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エピローグ
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「先輩、なんでそんなにグロッキーなんですか?」
「バスに30分乗るとか、苦行過ぎるから……」
陸上競技場の応援席で、隣に座る茅吹先輩は頭を抱えていた。
大会会場となった競技場はレース前に徒歩で行けるような距離ではなく、自転車に乗れない茅吹先輩は必然的にバスで来ることになるのだけど、乗り物に弱いのは筋金入りだったらしい。
「先輩、どうして今日も雨が降ってるんですか?」
「雨が俺のことを離してくれないから」
冬が近づいたことを示すようなしとしととした雨がトラックを濡らしている。
頭を抱えて弱々しい声なのに、先輩は相変わらずそんなことを言ってのける。
ちょっとだけ声が元気になった気配もある。うん、放っておいても大丈夫そうな気はするのだけど。
「先輩、約束、忘れちゃいました?」
「覚えてる」
イタズラめかして聞いてみると、ガバッと先輩が顔を上げた。その顔は若干青ざめてはいるけれど、真剣な目が真っすぐこちらを見ていて、わたしの方がドギマギしてしまう。
「足も治ったし、予選も決勝も全力で行く」
「……はい」
「というかさ、俺にとっては秋浜へのリベンジだけど、それでもし俺が負けたら、今度は秋浜がリベンジすることになるんだろ?」
「えっ? あっ、うっ……」
とっさに返事ができなかったけど、一月前、わたしが秋浜君に返した言葉をそのまま捉えていれば、そうなってしまう。あれから何度か秋浜君に話そうとしたけど、その度にはぐらかされてしまい、今日まで来てしまっていた。
「だからさ、絶対勝つ」
先輩の宣言に、黙って頷く。
「それにさ。俺の方が雨には慣れてるはずだから」
「えー。ホントですかねえ……?」
最近気づいたのだけど、確かに茅吹先輩は雨によく降られるけど、本当によく降られるだけで、何なら都合が悪い時にこそ降っている。
まあ、でも。青かったはずの茅吹先輩の顔に徐々に血色が戻ってきていたから、それならそれでいいのかもしれない。
「そうだ、明日は練習休みだからさ、帰りは歩かないか? まっすぐ帰れば2時間くらいだと思うんだけど」
「でも、雨ですよ?」
茅吹先輩は立ち上がると、ニッと笑ってわたしの方に手を差し出す。
「今日は珍しく、帰る頃には雨が止むらしい」
自信満々な様子に、思わず笑いながらその手を取る。
「あれ、珍しく本当に愛されてるんですね」
「嫉妬するなよ?」
「してますよ」
先輩の青かった顔にパッと朱が差した。反対の手で頭をかきながら、ちょっと視線を彷徨わせる。けれど、そのまま逃げる事はなく、最後にはまた正面から視線が重なった。
「1番でゴールして、迎えにいくよ」
「違いますよ、先輩」
虚を突かれたような顔をする先輩に精一杯の応援を込めるため、目一杯笑ってみせる。
「ゴールした先輩の隣に、わたしが行くんです」
――どれだけ雨が降っても、暖かなその場所に。
「バスに30分乗るとか、苦行過ぎるから……」
陸上競技場の応援席で、隣に座る茅吹先輩は頭を抱えていた。
大会会場となった競技場はレース前に徒歩で行けるような距離ではなく、自転車に乗れない茅吹先輩は必然的にバスで来ることになるのだけど、乗り物に弱いのは筋金入りだったらしい。
「先輩、どうして今日も雨が降ってるんですか?」
「雨が俺のことを離してくれないから」
冬が近づいたことを示すようなしとしととした雨がトラックを濡らしている。
頭を抱えて弱々しい声なのに、先輩は相変わらずそんなことを言ってのける。
ちょっとだけ声が元気になった気配もある。うん、放っておいても大丈夫そうな気はするのだけど。
「先輩、約束、忘れちゃいました?」
「覚えてる」
イタズラめかして聞いてみると、ガバッと先輩が顔を上げた。その顔は若干青ざめてはいるけれど、真剣な目が真っすぐこちらを見ていて、わたしの方がドギマギしてしまう。
「足も治ったし、予選も決勝も全力で行く」
「……はい」
「というかさ、俺にとっては秋浜へのリベンジだけど、それでもし俺が負けたら、今度は秋浜がリベンジすることになるんだろ?」
「えっ? あっ、うっ……」
とっさに返事ができなかったけど、一月前、わたしが秋浜君に返した言葉をそのまま捉えていれば、そうなってしまう。あれから何度か秋浜君に話そうとしたけど、その度にはぐらかされてしまい、今日まで来てしまっていた。
「だからさ、絶対勝つ」
先輩の宣言に、黙って頷く。
「それにさ。俺の方が雨には慣れてるはずだから」
「えー。ホントですかねえ……?」
最近気づいたのだけど、確かに茅吹先輩は雨によく降られるけど、本当によく降られるだけで、何なら都合が悪い時にこそ降っている。
まあ、でも。青かったはずの茅吹先輩の顔に徐々に血色が戻ってきていたから、それならそれでいいのかもしれない。
「そうだ、明日は練習休みだからさ、帰りは歩かないか? まっすぐ帰れば2時間くらいだと思うんだけど」
「でも、雨ですよ?」
茅吹先輩は立ち上がると、ニッと笑ってわたしの方に手を差し出す。
「今日は珍しく、帰る頃には雨が止むらしい」
自信満々な様子に、思わず笑いながらその手を取る。
「あれ、珍しく本当に愛されてるんですね」
「嫉妬するなよ?」
「してますよ」
先輩の青かった顔にパッと朱が差した。反対の手で頭をかきながら、ちょっと視線を彷徨わせる。けれど、そのまま逃げる事はなく、最後にはまた正面から視線が重なった。
「1番でゴールして、迎えにいくよ」
「違いますよ、先輩」
虚を突かれたような顔をする先輩に精一杯の応援を込めるため、目一杯笑ってみせる。
「ゴールした先輩の隣に、わたしが行くんです」
――どれだけ雨が降っても、暖かなその場所に。
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