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アイドルとエクレア
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泉未三美がモーニングショーの生放送で突然泣き出した。
電力会社の在り方を問う話題がシメ近くに及んだ頃だ。
「どうしたー、みみみ。映像が悲しかったのかなー」
司会者は大ベテランの芸人だ。ハプニングに対して不安を露ほども見せずキャストを心配し、さすがプロだなと思わせる。
だが内心はどうだろう。後で未三美を楽屋に呼ぶつもりかもしれない。
「進行を何だと思ってるんだ! ウチで続けたかったら枕でもしろや!」なんて脅されやしないか。
そっちの方が心配だった。
もし司会者がそんなことを言ったとしたら、ぼくは未三美ファン代表としてバットモービルでもアイアンスーツでも買ってしまうと思う。最強の装備でぶっ飛んでって、事務所にかち込んでやらねばならない。
「ごめんなさい! 失礼します!」
未三美が席を立ち、スタジオの奥へ走り出す。どのカメラもそれを追わなかった。せめてマネージャーはタレントを叱らないでやってくれと祈る気持ちでテレビを消した。
「さっきのかわいい子、君の推し?」
ぼくの部屋には昨夜から、半裸みたいな格好で二三日は居座り続けそうな女がいる。こんなにも温厚なぼくを相手に、よくもまあ棘のある言い方をしてくれる。
「何だ、もう女房気取りか? あの子は生き別れの妹なんだ。ぼくとは父親がちがう。あっちの親は発電所の開発に関わってる」
「うっそ」
「本当。こんなうそはつかない。ああ、君は……ごめん、なんつったっけ。きなこ? ぷりん?」
名前を忘れたふりをする。すると、大抵の異性は怒って帰る。そして二度と連絡してこないだろう。
でもエクレアは並の女ではなかった。
「あはは、色んな意味でしびれる! じゃあ、サイン欲しい。もらえない? 転売なんかしないから」
絶対に利用するつもりだと思う。
君はそういう女だと思う。
転売まではしないとしても、ネットに上げて「スターの卵のサイン、ゲットだぜ!」とか書きそう。
そこまでして注目される腹づもりがあるなら、逆に見込みのある才覚だ。
「今度、未三美に聞いてみるよ。また来てくれて良いから、今日は帰ってくれない?」
「オーケー。いずみみみみ、気に入ったわ。あなたはもっと好きだけど。うふふ、目が怖い。笑ってよ」
エクレアが家を出た後、未三美のマネージャーから電話がかかってくるはずだった。あれはあれで不安定な人だから、何か事が起こるとぼくのせいにしがちだ。予想通りだった。
「もしもし、十夢君。わたしだけど」
「やあママ。テレビなら観ていたよ」
「やっぱあの子は芸能界に向いてないんじゃない? しっかり出来ないならやめた方がいいってあなたから言ってやってくれない? お兄ちゃんが怒ってくれないから弱い子になっちゃったのよ」
「ま、いいんじゃないかな。泉未三美はあれがいいんだよ。あそこで我慢しないなんて、むしろ強いんじゃないかな。まだまだこれからさ」
「泣くわよ。わたしも泣くわよ」
母はとにかく理由を見つけてはぼくを呼び出したがる傾向がある。
急な話だから、ヘリコプターを呼ばなければならなかった。
馴染みのパイロットがすぐ動いてくれたので、不幸中の幸いと思おう。
*
未三美は高校を卒業したら大手のプロダクションに所属するという話になっていた。いずれ母の手を離れる。
ぼくからすれば小学生からほとんど変わっていない、とことん甘やかしたい妹なのだけど、さすがにぼくの妹なので本人なりの夢を持っていた。
ここだけの話、昨今人気不調な電力会社の広告塔になりたいらしい。
人気者になれれば父を助けられると密かに信じているのだ(まさかそんな良い子がこの世にいるだなんて!)。
実家とは言えない母親と妹の住むマンションへ空路で向かう。徹夜明けでもそれは全然苦じゃない。ぼくはベルトを締めて座っていれば良い。
ヘリの機内から、未三美にメッセージしてみた。
[みみみ、お兄ちゃん今から日本へいこうかな~]
[わーい! お兄ちゃん! 観てたの? 大丈夫だよ! あれから驚いた! 突然現れてすごく励ましてくれた、すごい人がいるんだよー]
[わお! それは良かったね! もしかして業界の人かい?]
[この人、フォローしてくれた!]
