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第11話
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「なーに主役がしょぼくれた顔してるの」
練習が終わっても、茅吹先輩が戻ってくることはなかった。
一応、マネジャーさんとか顧問には治療に戻る旨を伝えていたようで、選考会の結果を踏まえて来月の大会の代表を選ぶといった説明があり、解散となった。
選考会の日であっても着替えを待つ順があるのは変わらなくて、各々雨が当たらない場所で部室が空くのを待つ。
「主役って、勝ったのは須々木先輩だから」
「あのね、2番目のテルハがそう言ってたら、6番目だったわたしはどうなるの」
「えっと、おめでとう……?」
6番目なら、専門種目は無理でも、他の種目で選手に選ばれるかもしれない。
そういう意味で伝えたつもりだったけど、もみじはため息をつきながら頭を抱える。
「まったく、気が抜けちゃって。茅吹先輩のこと、心配?」
「うん……」
「それならテルハが励ましてあげればいいんじゃない?」
「わ、わたしじゃ力不足じゃないかな?」
「テルハでダメならみんなダメだから、気楽にいけばいいのよ」
そうは言うけど、選考会直後の茅吹先輩の様子のままだったらどう声をかけていいのかわからない。
もちろん、あのままにしておくわけにはいかないと思う。けど、普段凹んだ様子なんて見せたことがない先輩をどうやったら励ませるのか、見当もつかなかった。
ため息が夜空に溶けていく。分厚い雲が今の気分をそのまま示しているようで重苦しい。
「あのさ、花野。ちょっといいかな?」
不意に声をかけられて、そちらを向くと秋浜君がマジメな顔してこちらを見ていた。
「え、うん……?」
秋浜君に手招きされるままついていく。雨は降り続いていたけど霧雨のような感じだったから、少しくらい外を歩くのには困らなかった。
外を通って秋浜君に連れていかれたのは、体育館の半地下で武道場などが居並ぶエリアの少し奥まったところだった。
「花野、選考会すごかったよ」
「そんなことないよ。結局わたしは二番目だったし、秋浜君は一番だったじゃん」
「花野に勇気もらったからさ」
そう言って秋浜君は笑うけど、どのことを言っているのかイマイチピンと来なかった。わたしは何か秋浜君にしてあげていただろうか。
「この前も、今日も応援してもらってさ。それに、今日の花野の走り見てたら、俺も正面から先輩に挑んでみようと思って」
秋浜君が小さく鼻の頭を触る。秋浜君の笑みはどことなく誇らしげ。
「それに、茅吹先輩も『本気でやろう』って言ってくれて。全部そろって、やっと茅吹先輩に勝てて。それで、ちょっと自信も持てた」
驚きと呆れが合わさった声が出そうになって、慌てて抑える。
あの先輩、ケガしてるときになんてこと言って。ちょっと変わったところがあるのは百も承知だったけど、そんな時に焚きつけなくたっていいのに。
「あのさ、花野」
秋浜君がぐっと一歩近づいてくる。わたしと秋浜君の間は、いつかの茅吹先輩と須々木先輩より更に近い。
「俺と、付き合ってほしい」
「えっ……?」
それは不意打ちで、何を言っているかすぐには理解できなかった。
秋浜君が言っているのは、どこかに一緒に行くとかそういう意味ではなくて、二人の人間が交際する方の付き合うってことだろうけど。
なんで、わたし。だって、そんな素振り、今まで。
「花野を見てると何か元気になるっていうか。俺も頑張らなきゃって思えて。いつの間にか教室でも練習中でも、花野のこと目で追ってて。だから、もっとちゃんと一緒にいたいんだ」
秋浜君の言葉を受け止めきれなくて、思わず視線を逸らしてしまう。
逃げるようにさ迷わせた視線の先に、一人分の背中が見えた。
その背中はこちらを見る事なく、右足をかばうように歩いて遠ざかっていく。
あれは、まさか。
嘘、どうして、ここに。
もしかして、見られた?
