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この世界を守るスペース
しおりを挟む「まず、新谷君が会社に雇われた探偵でないと分かって安心したわ」
「ぼくは美来さんが悪人ではないと確信していますが、不安ですわ」
アクセサリーショップ・飾り物処小夢の控え室は殺風景だった。すみっこに北欧風の椅子やテーブルを持ち込まれてるので、かろうじて休憩できるスペースがある。
夢歌さんはまだ深く眠っているようだった。落ち着いた寝息をしている。
美来さんがグラスを出してきて、缶のコーラを注いでくれた。
「では、率直に言わせてもらうよ。新谷君は、夢歌ちゃんを本当に解放するつもり?」
「ええ。これまでは悠長に考えていましたが。早くそうすべきだと反省しています」
コーラはよく冷えている。炭酸がきつい。喉が熱くも冷たくも感じる。
「私は夫の指示に従っているだけなのよ。私はただそうしてきただけ。もちろん夢歌ちゃんに情はあるけど、基本は夫のために生きてるだけ。分かりやすい?」
「分かりやすいです。正直に教えてくれて感謝します。つまり、やはり、ぼくらは、はざまやを敵と見なすしかない、ですね」
「たぶん。新谷君は、薄々気付いてるんでしょう。私たちが退社した理由も、夫が会社を乗っ取ろうとしていることも。君はどう考えているの?」
「個人的にそのへんの事情はどうでもいいんですけど、日立先輩がクーデターをするなら援護します。それに夢歌さんが巻き込まれてしまっている以上は、力の及ぶ限り関与すべき問題かと」
「夢歌ちゃんは、相田社長と個人的な関係があった。それは知っていたの?」
「うぐ。そ、それは……もちろん思い知ったし、むかつきました。ぼくも嫉妬くらいします。人の子ですからね」
「ねえ。はざまやは君が来てから、おかしくなった気がしない?」
「いえ、それは違うでしょう。はざまやがおかしくなったから、ぼくが呼ばれたんです」
「そうなの? 私、逆に聞きたかった。新谷君は悪魔退治なんて本当にできるの? その……妄想とかじゃなくて?」
「ええ。ぼくの妄想じゃないです。ぼくは狂ってません。ただ、相田社長の息のかかった魔ならば、ぼくの槌でなんとかできるということなんです。だから日立先輩は、ぼくを手懐けた。ツリーハウスも与えた。先輩の目論見通り、ぼくは今日、このお店へ導かれたのです」
「新谷君の妄想じゃない」
「相田嵐丸社長。彼の妄想がどういうロジックで成り立っているか、日立先輩は知っているでしょう。夢歌さんはよく知らないのだろうけれど」
「魔が差すところ」
「そう。相田社長のビジョンは、魔が差して、度が過ぎた。妙に人を巻き込むのは、酷い妄想。魔です。今は、きっと日立先輩が危ない。先輩は、言わば、利用しようとしちゃいけない魔に、近付きすぎていますね」
「君……わたしの夫は守れそうなの」
「ええ。そのつもり。ですので、協力してください」
「ねえ。夢歌ちゃんを盾にするつもりはないわよね?」
「はい。夢歌さんの負担にならない、別の盾を作りましょう。できれば、ツリーハウスのような、ほのぼのとした盾を」
美来さんは夢歌さんを梱包用のロープで縛り上げ、ペイズリー柄のバンダナで猿ぐつわをかまし、スマートフォンで撮った。
その画像を夫の日立先輩へ送信すると「明日の解放のために今日は縛るって、ちょっと支離滅裂みたいね」と言った。
ぼくは、残りのコーラをぐびっと飲み干して「一事は万事のために。そういえば、そろそろハロウィンの仕込み時ですしね」と言った。
日立先輩はいよいよ妻が奇行に走ったと焦るはずだ。大急ぎで帰ってくるだろう。
このようなわけで、飾り物処小夢は開店初日の午後から臨時休業になったのだ。
*
ぼくは内心、人間の、聖性と、魔性と、それらに纏わる強迫観念について考えていた。
これをしなきゃだめだとか。
あるいは、これをしてはいけないとか。
色々と考えられることの何が正解なのかって、結局は未来の結果を見るまで分からない。ただ、ささやかな善性を保ち続けるくらいの努力はできるし、したかった。
未来なんてよく分からないから、ぼくらは過去にあった出来事に参考にして、今をどうするか考える必要に迫られる。
それにしても、自己の思考能力の及ばない物事について、何となく正しそうな「どうするか」を弾き出せる予感が重宝する。
不確定要素の多い世界に生かされている以上は、自己や他者を含め、実在性や確定性の感じられる何かを頼りに物事を考えたり、直感的に判断したりするほかない。
時々に危機的な場面もあり、いかに素早くそうするべきか、悩むこともある。
それでもどうするかは自分の持てる力と責任の中で、選択するということになる。
誰もが色々と複雑な世界の中でロジカルかつ急速に考え続けるのは当然とても疲れるから、目先の使いやすいツールや間に合わせのような人間関係が必要になる。
そして、実際にそれらは困難の一助となるし、具体的に有難く思え、もはや単なるツールや間に合わせの関係などとは言えない親しさや愛しさをずっしり覚えさせる。
世界の間には、そのどこかしらに何かしらのきっかけがあるのだろう。
その何かが世に人の魂を残留させる。
生物に有益な濃度のオゾンのように。
あくまでも内心の状況ではあるが、静寂から成る哲学、または質実剛健たる詩のごとく、建前上の鍵や鍵穴のデザインが、薄ぼんやりと設計されはじめていた。
動けと思うぼく個人の心が、純然として柔らかく濡れているように感じながら。
スペースだ。
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