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成長期のAらしい暗算の仕方
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権利と言えるだろう。
義務とも言えるだろう。
プライバシー保護法。A条の一。二〇二六年改正。
『なんぴとも理由の如何に関わらず、個人が自主的に守ろうとする秘密を暴いてはならず、また暴こうとしてはならない。ただし、成人もしくは成人と認定された未成年者のうちの、業務上透明性を欠かせない類いの秘密については、この限りではない』
(*注釈。宇宙領域での成人認定に要する手続きは、未成年者本人が希望を申告する場合のみ中立母星振興市の業務局にて個別審査を行う。同局は簡易裁判所と協議した上で成人認定の必要性の有無を決定する)
・・・
三年制の学習センターにはセンター生だけが使える投稿ボードを実装した学内アプリケーションがあり、利用者はそれぞれ任意のアカウントネームを持てる。そういうことはもちろん大人たちも知っている。
けれど、実際どの子がどんな別名を使っているかなんて、大人は知りようがない(いくつになっても学習センターを卒業できなくてみんなから子供扱いされ続けている、ミスターポールみたいな自他共に認められる永遠の少年だけは除くとして)。
個人にしろ企業にしろ国家にしろ、人が秘密にしておきたいと意識する情報は、その秘密に関わる者同士で守り合いましょう。それが現代のグローバルスタンダード的な考え方だ。
たとえば、ぼくの識別名称であるharuka.omとアカウントネームのアンバーは、ぼくが後者をセンターの外部へ公開するまで、飛車八号の情報検索機能をもってしてもまったく紐づかなかった(秘密情報と判別されるデータはウェブ上に解放しないプログラムが働く)。
識別名称とアカウントネームの組み合わせ、それ自体が学習センターの投稿アプリへログインするためのパスワードでもある。第三者の所有する端末からその手順でログインしようとすると、その時点で法令を破った証拠が残り、即座にブロックシステムや自動通報システムも起動する。
船内コロニーにいくつか存在するアプリケーションの中でも、学習センターが採用した情報防護システムは特別強靭だ。地球の暗号通貨であるビットコインの仕組みに少し似ていて、サトシ・ナカモトみたいな匿名の技術者が設計したと言われている。
さて、ちまたの話題はさておき、どんぐり問題だ。
ミスターポールの(連行される途中、わざと)落としたどんぐり型のカプセルには、しわくちゃの紙切れを何枚も重ねて作った団子のような物が入っていた。
複数枚の手書きのメモを、マトリョーシカみたいな入れ子構造にしていたというわけだ。
その一枚一枚に記載された情報はそれぞれ単体だと一見したところ何の意味もなさない、アルファベットや数字や記号のランダムな羅列だった。
しかし子供だけがわかる法則にしたがってそれらメモの並びを整えれば、希望的かつ様々なメッセージがこれでもかという程わかりやすく詰まっていたと気付く。
伝達用暗号の作成をする上でクローズドコミュニティのメンバーの固有名を応用するアイデアは、シンプルだが有効なセキュリティ対策だと言えそう。
センター生で大人たちから嫌われそうな投稿を披露しようなんて思う奇特な子はこれまでぼく以外いなかったから、複数の名称と固有名の照合で開くロックはセンター生だけに解析できる連鎖式暗号になる。
ミスターポールと同じかそれに近いタイプの暗号作成センスを持っていれば案外すぐ解けるのだ、と考えられる。
「ほんとかなあ」
それじゃ簡単すぎるかもしれない。それで浮かび上がる程度の情報はちょっと信用ならない。簡単すぎて希望的というには古典的すぎるし、これは迷彩でミスリードじゃないか? とぼくは思った。
どんぐりに唾液の匂いをつけた意味は、ここにないのか?
そこで、はっとした。
「眉唾ものだ。一度疑えという」
ポールが何か伝えようとしているのは誰かというと、ぼくだった。ぼくにしか解析できないB面の解も仕込まれているはずで……いや、もう一人ありえた。ベル・エムもだ。
ポールはぼくたち二名のうちの、どちらかに伝われば成功だと思っている。学習センターのメンバーの名称とアカウント名の組み合わせ、それはとっかかりのヒントに過ぎず、本題に含まれない。
ハルカドットオムとベル・エム、それぞれの実名称、または実名が、どんぐり暗号を解くための第一キーであると仮定すると。第二、第三の鍵は、第一キーからマトリョーシカ的なマトリックス思考法から導き出されそうだ。
ベルは棋士時代から博士時代に至るまでメディアには本名を公開していなかった。ベルの本名を知る者なんて、船内中を探してもそうはいない(当の本人は地球にいるし)。
飛車八号搭乗以前にベルを取材しまくっていた元記者のミスターポールと、ベルとのダイレクトコミュニケーションをしてきたぼく、そのほかの人物は考えられない。
「ハルカドットオムはアンバー、ベル・エム・サトナカは里中すずみ、まずはこれがキーのコアになるかな」
たぶん通る気がする。勘だと、こっちだ。ポールはアンバーやベルが考えやすい方法で解けるキーを、構築していたはずだろうから。
「よし。ここから、ポールの唾液とどんぐりのDNA情報とをクロスするならば、こう、天に唾を吐くように、えーと、下から上だな、偉そうに、ペッて感じで……あ! 漢字は二つだけで、カタカナはいち、にい、さん、しい、中略、ひらがなは、三文字だから。中点はレゴの要領だ、純粋にブロックで遊ぶように。それでいよいよ取り出したります、この種も仕掛けもなさそうなどんぐり生まれのメモたちを、外側からじゃなくて包み込まれた時間軸に従って内側にあった順から重ねましょう、そうすると、お! そうしたら!? おおお!! わーい、解ける解けるー。なんかしらんけど解けてきたぜー、ふははは」
業務上の秘密ではないベルの秘密の実名を暗号に使ったポール。それを解析するぼく。どっちも、誰かにばれたら明らかにプライバシー保護法違反だった。でもどっちにしろ二人共すでに捕まっているんだから、そんなの大した問題じゃない状況だったんだ。
「しかしさすが、ぼくだ。コナン・ドイルより、ミスターチルドレンより、かっこいい。るんるん」
機嫌は平手の将棋で初めてベルに二連勝した時くらい上々だった。
そしてその後は、ちょっと辛い現実を伝えられそうな連想=予感。
解析には成功したが、それで読み取れるテキストの主題が、なんと「遺書」だ。
「遺書か……よいしょ! って気持ちで書いたのかい? 世のため、人のために」
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