もし見ていたなら、なんで――
花野、とわたしを呼ぶ秋浜君の声が、急に強く振り出した雨の音にまぎれて消える。
練習が終わっても、茅吹先輩が戻ってくることはなかった。
一応、マネジャーさんとか顧問には治療に戻る旨を伝えていたようで、選考会の結果を踏まえて来月の大会の代表を選ぶといった説明があり、解散となった。
選考会の日であっても着替えを待つ順があるのは変わらなくて、各々雨が当たらない場所で部室が空くのを待つ。
「主役って、勝ったのは須々木先輩だから」
「あのね、2番目のテルハがそう言ってたら、6番目だったわたしはどうなるの」
「えっと、おめでとう……?」
6番目なら、専門種目は無理でも、他の種目で選手に選ばれるかもしれない。
そういう意味で伝えたつもりだったけど、もみじはため息をつきながら頭を抱える。
「まったく、気が抜けちゃって。茅吹先輩のこと、心配?」
「うん……」
「それならテルハが励ましてあげればいいんじゃない?」
「わ、わたしじゃ力不足じゃないかな?」
「テルハでダメならみんなダメだから、気楽にいけばいいのよ」
そうは言うけど、選考会直後の茅吹先輩の様子のままだったらどう声をかけていいのかわからない。
もちろん、あのままにしておくわけにはいかないと思う。けど、普段凹んだ様子なんて見せたことがない先輩をどうやったら励ませるのか、見当もつかなかった。
ため息が夜空に溶けていく。分厚い雲が今の気分をそのまま示しているようで重苦しい。
「あのさ、花野。ちょっといいかな?」
不意に声をかけられて、そちらを向くと秋浜君がマジメな顔してこちらを見ていた。
「え、うん……?」
秋浜君に手招きされるままついていく。雨は降り続いていたけど霧雨のような感じだったから、少しくらい外を歩くのには困らなかった。
外を通って秋浜君に連れていかれたのは、体育館の半地下で武道場などが居並ぶエリアの少し奥まったところだった。
「花野、選考会すごかったよ」
「そんなことないよ。結局わたしは二番目だったし、秋浜君は一番だったじゃん」
「花野に勇気もらったからさ」
そう言って秋浜君は笑うけど、どのことを言っているのかイマイチピンと来なかった。わたしは何か秋浜君にしてあげていただろうか。
「この前も、今日も応援してもらってさ。それに、今日の花野の走り見てたら、俺も正面から先輩に挑んでみようと思って」
秋浜君が小さく鼻の頭を触る。秋浜君の笑みはどことなく誇らしげ。
「それに、茅吹先輩も『本気でやろう』って言ってくれて。全部そろって、やっと茅吹先輩に勝てて。それで、ちょっと自信も持てた」
驚きと呆れが合わさった声が出そうになって、慌てて抑える。
あの先輩、ケガしてるときになんてこと言って。ちょっと変わったところがあるのは百も承知だったけど、そんな時に焚きつけなくたっていいのに。
「あのさ、花野」
秋浜君がぐっと一歩近づいてくる。わたしと秋浜君の間は、いつかの茅吹先輩と須々木先輩より更に近い。
「俺と、付き合ってほしい」
「えっ……?」
それは不意打ちで、何を言っているかすぐには理解できなかった。
秋浜君が言っているのは、どこかに一緒に行くとかそういう意味ではなくて、二人の人間が交際する方の付き合うってことだろうけど。
なんで、わたし。だって、そんな素振り、今まで。
「花野を見てると何か元気になるっていうか。俺も頑張らなきゃって思えて。いつの間にか教室でも練習中でも、花野のこと目で追ってて。だから、もっとちゃんと一緒にいたいんだ」
秋浜君の言葉を受け止めきれなくて、思わず視線を逸らしてしまう。
逃げるようにさ迷わせた視線の先に、一人分の背中が見えた。
その背中はこちらを見る事なく、右足をかばうように歩いて遠ざかっていく。
あれは、まさか。
嘘、どうして、ここに。
もしかして、見られた?
もし見ていたなら、なんで――
花野、とわたしを呼ぶ秋浜君の声が、急に強く振り出した雨の音にまぎれて消える。
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