4 / 16
四 苦無
しおりを挟む
「ギャ―――っ」
悲鳴と木の枝をいくつも折る音がした。技の気が尽きたのだろう。言わんこっちゃない。急いで走っていくと、大木の下にうずくまる妙が見えた。この大木は数千年は生きているだろう。俺らの里でもあまり見ない立派な大樹だ。その枝を薙ぎ払うなんてなんて罰当たりなんだ。
「だいじょうぶか、たえ」
「いたたたた…ちょっと、起こしてよ。背中打ったわ。立てないよ」
「あんな無茶するからだ」
「だってえ…」
まあ理由はわかるけど、やっぱり無茶は無茶だ。しのびは無茶は禁物だ。無理していい結果なんて出せない。
「おや、声がすると思ったら、こんなところにガキがいるぞ」
人がいるらしい。それも数人。その声に生の感情が乗っかってる。猟師や木こりじゃない。あいつらはつねに感情を押し殺すしゃべり方だ。百姓にも見えない。ならなんだ?そりゃ野盗に決まってる。俺らは野盗の巣のそばに来ちまったみたいだ。これも妙が悪い。
「俺らに関わるな。関われば、死ぬ」
俺は舐め回すようにそいつらを見た。全員殺すのに、五つかぞえるくらいか。妙は知らん顔で打ち身の有り無しを調べていやがる。
「なんか言ってるぜ、このガキ」
野盗の一番若そうな…と言っても俺の倍は年を食ってそうなやつがそう言った。
「おい、女がいるぜ」
「ほんとだ。上玉じゃないか」
「こりゃいいもんが降って来たな」
勝手なことを言ってやがる。遺言にしてはお粗末だな。こいつらは皆殺しだ。理由?野盗だから?いいや、俺らを見たからだ。
「やめとけ」
「おかしら?ですがあやしいやつらですぜ?」
頭目らしいやつが出てきた。ごつい体に相当な気をまとっている。殺すには手こずる?いいや即死させる。
「そこのあんた、俺らはなにも見てない。俺らは後ろに下がる。だから後ろから襲うのだけはやめてくれ」
「ことわると言ったら?」
ふう、とその頭目はため息をついた。そして地べたにあぐらをかき座り込んだ。
「俺はこの山に住む盗賊の城山官兵衛というものだ。むかしは今川家につかえていたが、いまはこのざまだ。だがかつては俺もそれなりの武将だ。だからお前がどれほどかわかる。いまさらじたばたせぬ。俺の首を取れ。近隣の村に行きゃあこの首で酒が飲める。そのかわり手下は見逃せ。まあどうせ俺がいなかったら野垂れ死にだろうが、それでも一度は家来だった者たちだ。どうかこの通り…」
「首を差し出すのか?」
「ああ、そうだ」
「いただこう…」
――忍術、『枯霧』
俺は懐から苦無(くさび型の両刃剣)を出し、ただ宙をすうっと横にひいた。頭目から数歩離れていたが、その首筋に刃傷がついて血が流れた。ほんとうは首くらい簡単に落とせるのだが、妙の見ている前で技を見せたくなかったんで傷をつけただけにした。こいつは『気』で空気を凍らせ、堅い薄刃の刃物のようにする術で、本来なら『気』をためればあの大樹も斬れる。
「う…」
「苦しむことなく死ぬ、こいつが苦無さ。ふだんは毒が塗ってある。今日はたまたまそれを塗り忘れた。運がいいな、おまえ」
こいつにも適当なことを言ってごまかしておく。忍者っていうのは嘘やごまかしで生きているんだからな。俺たちの本当の姿なんて知られちゃ、長生きなんかできねえんだからな。
「助けてくれるのか…。しかし、離れていてこれか…これが身延の…」
「それ以上言うと本当に首が落ちちゃうよ」
「ああ、そうだな…」
妙はきょとんとしている。ごまかせたようだ。…しかしあの高さから落ちてなんともないらしい、頑丈な娘だ。
「さあいくぞ、妙」
「あれ?いいのこいつら?」
「いちいち出会った猿や鹿を殺してたら里に帰りつけん」
「猿には見えないよこいつら」
「どのみち野生動物だ。たいしてかわらん!いいから早く走れ!」
「えーまた走るの?」
「つべこべ言わない!またセンブリ食わすぞ」
「ひいいいい」
