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新谷夏生の青色社交辞令
しおりを挟むカザリモノドコロコム。
カタカタで活字にすると何かの呪文みたいだけれど、サイトで見れる看板の写真は毛筆の書体が小粋でとてもかわいらしい。
『飾り物処・小夢』
南専務の娘である夢歌さんと、日立先輩の妻である美来さんが、二人で立ち上げた。
どっちも我が社の元社員だが、社長並びに役員一同はこの度の起業を全面的に支持しているのだとか。
夢歌さんはいわゆる副業で、会社の企画部に在籍中から台湾や韓国やベトナムの作家らがハンドメイドするアクセサリーの販売代行をフリマアプリ上にて行っていた。
その売り上げが伸びに伸び、アカウントの本格的なブランディングと税金対策を検討するうち、公私共に友好を深めていた美来さんの根回しが幸いして円満に退社。
いよいよこの夏から個人事業主となり実店舗を構えるのだった。
*
ぼくは視察業務と称して小夢の開店祝いへ向かう前、すっきりとひげを剃った。ネクタイこそしないものの久々にスーツを着たし、伸びすぎた髪を切りこそしないもののちゃんとくくったりもした。
地下鉄の改札を出てすぐのスターバックスで南専務と落ち合う約束をしていた。
日曜日の朝九時だ。そのわりに地下街は混んでいない。
冷房がよくあたる二人客用のソファ席は楽に確保できた。そこでスマホをいじってみると日立さんがなぜか突然インスタに投稿した陽気な猫(っぽい動物)の落描きを発見。冷たいフラペチーノをゆったり味わい深く感じ入りながら、過去の事実と空想の入り混じったショートムービーのような連想をさせられた。
その物語の中では、黒ずくめの悪党のマシンガンで盛大に撃たれて死にかけよる青年主人公がライバル・ヒロインから情熱的かつ不適切な接吻を優しくうながされ「や、やめたまえ、セニョリータ」とか小賢しそうに言い退けたがる。対して彼女がアルカイックスマイルで泣き出す「もうがんばらなくていいのよ」あたりで、真っ赤なアロハシャツと真っ白なハーフパンツをばっちり着こなしたカバの子どもみたいなおっちゃん、南専務がのこのこやって来た。薄紫の墨字で「小夢」と書かれてある団扇をぱたぱたさせて。あらまあ、現実の目に飛び込んできます光景ってやはり何とも言いがたく時々ものがなしいようだにゃ、少しばかりそう思わずいられなかった。
「ぷひゃー、おまたせ新谷君。しかし何だ、このがらすき。暑さと不景気でカフェに来る客も減っているんかな」
ぼくが儀礼として立ち上がり一礼すると同時に南専務から身振りでかまわんから座りなさいと伝えられた。
「南さん、お疲れ様です。ぼくも来たばかりです。朝から暑いですね。スターバックス、最近の業績はいいはずなんですがね」
「いやー、小夢だか何だかよくわからんが、娘の店はもう少し賑やかであってほしいねー。あたしが言うのもあれだけど、商売は遊びじゃないんだから」
「とか言って、遊び心ありますよね。ご自分の娘さんと部下の妻に、夢のあるサービス。南さんも日立さんも、今時めずらしい男前な公私混同されてますね」
「ぷひゃはー、新谷君、身内におべんちゃらはやめなさいな。それはきみ。尊大で気ままな独り者の嫌味か、しゃれにならないプレッシャーの裏返しに聞こえるよ」
南専務に余裕で世辞のしゃらくささを指摘されてしまった。そう言われたらその通り、ぼくはずっと独身なのだからして、彼らのようにしっかり働く自覚がほぼない。そんなの立派なありんこほども持っていないと思う。会社に恩義はちょっとだけあるはずだが、実は特に貢献する意気も出世する向上心もなかった。
日立先輩が家を買うって話を聞いたら「めっちゃいいですね!」と言ったし、南専務がその愛娘の独立開業を承認すべきか意見を求めてきたら「若者のチャレンジって、チャンスですよね?」と言う。
そんな軽薄な合いの手を打ったツケは意外と彼らの機嫌、虫の居所、遊び感覚次第で回ってくるものなのかもしれない。
ツリーハウスのことにしろ、小夢のことにしろ、それらに関わる人たちとのことにしろ、ひょっとしたら人ごとじゃなく揉め事になっても変ではない、ある種の過剰にすぎる幸福とはいえまいか。
お前は自分も他人もどうなったってかまわない冷血漢だとか、辛辣な誤解をしたふりのうまい南専務にラベリングされた上、そろそろここぞとばかりに毒気の満ちたお鉢を押し付けられてしまう気がしてくる。
「どうしたの新谷くん。顔色少しブルーだよ?」
日立先輩も南専務も柔和そうな顔をしている。でも実はその内心、新谷夏生ごとき小生意気な若造は近々ブービートラップにかけて都合よく使い捨てりゃいい、なんて考えておられたら困っちゃうな。
よく知った人たちがいけずな別人になるみたいな、安っぽいパラレルシティへまちがえて踏み込む空想までした刹那だ。
「いえ、何でも。小夢が繁盛しますように、祈っていました。ははは」
あるいは異常な炎暑を招くほど気候変動の激しい昨今の日本列島なのだもの、本来ご機嫌でなければならないこの脳味噌がしゅーしゅーゆだっていて、余計な被害妄想や破滅願望の灰汁じみた魔性のペルソナを迂闊にも吹きこぼしかけている。
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