の日も、次の日も。そして僕らは唯一無二の友達になった。
あれから、三十五年。今日三十五年ぶりに吉川君に会う。中学を卒業して以来だ。ぼくはあれから、作家になり細々と書いてご飯を食べている。ときどき吉川君を思い出して、あの時の彼をモチーフにした小説もいくつか書いた。
吉川君はあれから猛勉強して、弁護士になった。困っている人を助けたい、弁護士はそう簡単なモノでもないらしいが、吉川君らしくいつも貧乏していると風のうわさで聞いた。
【負け犬のふたり】再開したらあのチョット悪三人組のことを覚えているか聞いてみよう。そして、ぼくが最初の頃、吉川君のことを【箸忘れくん】と呼んでいたことを話してみよう。今でも母が吉川君に会いたがっている。あ、きっとアイツだ。吉川君があの時みたいに、笑顔で手を振りながらやってきた。
(おわり)
小学校に上がった頃から、友達らしい友達もできず、もう中学二年生だから八年ぐらい友達がいない。もはや友達がいないプロだ。
学校では黙食でお弁当を食べる形になって、まさに個食だからぼくにとってはありがたい。
でも、先生がいなくなるとみんな好きな友達同士でお弁当を食べたりしている。だからぼくは便所でお弁当を食べている。なんだかコッチの方が落ち着くんだ。
体育の授業が終わり、お昼休み。お弁当の時間だ。ぼくは一目散に、旧校舎の音楽室の手前にあるトイレに駆け込む。ここは、普段から誰も来ないし、どういうわけかどの学年も四時間目に音楽の授業がないから、音楽室前でお弁当を持ったぼくと鉢合わせする人はいない。
ぼくは、奥の個室で蓋を閉じて座る。お弁当を膝に置いて、黙々と食べる。お箸を落としたら最悪だ。そんなとき用にスペアの割り箸を用意している。
ここは、普段から誰も使ってないし、においもしないし、隠れて食べるにはちょうどいい。お母さんが作ってくれたお弁当、便所で食べてるって言ったら、どう思うんだろう。
ぼくは大好きな蟹クリームコロッケをパクリと食べながら、ごはんをかきこんだ。
ツカツカツカ。だれかがトイレに入ってきた。ぼくは息をひそめる。ここで誰かに会うなんて。一体誰なんだよ。
ぼくの隣の個室のドアが開く。バタンとドアが閉じる。ガチャリとカギがかかる。さっさと食べてしまおう。ぼくは残りのおかずとご飯を一気に口にほおばった。
「あぁ」
となりの個室から声が漏れた。
「あぁ、どうしよう」
何か困ったことでもあるんだろうか。お腹でも痛いのかな。
「お箸忘れちゃったよ」
続けて、隣の個室から聞こえてきた。
お箸?ここで便所メシしてるヤツがいるのか?どうしよう。お箸のスペアがある。貸してあげようか。いや貸すんじゃなくて、あげるってことだけども。
「あのー、お箸、ありますよ」
ぼくはいつもなら話しかけないのに、なぜかこんな時に限って、勇気を振り絞った。それは八年近く、溜め込んでいた勇気だったのかもしれない。
「え?隣に誰かいるんですか。お箸持ってるんですか?」
「割り箸だけど、新品だから。ちょっと袋に入ってるから、大丈夫だけど下から渡すね」
ぼくはトイレの下のスキマから、そぉっと紙袋に入った割り箸を渡した。
「ほんとうに、ありがとう」
何気ないシンプルだけど、あったかいお礼を言われてぼくはうれしかった。
「ぼく、先に出るね。またね」
ぼくは彼に会わないようにして、トイレを急いで出た。そのまま教室へと戻っていった。
彼は誰だったんだろう。二年生で便所めししてるのって、きっとぼくぐらいしかいないし。
ぼくの学年は三組までしかない。この中学はほとんど同じ小学校から入ってきてるから、みんな顔なじみだ。小学校で友達ができなかったんだから、中学校で突然友達ができるわけもない。だけど、何気ないその時間がぼくには最高に嬉しかった。
次の日、ぼくはいつものように音楽室手前のトイレ、奥の個室でお弁当を食べていた。五分遅れぐらいで、昨日の【お箸忘れ君】がやってきた。
「昨日の人ですよね」
隣の個室にきた、【お箸忘れ君】が尋ねた。
「そうだよ」
「昨日はありがとうございました。お父さんがお弁当作ってくれているんだけど、たまにお箸を忘れるんだ」
「そうなんだ、お父さんがお弁当作るんだ」
ぼくはお弁当といえばお母さんが作ってくれるものだと思っていた。
「ぼくの家は、お母さんが作ってくれるよ。でもトイレで食べてるって言ったら、どう思うんだろうね」
ぼくはいつになく、饒舌だった。