センブリは野山の日当たりの良いところに生えている超にがーい野草で、胃の薬として使われる。しのびはいろいろなものを食べて凌がなければならないから、この薬草は重宝するのだ。夕べは虫ばかり食べたので、俺と妙は身もだえながらセンブリを食った。こうすりゃ食あたりは起こさない。たぶん。
まあしのびとはこうした哀れなやつらのことだ。
悲鳴と木の枝をいくつも折る音がした。技の気が尽きたのだろう。言わんこっちゃない。急いで走っていくと、大木の下にうずくまる妙が見えた。この大木は数千年は生きているだろう。俺らの里でもあまり見ない立派な大樹だ。その枝を薙ぎ払うなんてなんて罰当たりなんだ。
「だいじょうぶか、たえ」
「いたたたた…ちょっと、起こしてよ。背中打ったわ。立てないよ」
「あんな無茶するからだ」
「だってえ…」
まあ理由はわかるけど、やっぱり無茶は無茶だ。しのびは無茶は禁物だ。無理していい結果なんて出せない。
「おや、声がすると思ったら、こんなところにガキがいるぞ」
人がいるらしい。それも数人。その声に生の感情が乗っかってる。猟師や木こりじゃない。あいつらはつねに感情を押し殺すしゃべり方だ。百姓にも見えない。ならなんだ?そりゃ野盗に決まってる。俺らは野盗の巣のそばに来ちまったみたいだ。これも妙が悪い。
「俺らに関わるな。関われば、死ぬ」
俺は舐め回すようにそいつらを見た。全員殺すのに、五つかぞえるくらいか。妙は知らん顔で打ち身の有り無しを調べていやがる。
「なんか言ってるぜ、このガキ」
野盗の一番若そうな…と言っても俺の倍は年を食ってそうなやつがそう言った。
「おい、女がいるぜ」
「ほんとだ。上玉じゃないか」
「こりゃいいもんが降って来たな」
勝手なことを言ってやがる。遺言にしてはお粗末だな。こいつらは皆殺しだ。理由?野盗だから?いいや、俺らを見たからだ。
「やめとけ」
「おかしら?ですがあやしいやつらですぜ?」
頭目らしいやつが出てきた。ごつい体に相当な気をまとっている。殺すには手こずる?いいや即死させる。
「そこのあんた、俺らはなにも見てない。俺らは後ろに下がる。だから後ろから襲うのだけはやめてくれ」
「ことわると言ったら?」
ふう、とその頭目はため息をついた。そして地べたにあぐらをかき座り込んだ。
「俺はこの山に住む盗賊の城山官兵衛というものだ。むかしは今川家につかえていたが、いまはこのざまだ。だがかつては俺もそれなりの武将だ。だからお前がどれほどかわかる。いまさらじたばたせぬ。俺の首を取れ。近隣の村に行きゃあこの首で酒が飲める。そのかわり手下は見逃せ。まあどうせ俺がいなかったら野垂れ死にだろうが、それでも一度は家来だった者たちだ。どうかこの通り…」
「首を差し出すのか?」
「ああ、そうだ」
「いただこう…」
――忍術、『枯霧』
俺は懐から苦無(くさび型の両刃剣)を出し、ただ宙をすうっと横にひいた。頭目から数歩離れていたが、その首筋に刃傷がついて血が流れた。ほんとうは首くらい簡単に落とせるのだが、妙の見ている前で技を見せたくなかったんで傷をつけただけにした。こいつは『気』で空気を凍らせ、堅い薄刃の刃物のようにする術で、本来なら『気』をためればあの大樹も斬れる。
「う…」
「苦しむことなく死ぬ、こいつが苦無さ。ふだんは毒が塗ってある。今日はたまたまそれを塗り忘れた。運がいいな、おまえ」
こいつにも適当なことを言ってごまかしておく。忍者っていうのは嘘やごまかしで生きているんだからな。俺たちの本当の姿なんて知られちゃ、長生きなんかできねえんだからな。
「助けてくれるのか…。しかし、離れていてこれか…これが身延の…」
「それ以上言うと本当に首が落ちちゃうよ」
「ああ、そうだな…」
妙はきょとんとしている。ごまかせたようだ。…しかしあの高さから落ちてなんともないらしい、頑丈な娘だ。
「さあいくぞ、妙」
「あれ?いいのこいつら?」
「いちいち出会った猿や鹿を殺してたら里に帰りつけん」
「猿には見えないよこいつら」
「どのみち野生動物だ。たいしてかわらん!いいから早く走れ!」
「えーまた走るの?」
