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日立美来の謎の糸口を探る

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 ぼくの見立てでは、日立美来さんがあやしい。いくら夢歌さんと仲良しだからといっても、それなりに高待遇のはざまやからの離職や、アクセサリーを扱うだけのショップの開業まで、共に実行しえるものだろうか?

 日立夫婦はそろって会社に長く在籍していたのだ。夫の方は現職で、まちがいなく将来の幹部候補なのだ。
 なのにその妻が同僚と独立開業なんて、まあ突飛な決断だった。まして夫が本社へ単身赴任で不在中なのに、だ。よほどイレギュラーな理由があったのではないか?

 夢歌さんをおぶって飾り物処小夢へ戻ると、店内に客は一人もいなくなっていた。
 スタッフがたった二人しかいないのだし、お昼時から夕方まで一旦閉店するスタイルがいいお店かもしれない。

「おかえりなさい、新谷君。あらまー、夢歌ちゃんは熱中症かな。もしかして救急車呼んだ方がいい?」

 いかにもとぼけた質問だった。美来さんは今日こうなるのがわかっていたのか。その瞳が大きすぎて黒すぎる。夢歌さんより数段上だ。狂気もあざとさも隠しきれていなかった。

「救急車はいりません。主な原因は睡眠不足と思われます。控え室はありますよね。休ませてあげましょう」

 カウンターの奥へ通してもらった。STAFF ONLYのドアがある。在庫置き場の隅に、北欧風の水色の丸テーブルとセットで長椅子がある。そこに夢歌さんを横たわらせた。

「ここが会社の医務室じゃなくてよかったわねー」

「といいますと?」

「残忍な人たちから批判の的にされそうだもーん」

 なんと、残忍ときたもんだ。その言葉選びに憎悪が込められているのは、いくら鈍感な新谷夏生でもわかる。微笑みながらこんなことを聞いたなんて、日立先輩にはとても言えない。そう思うぼくの神経こそが繊細すぎるのだろうか。

「夢歌さんも美来さんも、はざまやの誰かに批判なんかされません。このお店も批判されません」

「そうかしら。ふん。新谷君なんか、特に批判してもいい立場だと思うけれど。ふんふんのふん。君は夢歌ちゃんの無鉄砲な夢のために都合よろしく拾われて、その夢が叶った途端に捨てられたわけでしょ?」

「それは誤解……いや、微妙だな。ここでぼくがそうじゃないと反論しても、そう信じたいだけよ、ふん、なんて鼻で笑われそうです。しかし日立美来さん、あなたは現実的だ。日立先輩よりも、南専務よりも、夢歌さんよりも、そしてこの新谷よりも、強固な目的意識を秘めていると思います。ぼくの予感はよく当たるんですが、あなたには、どうも現実的な憤懣がありそうだ。いや、心配はしないでください。もしぼくがあなたの秘密を知ったとしても誰かにばらしたりはしません。いわゆる報告の義務を負う立場でもないです。なので、良かったら穏便に聞かせてくれませんか? そもそもあなたは、本当に夢歌さんの同志なのでしょうか? 夢歌さんの心がとある小悪魔に乗っ取られていたことは、さっきわかりました。それは解決済みのことですので問題ありません。今の問題は、つまりこういうことです。もしかして、美来さんはおかしくなった夢歌さんを都合よく利用していた、そんな可能性はありませんか?」

 さあ怒らないから正直にゆってごらん。

 こうして予定通りとは違った形だが、南夢歌の悪用を目論んでいるのかもしれない重要参考人と、サシで対話する機は得られた。

 事のついでにうまく話し合えれば、実ははざまやの経営状態が絶望的で早晩倒産するのだとしても、小夢の持続性および神秘的成長性を保全できる。

 美来さんはやれやれと言わんばかり大袈裟にため息をつき、その細首を横振りした。人妻と知らなきゃぞくぞくさせる仕草と視線だった。

「まあ、あきれた。新谷君は探偵なの?」

「いえ、そんなあやしいものではありません」

 ぼくはごく自然に微笑んでいた、と思う。相手がまだ正気の人間の反応をするとわかったので、こちらから正直になった。

「時々口数の多い、ただの必殺仕事人みたいなものです。最近じゃありふれた、一介のデビルバスターです。表向きの職業はご存知の通り。株式会社はざまやの非正規の営業マンであり、同社の非常識な保養施設管理人です。好きな女性のタイプは、もちろん南夢歌さん一択。今後の目標は、彼女の愛を取り戻すこと」

「ひえ。眠り姫に恋する変態みたいね」

「はは。かもね」
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