「理由はうまくいえないけれど、なんだか悲しいと思うかもね。そういう僕だって、お父さんにトイレでお弁当食べてるって言えないや」
「同じだね」
ぼく達は共通の自虐ネタでお互いの距離感が近づいているように感じた。でも、なんでトイレでお弁当を食べてるか、つまり、友達がいなくて辛いから、みたいな理由は聞き合わないでいた。それこそ、なんだかみじめじゃないか。せっかく話せる仲間ができたんだし、みじめになっちゃいけないと思った。
それから、ぼくと【お箸忘れ君】は、トイレお弁当仲間になった。何年生の何組かもわからないけれど、ぼくにとって初めての友達、これは【お弁当を食べる時の友達】ってやつだ。
「あのさ、ブラング・ファイターってゲーム知ってる?」
【お箸忘れ君】はゲームに詳しい、アイドルにも詳しい、まぁ敢えて言うなら、オタクなんだろう。でも、ぼくだって、オタクだ。ゲームはあんまり詳しくないけど、お笑いなら詳しい。
「こんど、ブラング・ファイター一緒にやろうよ」
ぼくは思い切って、一緒に遊ぶ話をした。
「うん、やろうやろう」
【お箸忘れ君】は快くオッケーしてくれた。
ぼくは、【お箸忘れ君】とお弁当をトイレで食べた後、そのまま学校でスマホゲームをした。本当は下校まで電源オフにしておかないといけないけれど、これは二人だけのヒミツだ。
【お箸忘れ君】とはつかず離れず、これ以上親しくはなれなかったけど、この距離感がいいんだろう。ぼくたちは便所めしライフを楽しんだ。食後のスマホゲームがサイコーだった。お昼休みが終わる五分前には必ずゲームを終わらせて、それぞれ別々に、顔を合わせないようにして、トイレから出て教室に帰る。トイレを最初に出るのは、ぼくが先って暗黙の了解みたいになってた。
そして、一学期も終わりに近づき、夏休みに差し掛かる頃に事件は起きた。
いつものように、便所めしとゲームを終わらせて、教室に戻ろうとしたとき、前からチョット悪グループの三年生が歩いてきた。曲がり角で、同じ二年生の吉川君とぶつかった。ぶつかった拍子に、吉川君のポケットからスマホが転がり落ち、運悪く画面が起動したまま、ゲーム音が鳴り響いた。
「アイム・ウィン!俺の勝ちだぜぇい」
あれはブラング・ファイターの勝利画面。【お箸忘れ君】がいつも使ってるキャラの声だ。【お箸忘れ君】って、吉川君だったのか。ぼくが山田で彼が吉川。席順は前と後ろだったもの。そう、吉川君はぼくと同じクラス。ぼくは彼の前の席だ。
「おぅ、コイツ、スマホもってんじゃん。学校でブラング・ファイターやってたんじゃね?」
吉川君はチョット悪グループ三人に囲まれていた。
「コレ、俺もやらせろよ。なぁ、てか、放課後まで没収なぁ」
「やめてください」
【箸忘れ君】改め吉川君は泣きながら、スマホを上級生から取り返そうとしている。吉川君は背が低くて、華奢だ。このチョット悪グループはサッカー部で、三人ともガタイがいい。去年は体育祭で目立ってた三人だ。
「おまえなぁ、俺らに逆らうん」
「お仕置きが必要だなぁ」
吉川君は、太腿を蹴られた。三人でかわるがわる、ボールのように太腿や尻を蹴られた。
「お父さんが買ってくれたスマホなんだ。それ壊れたら、もう買ってもらえない。うち、そんなにお金ないんだ。だから返してよ」
後からわかったことだけど、吉川君の家はお母さんが病気で小学校の頃に亡くなったらしい。お父さんがお母さんの分まで頑張って、吉川君と四つ下の妹のお世話もしてる。吉川君は帰りが遅いお父さんとの唯一の連絡手段として、スマホを買ってもらったということだった。
「やめろ!」
ぼくは、どうかしたんだろうか?チョット悪グループ三人を制止するように、叫んだ。
そのころには周りにギャラリーができていた。
(あれ、山田と吉川じゃね)
(あいつら、いつもお昼になったらいなかったよな)
(キモッ)
(あれ、三年サッカートリオじゃねぇか。いやぁー、ボコボコにされてんじゃね)
(吉川君かわいそー)
(山田が怒ってるの初めて見た)
「山田くっん、ごめん、危ないから」
「友達がいじめられてて、黙ってるヤツがいるかよ」
ぼくはいつになく強気だった。
「山田君、うっ。うっ。。。。」
「なんだーコイツ、泣いてやがるぜー」
三人のうち一番悪そうなヤツ、コイツを黙らせたら、勝ちだな。でも、まずはスマホを取り返すことが先決。
(山田って、ケンカ強いの?)