「つべこべ言わない!またセンブリ食わすぞ」
「ひいいいい」
センブリは野山の日当たりの良いところに生えている超にがーい野草で、胃の薬として使われる。しのびはいろいろなものを食べて凌がなければならないから、この薬草は重宝するのだ。夕べは虫ばかり食べたので、俺と妙は身もだえながらセンブリを食った。こうすりゃ食あたりは起こさない。たぶん。
まあしのびとはこうした哀れなやつらのことだ。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
忍者同心 服部文蔵
大澤伝兵衛
歴史・時代
八代将軍徳川吉宗の時代、服部文蔵という武士がいた。
服部という名ではあるが有名な服部半蔵の血筋とは一切関係が無く、本人も忍者ではない。だが、とある事件での活躍で有名になり、江戸中から忍者と話題になり、評判を聞きつけた町奉行から同心として採用される事になる。
忍者同心の誕生である。
だが、忍者ではない文蔵が忍者と呼ばれる事を、伊賀、甲賀忍者の末裔たちが面白く思わず、事あるごとに文蔵に喧嘩を仕掛けて来る事に。
それに、江戸を騒がす数々の事件が起き、どうやら文蔵の過去と関りが……
東洋大快人伝
三文山而
歴史・時代
薩長同盟に尽力し、自由民権運動で活躍した都道府県といえば、有名どころでは高知県、マイナーどころでは福岡県だった。
特に頭山満という人物は自由民権運動で板垣退助・植木枝盛の率いる土佐勢と主導権を奪い合い、伊藤博文・桂太郎といった明治の元勲たちを脅えさせ、大政翼賛会に真っ向から嫌がらせをして東条英機に手も足も出させなかった。
ここにあるのはそんな彼の生涯とその周辺を描くことで、幕末から昭和までの日本近代史を裏面から語る話である。
なろう・アルファポリス・カクヨム・マグネットに同一内容のものを投稿します。
狩野岑信 元禄二刀流絵巻
仁獅寺永雪
歴史・時代
狩野岑信は、江戸中期の幕府御用絵師である。竹川町狩野家の次男に生まれながら、特に分家を許された上、父や兄を差し置いて江戸画壇の頂点となる狩野派総上席の地位を与えられた。さらに、狩野派最初の奥絵師ともなった。
特筆すべき代表作もないことから、従来、時の将軍に気に入られて出世しただけの男と見られてきた。
しかし、彼は、主君が将軍になったその年に死んでいるのである。これはどういうことなのか。
彼の特異な点は、「松本友盛」という主君から賜った別名(むしろ本名)があったことだ。この名前で、土圭之間詰め番士という武官職をも務めていた。
舞台は、赤穂事件のあった元禄時代、生類憐れみの令に支配された江戸の町。主人公は、様々な歴史上の事件や人物とも関りながら成長して行く。
これは、絵師と武士、二つの名前と二つの役職を持ち、張り巡らされた陰謀から主君を守り、遂に六代将軍に押し上げた謎の男・狩野岑信の一生を読み解く物語である。
投稿二作目、最後までお楽しみいただければ幸いです。
戦国の華と徒花
三田村優希(または南雲天音)
歴史・時代
武田信玄の命令によって、織田信長の妹であるお市の侍女として潜入した忍びの於小夜(おさよ)。
付き従う内にお市に心酔し、武田家を裏切る形となってしまう。
そんな彼女は人並みに恋をし、同じ武田の忍びである小十郎と夫婦になる。
二人を裏切り者と見做し、刺客が送られてくる。小十郎も柴田勝家の足軽頭となっており、刺客に怯えつつも何とか女児を出産し於奈津(おなつ)と命名する。
しかし頭領であり於小夜の叔父でもある新井庄助の命令で、於奈津は母親から引き離され忍びとしての英才教育を受けるために真田家へと送られてしまう。
悲嘆に暮れる於小夜だが、お市と共に悲運へと呑まれていく。
※拙作「異郷の残菊」と繋がりがありますが、単独で読んでも問題がございません
【他サイト掲載:NOVEL DAYS】
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる