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四  苦無

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「ギャ―――っ」

悲鳴と木の枝をいくつも折る音がした。技の気が尽きたのだろう。言わんこっちゃない。急いで走っていくと、大木の下にうずくまる妙が見えた。この大木は数千年は生きているだろう。俺らの里でもあまり見ない立派な大樹だ。その枝を薙ぎ払うなんてなんて罰当たりなんだ。

「だいじょうぶか、たえ」
「いたたたた…ちょっと、起こしてよ。背中打ったわ。立てないよ」
「あんな無茶するからだ」
「だってえ…」

まあ理由はわかるけど、やっぱり無茶は無茶だ。しのびは無茶は禁物だ。無理していい結果なんて出せない。

「おや、声がすると思ったら、こんなところにガキがいるぞ」

人がいるらしい。それも数人。その声に生の感情が乗っかってる。猟師や木こりじゃない。あいつらはつねに感情を押し殺すしゃべり方だ。百姓にも見えない。ならなんだ?そりゃ野盗に決まってる。俺らは野盗の巣のそばに来ちまったみたいだ。これも妙が悪い。

「俺らに関わるな。関われば、死ぬ」

俺は舐め回すようにそいつらを見た。全員殺すのに、五つかぞえるくらいか。妙は知らん顔で打ち身の有り無しを調べていやがる。

「なんか言ってるぜ、このガキ」

野盗の一番若そうな…と言っても俺の倍は年を食ってそうなやつがそう言った。

「おい、女がいるぜ」
「ほんとだ。上玉じゃないか」
「こりゃいいもんが降って来たな」

勝手なことを言ってやがる。遺言にしてはお粗末だな。こいつらは皆殺しだ。理由?野盗だから?いいや、俺らを見たからだ。

「やめとけ」
「おかしら?ですがあやしいやつらですぜ?」

頭目らしいやつが出てきた。ごつい体に相当な気をまとっている。殺すには手こずる?いいや即死させる。

「そこのあんた、俺らはなにも見てない。俺らは後ろに下がる。だから後ろから襲うのだけはやめてくれ」
「ことわると言ったら?」

ふう、とその頭目はため息をついた。そして地べたにあぐらをかき座り込んだ。

「俺はこの山に住む盗賊の城山官兵衛というものだ。むかしは今川家につかえていたが、いまはこのざまだ。だがかつては俺もそれなりの武将だ。だからお前がどれほどかわかる。いまさらじたばたせぬ。俺の首を取れ。近隣の村に行きゃあこの首で酒が飲める。そのかわり手下は見逃せ。まあどうせ俺がいなかったら野垂れ死にだろうが、それでも一度は家来だった者たちだ。どうかこの通り…」
「首を差し出すのか?」
「ああ、そうだ」
「いただこう…」

――忍術、『枯霧』

俺は懐から苦無くない(くさび型の両刃剣)を出し、ただ宙をすうっと横にひいた。頭目から数歩離れていたが、その首筋に刃傷がついて血が流れた。ほんとうは首くらい簡単に落とせるのだが、妙の見ている前で技を見せたくなかったんで傷をつけただけにした。こいつは『気』で空気を凍らせ、堅い薄刃の刃物のようにする術で、本来なら『気』をためればあの大樹も斬れる。

「う…」
「苦しむことなく死ぬ、こいつが苦無さ。ふだんは毒が塗ってある。今日はたまたまそれを塗り忘れた。運がいいな、おまえ」

こいつにも適当なことを言ってごまかしておく。忍者っていうのは嘘やごまかしで生きているんだからな。俺たちの本当の姿なんて知られちゃ、長生きなんかできねえんだからな。

「助けてくれるのか…。しかし、離れていてこれか…これが身延の…」
「それ以上言うと本当に首が落ちちゃうよ」
「ああ、そうだな…」

妙はきょとんとしている。ごまかせたようだ。…しかしあの高さから落ちてなんともないらしい、頑丈な娘だ。

「さあいくぞ、妙」
「あれ?いいのこいつら?」
「いちいち出会った猿や鹿を殺してたら里に帰りつけん」
「猿には見えないよこいつら」
「どのみち野生動物だ。たいしてかわらん!いいから早く走れ!」
「えーまた走るの?」
「つべこべ言わない!またセンブリ食わすぞ」
「ひいいいい」

センブリは野山の日当たりの良いところに生えている超にがーい野草で、胃の薬として使われる。しのびはいろいろなものを食べて凌がなければならないから、この薬草は重宝するのだ。夕べは虫ばかり食べたので、俺と妙は身もだえながらセンブリを食った。こうすりゃ食あたりは起こさない。たぶん。

まあしのびとはこうした哀れなやつらのことだ。
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