ホームページのリンクが届いた。開いてみると、かなりホットな女優だ。
最近の近況報告では誰の影響を受けたのか、きなことプリンの相性について熱弁している。
泉未三美のXはどうなっているか見てみると、その人物からの鮮やかなコメントが届いていた。
彼女には打算も何もなかった。自分が未三美のファンだからわかる。
がんばってたんだよね。何だか胸が熱くなったよ。あの一秒でやられた。本当に! 思わず君を応援したくなったんだ。
「エクレア。ありがとう」
「トム? 何か?」
「いや。やっぱり戻ろうかな。ロンドンへ引き返せるかい?」
パイロットがインカム越しに怒るか。そんなはずはない。彼はぼくの友人なんだ。
「HAHAHAー、気ままに帰れるっていいことだねえ! お絵描きでもしたくなったのかい?」
「うひひ、アイドルのMVをね。ちょっと、押し仲間と共に観たくなったんでね」
ヘリが豪快な音を上げ、遊園地のアトラクションみたいに急旋回する。
東の空を小さな星が妙に力強く、愉快そうに横切っていった。
☆
電力会社の在り方を問う話題がシメ近くに及んだ頃だ。
「どうしたー、みみみ。映像が悲しかったのかなー」
司会者は大ベテランの芸人だ。ハプニングに対して不安を露ほども見せずキャストを心配し、さすがプロだなと思わせる。
だが内心はどうだろう。後で未三美を楽屋に呼ぶつもりかもしれない。
「進行を何だと思ってるんだ! ウチで続けたかったら枕でもしろや!」なんて脅されやしないか。
そっちの方が心配だった。
もし司会者がそんなことを言ったとしたら、ぼくは未三美ファン代表としてバットモービルでもアイアンスーツでも買ってしまうと思う。最強の装備でぶっ飛んでって、事務所にかち込んでやらねばならない。
「ごめんなさい! 失礼します!」
未三美が席を立ち、スタジオの奥へ走り出す。どのカメラもそれを追わなかった。せめてマネージャーはタレントを叱らないでやってくれと祈る気持ちでテレビを消した。
「さっきのかわいい子、君の推し?」
ぼくの部屋には昨夜から、半裸みたいな格好で二三日は居座り続けそうな女がいる。こんなにも温厚なぼくを相手に、よくもまあ棘のある言い方をしてくれる。
「何だ、もう女房気取りか? あの子は生き別れの妹なんだ。ぼくとは父親がちがう。あっちの親は発電所の開発に関わってる」
「うっそ」
「本当。こんなうそはつかない。ああ、君は……ごめん、なんつったっけ。きなこ? ぷりん?」
名前を忘れたふりをする。すると、大抵の異性は怒って帰る。そして二度と連絡してこないだろう。
でもエクレアは並の女ではなかった。
「あはは、色んな意味でしびれる! じゃあ、サイン欲しい。もらえない? 転売なんかしないから」
絶対に利用するつもりだと思う。
君はそういう女だと思う。
転売まではしないとしても、ネットに上げて「スターの卵のサイン、ゲットだぜ!」とか書きそう。
そこまでして注目される腹づもりがあるなら、逆に見込みのある才覚だ。
「今度、未三美に聞いてみるよ。また来てくれて良いから、今日は帰ってくれない?」
「オーケー。いずみみみみ、気に入ったわ。あなたはもっと好きだけど。うふふ、目が怖い。笑ってよ」
エクレアが家を出た後、未三美のマネージャーから電話がかかってくるはずだった。あれはあれで不安定な人だから、何か事が起こるとぼくのせいにしがちだ。予想通りだった。
「もしもし、十夢君。わたしだけど」
「やあママ。テレビなら観ていたよ」
「やっぱあの子は芸能界に向いてないんじゃない? しっかり出来ないならやめた方がいいってあなたから言ってやってくれない? お兄ちゃんが怒ってくれないから弱い子になっちゃったのよ」
「ま、いいんじゃないかな。泉未三美はあれがいいんだよ。あそこで我慢しないなんて、むしろ強いんじゃないかな。まだまだこれからさ」
「泣くわよ。わたしも泣くわよ」
母はとにかく理由を見つけてはぼくを呼び出したがる傾向がある。
急な話だから、ヘリコプターを呼ばなければならなかった。
馴染みのパイロットがすぐ動いてくれたので、不幸中の幸いと思おう。
*
未三美は高校を卒業したら大手のプロダクションに所属するという話になっていた。いずれ母の手を離れる。
ぼくからすれば小学生からほとんど変わっていない、とことん甘やかしたい妹なのだけど、さすがにぼくの妹なので本人なりの夢を持っていた。
ここだけの話、昨今人気不調な電力会社の広告塔になりたいらしい。
人気者になれれば父を助けられると密かに信じているのだ(まさかそんな良い子がこの世にいるだなんて!)。
実家とは言えない母親と妹の住むマンションへ空路で向かう。徹夜明けでもそれは全然苦じゃない。ぼくはベルトを締めて座っていれば良い。
ヘリの機内から、未三美にメッセージしてみた。
[みみみ、お兄ちゃん今から日本へいこうかな~]
[わーい! お兄ちゃん! 観てたの? 大丈夫だよ! あれから驚いた! 突然現れてすごく励ましてくれた、すごい人がいるんだよー]
[わお! それは良かったね! もしかして業界の人かい?]
[この人、フォローしてくれた!]
ホームページのリンクが届いた。開いてみると、かなりホットな女優だ。
最近の近況報告では誰の影響を受けたのか、きなことプリンの相性について熱弁している。
泉未三美のXはどうなっているか見てみると、その人物からの鮮やかなコメントが届いていた。
彼女には打算も何もなかった。自分が未三美のファンだからわかる。
がんばってたんだよね。何だか胸が熱くなったよ。あの一秒でやられた。本当に! 思わず君を応援したくなったんだ。
「エクレア。ありがとう」
「トム? 何か?」
「いや。やっぱり戻ろうかな。ロンドンへ引き返せるかい?」
パイロットがインカム越しに怒るか。そんなはずはない。彼はぼくの友人なんだ。
「HAHAHAー、気ままに帰れるっていいことだねえ! お絵描きでもしたくなったのかい?」
「うひひ、アイドルのMVをね。ちょっと、押し仲間と共に観たくなったんでね」
ヘリが豪快な音を上げ、遊園地のアトラクションみたいに急旋回する。
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