上 下
10 / 45

第2'章 その一滴は波紋となって①

しおりを挟む
 神崎が転校してき手から数日がたち、週末を迎えた。
 気になっていたのは天気だけど、降水確率0%と心配する必要はなさそうだった。
 かくして、俺にとって曰く付きの山――深安山――に向かう閑散としたバスの最後列には、窓側から神崎と俺、それから時乃の順で座っている。

 神崎が転校してきたあの日の約束通り、深安山の山頂付近の祠に行くことになったのだけど、それを時乃に伝えたら自分も行くと言い出した。その時乃は俺の隣で高校名が入った臙脂色のウィンドブレーカーを着ている。時乃の所属する陸上部のものだ。
 深安山の入口までは、自転車で行ってもそんなに苦ではないのだけど、神崎が自転車を持っていないということで三人仲良く並んでバスに揺られている。
 そう、仲良く、である。

「部活が休みの日くらいゆっくりしてりゃあいいのに」
「運動と無縁の翔太にはわからないだろうけど、休みの日だって体を動かさないと鈍っちゃうの!」

 何気なく言葉を振ったつもりだけど、思った以上にツンとした言葉が返ってきた。触らぬ神に何とやら、ハイハイと聞き流すと今度はムッと眉間を寄せる。今日の時乃はやけに刺々しいというか、ピリピリしている。

「そ、れ、と、も。翔太は私が邪魔だった? 可愛い転校生と二人きりを邪魔されて」
「まさか。時乃の想像力が豊か過ぎるんだよ」

 当の神崎は俺たちのやり取りなんてそっちのけで窓の外に広がる田園風景を瞳をキラキラさせて眺めている。そんなに珍しい風景でもないと思うけど、こっちに来る前はこんな景色が珍しいくらいの都会にでも住んでいたのだろうか。

「むう、翔太のくせに生意気!」

 神崎の方を見ていたら、ギュッと意識を時乃の方に戻された。頬をつねって引っ張るという極めて物理的な方法で。結構容赦なくつねってきて普通に痛い。

「お前さ、足だけじゃなくて手まで早いのかよ」
「んん?」

 時乃の手に更に力がこもる。あ、これ、ヤバいやつだ。

「痛たたたたっ! 悪い、俺が悪かったって!」
「ふん。ちゃんと反省した?」
「おおー、山が近づいてきたー!」

 俺たちのてんでバラバラな言葉を乗せてバスは進んでいく。全然平和な道中ってわけじゃないんだけど、それでも普段学校にいる時よりもずっと肩の力は抜けていた。
 春の穏やかな日差しに包まれながらハイキングっていうのも、たまには悪くない、か。

「次は深安山ー。お降りの方はお近くのベルでお知らせください」
「わーっ! このベル、なんだか懐かしー!」

 神崎が窓際のベルを押すとピロリンとどこか間の抜けた音が鳴り、間もなくバスは山の麓で止まった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

美しき妖獣の花嫁となった

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:2,449pt お気に入り:297

貴方達から離れたら思った以上に幸せです!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:173,058pt お気に入り:12,459

わたくしが悪役令嬢だった理由

恋愛 / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:523

【完結】 嘘と後悔、そして愛

恋愛 / 完結 24h.ポイント:6,631pt お気に入り:332

下級巫女、行き遅れたら能力上がって聖女並みになりました

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:2,158pt お気に入り:5,692

迦国あやかし後宮譚

キャラ文芸 / 完結 24h.ポイント:617pt お気に入り:3,784

知らない異世界を生き抜く方法

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,846pt お気に入り:51

オッさん探索者の迷宮制覇

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:113pt お気に入り:45

悪役令嬢になりたいのにヒロイン扱いってどういうことですの!?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,108pt お気に入り:4,976

処理中です...