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ホットサンドを作るついでに
しおりを挟む日立先輩は子どもの頃、冒険映画に出てくるようなツリーハウスに憧れていた。
いわく、大病にかかっていなければ思い出さなかったかもしれないとのこと。
五年前、人生の締めくくりを意識した病棟の個室で、その木の上の家が淡く光る夢を見た。なぜ忘れていたのだろう、あの頃の俺は大きくなったらこんな家を手に入れると決意したはずだった、日立先輩はそう焦って、ベッドの上で設計図を描き始めたのだ。
そして取り引き先の不動産業者へ相談してみたところ、うちの社宅付近の山林一帯がちょうど手頃な投げ売り価格で買えることを知ったという。
「でも医学の進歩はすごいんだ。新薬がよく効いて、思いのほかすんなり治った。ドクターから、もう再発する可能性は極めて低いってお墨付きもいただいている。入院中、アプリでツリーハウスの作り方を調べたりしてた時は、またばりばり働ける日々が来るなんて全く想像しなかったんだけどね」
日立先輩はぼくと同じ、いわゆる中間管理職だ。といっても、人手不足のせいで手当り次第みたいに中途採用された派遣社員のぼくなんかとはわけが違う。ちゃんとした大卒からの正規社員である。会社の首脳になってもおかしくはない実力と人望がある、営業部のエース・キャリアだ。
そんな彼だから闘病と療養が終わってしまえばゆっくり過ごせる見通しは綺麗に立ち消えた。結果的にいうと、ツリーハウスを作るには時期尚早だったのだろう。
しかしそれはけして無駄な買い物なんかじゃなかった。そう思う気持ちをせめて電話で伝えたかった。
「ぼくは日立先輩が治ってくれてラッキーでした。おかげさまで分不相応な仕事をしなくて良くなったし、社長から先輩の復帰のお手伝いを指示されたんだから。社命という大義名分でこんな素敵な場所へ来られて、家の管理という言い分で好きなだけ長居もさせてもらえて。ありがとうございます」
「きみ、それだけ言うために電話してきたの?」
先輩が出張先の滋賀であくせく働いているあいだ、ぼくはツリーハウスへ少しずつ私物を持ち込んで自分好みの空間に変えてゆく。もしきまぐれに様子見に来られたら驚くだろう。
「好きに使えとはいったが、まさかそこまで好きにしてくれるとは」なんて言わしめてやりたいと思っている。
「今、トースターでパンをかりかりに焼きあげました。ワインを飲みながら。キッチンは小さくともホットサンドを作る上で困ることはありません。甘いスクランブルエッグと薄切りのハムとたっぷりのコールスローをはさんだホットサンドです。いつか先輩にも食べさせてあげますよ」
「俺はこれから残業なんだけど。全然帰ってこないって、妻も娘も真剣に怒ってるらしいんだけど」
「とにかくお元気そうで良かった。ぼくは明日、南専務と一緒に新しい店へ視察にゆきます。ではまた。ファイト」
電話を切ると遠くの方でごろごろ雷が鳴った。
もしツリーハウスに雷が落ちたら大変だから、近いうちにおまじないほどの避雷針をつけてあげたい。
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