(いやー、弱いでしょ)
(運動オンチでしょあいつ)
(お笑い好きってきいたことあるなぁ)
「オイ!お前、スマホを返せ」
「なんだぁ、先輩にその口のきき方はぁ」
ぼくは重心を低くして、構えた。相手が蹴りを入れてくる。スローモーションに見える。ぼくは口いっぱいに溜めこんだツバを吐き出した。
びちゃっ
先輩の首に、ツバがかかった。
「きっったねぇえええ」
その隙に、ぼくはスマホを指から引きはがし、取り返した。そして、泣いてる吉川君を起こし、彼のポケットにスマホを戻した。
(なんだ、山田意外とやるな)
(キモっ)
(あんなことしたら、あとがこわいぞぉ)
ギャラリーたちがざわめく。
「なんだ、てめえら、負け犬のくせによぉ」
泣いてたはずの吉川君が、ヒックヒックと嗚咽しながら
「僕たち、別に、友達がいなかっただけで、負け犬なんかじゃないです」
(ハハハ)
(負け犬とはうまいこと言うね)
(負け犬の二人ってやつだ)
ギャラリーが煽る。
『まっけいぬ、まっけいぬ!まっけいぬ』
そろそろ先生が来そうだ、五時間目の授業ももうすぐ始まる。
そのとき、ぼくの怒りは頂点に達した。
「ぼくたちが負け犬なら、アンタらはなんなんだ!アンタら年下をいじめて、それが勝ちってことなのか!それに!」
「あー!なんだ、コイツ」
唾をかけられた先輩が条件反射で言い返す。残りの二人は今にも飛び掛かろうとしている。
ぼくはそのまま続けた。
「それに!同じクラスのみんなだって、困ってるぼくたちを見て、ただ騒いでるだけじゃないか!普段はぼくたちを透明人間みたいに無視してるのに。負け犬って、お前らなんか犬にも劣るぞ」
ぼくはありったけの怒りをぶちまけた。吉川君はぼくの肩をぎゅっと掴んだ。
「暴力で仕返ししちゃいけない。お父さんがいつも言ってたし。ありがとう、山田君」
ぼくは握りしめた拳をおろした。チャイムが鳴り、みんな教室に戻っていった。チョット悪グループ三人もバツが悪そうだったが、なにか捨て台詞を吐きながら帰っていった。
ぼくたちも急いで教室へと帰っていった。そのあと、放課後、ぼくは吉川君に話しかけた。
「吉川君だったんだね。知らなかったよ」
ぼくは【お箸忘れ君】が吉川君だってこと、今日初めて知った。
「僕は前から知ってたんだ。山田君がお昼になると、お弁当持って音楽室の前のトイレに行ってたこと」
「そうなんだ」
ぼくはとっても驚いた。だって、ぼくなんて誰にも気にしてもらってないから、誰からも見えていない存在だとおもっていたから。
「山田君さぁ、前にぼくがテストの日に消しゴム忘れて困ってたの覚えてる?」
「あぁ、たしか、ぼくの消しゴム半分切ってあげた、あのこと?」
「そう、僕とってもうれしかったんだ」
「そ、そうなの。なんだか照れるな」
「それからさぁ、山田君に話かけようとおもってたけど、いつもお昼になるといなくなるだろ。で、あとをつけたんだ」
なるほど吉川君には、ぼくという存在が見えていたんだ。なんだか、うれしくなった。
「ねぇ、このあと、ブラング・ファイター、やらない?通信プレイで」
「いいよ、やろうやろう」
ぼくたちは、途中まで一緒に帰って、時間を決めて待ち合わせをして、一緒に思う存分ブラング・ファイターで遊んだ。
次の日から、お昼ご飯は、教室で前と後ろの席で、喋りながら食べるようになった。次の日も、次の日も。そして僕らは唯一無二の友達になった。
あれから、三十五年。今日三十五年ぶりに吉川君に会う。中学を卒業して以来だ。ぼくはあれから、作家になり細々と書いてご飯を食べている。ときどき吉川君を思い出して、あの時の彼をモチーフにした小説もいくつか書いた。
吉川君はあれから猛勉強して、弁護士になった。困っている人を助けたい、弁護士はそう簡単なモノでもないらしいが、吉川君らしくいつも貧乏していると風のうわさで聞いた。
【負け犬のふたり】再開したらあのチョット悪三人組のことを覚えているか聞いてみよう。そして、ぼくが最初の頃、吉川君のことを【箸忘れくん】と呼んでいたことを話してみよう。今でも母が吉川君に会いたがっている。あ、きっとアイツだ。吉川君があの時みたいに、笑顔で手を振りながらやってきた。
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