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殺鬼人と殺人鬼

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 母は殺鬼人さつきじんだ。女性は優しくて、おおらかでなんて思い違いだ。男性も女性も、等しく狂暴で残酷で、ときどき優しい。母はその辺で通りがかりの鬼に因縁をつけては、容赦なく叩き殺していた。武器はない。右手ひとつで。ゲンコツは大地を割り、手刀は大海を裂き、張手は大気を圧する。

 人と鬼が和平協定を結んだあとも、母の鬼殺しは止まなかった。殺戮兵器のように、狂ったように、狂いなく鬼を壊滅させていく母。母に訊いた「どうして鬼を目の敵にするのか」と。母は「鬼ならいいでしょ、殺しても」と返事した。シンプルな返事な分怖かった。

 今から五百年前、獣を引き連れて鬼を討伐した男がいた。「祖父母や村の人間から頼まれた」という理由だけで鬼の国を滅ぼし金を奪った。僕は母に内緒で鬼娘と付き合っている。彼女に頼まれて母の命を奪う約束をした。殺鬼人を滅ぼす、鬼たちの宿願らしい。僕は就寝中の母を襲った。母の最期の言葉は、あんたは殺人鬼だと。
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