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地下室のベルの手記その2

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 時系列に元を正せば。

①二〇三八年。大一番の対局でボロ負けした父・里中が、それまで娘・ベル用として使用許可してくれていた取り引き口座を突然ロックした。

②私は父の大人気ない嫌がらせに対抗し、反対されていた「宇宙飛行士になる」という夢を叶えてやろうと思った。それ何とかなりませんかって、JAXAへ直接問合せしてみた。

③棋歴や知名度を考慮されたようで、すんなりJAXA筑波宇宙追跡ネットワーク技術センターの単独見学許可が下りた。(なんかすごそうな中学生には柔軟に対応するだろうとは思っていた)

④しかし見学中、技術センターの航空幕僚監部よりスパイ容疑で拘束され、無実証明の為に調査協力することになった。(失礼な言いがかりだ。ただ予習での疑問点を言ってみただけで、そういう悲劇になる)

⑤その調査中、以前の会見で警告した通り、概ね予測通りの日時に世界同時多発サイバーテロが発生。国内では緊急事態宣言から間もなく情報防衛作戦司令室が発足。私は宇宙航空自衛隊と米国宇宙軍の共同研究班への参加要請を受けた。君の希望する進路には有利だから、とりま自衛隊の特別予備員になっとけ、みたいな。(条件は時給千五百円だった)

⑥X国の核兵器設計情報が複数の匿名集団に漏洩。また、国際宇宙ステーションと多数の人工衛星のシステムが破壊されたとの報道。中国をはじめアジア諸国で地下避難施設や地球外脱出サービスの需要が急増する一方、ほとんどのGPS装置やデジタル通信技術が機能不全となり、世界恐慌勃発。

⑦国連は加盟国に月面探査及び移住計画の破棄を要請の上、米大統領府へサイバー攻撃を回避しながら活動環境の維持が可能な宇宙船型コロニーの早期大量生産を強く推奨。同時期、私は日米韓政府が共同出資する民間研究施設へ速やかに移管される。次世代の人材を保護強化する計画だとか。ハルカもそんな適当な理由でここへ収容された。

⑧私たちの研究施設は、大手半導体メーカーが極秘裏に開発・保持していた化物みたいにでっかいコンピュータといかついGPUを無償提供される。おかげさまで人員の生活スペースまで圧迫され、定員数がわずか二名となった。おかげさまでベルと二人きりになれて嬉しい、なんて助手ハルカが呑気なことを言っていたけれど、状況が大変なので悠長に遊んではいられなかった。船体の製造を担う鹿児島県との連携は日本郵政が協力している。複合プログラムの成功によって私の意識と結合した飛車八号が完成、クルーの選定作業も大急ぎでクリア、二〇四二年に打ち上げ成功。

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 ペンタゴンに管理させるよう同意を求められた頭脳のデータをバックアップできる装置は間違えて丸ごと飛車八号へ載せたまんま天高くぶっ飛ばしちゃいました、だから研究成果の再現なんて本船が戻ってくるまで到底不可能ですごめんなさいって、スポンサーへ事後報告をしている。

 その証拠材料は前述の通り拿捕みたいなスカウトをされた二〇三八年の夏、十四歳の誕生日から丸三年もかけて密かにこつこつ積み立てていた。そこらへん我ながら不本意なインチキ作戦だと自覚するから、振り返ると今でも苦い思いがよぎる。

 私には、追い込まれるほど先を読もうとする悪癖がある。当面の敵が将来味方につく手を打つのは、将棋の駒取りみたいだ。官僚の手先や防衛省や監視している大人たちもそれくらいは気付いていて、暗黙のうちに最低限の人権を守らせてくれているのだろうけれど。

 飛車八号による宙遊避難実験プロジェクトが快速で進展したので、今後は日米両国に第二弾の共同出資体制を作らせた財務大臣とNHKも改めて全面的に後押ししてくれることになりそうだ。
 しかし、私の度重なる心理的ミスが原因(ということ)で、船内コロニーの環境調整はこのままだと失敗に向かう。そんな計画的失敗の初動を防ぐために、そろそろ私のバックアップである飛車八号とそのバックアップであるアンバーことハルカ・ドット・オムは地球への帰還の決断をするしかなくなる、という急展開の計画シナリオが(九十七パーセントくらいの確率で)実現すると思う。

 つまり、私たちの真の狙いは宇宙へ長期避難できるロジックではない。宇宙空間をアンバーと共にくぐりぬけた経験のある、次世代の人類の中から地球大衆の救済ロジックを創出されたい。
 私は、未曾有のショックには普遍的なインパクトが対抗しうると信じるのだ。普遍的に、副次的に、やがて誠実なる人々の意欲や再興をスポイルする斥力も目覚めさせるのだと。

 技術も資本もそこそこ必要だが、私たち人類が生きるには何よりも精神的なエネルギーが必要で、大まかに「まだなんとかなりそう」ってイメージを受け継ぐ人間が増えなければ本当ににっちもさっちもいかない。そう私に教えたのは、かつての日経平均やナスダックやビットコインだった。

 その背景や足元は、希望と絶望のスパイラルが力強く仕組んでいると捉える。
 自己中心的に効率良く世界の豊かさを減らそうとしている悪魔みたいな人たちの思惑に打ち勝つ、そのためには、何を捨て駒にしても良いというわけでもないし、強さや便利さで重宝する駒だけが揃っていれば良い、というわけでもない。

 短期的にも長期的にも結局は勝ち続けなきゃまたいつか負けるじゃないかって、当然なことだった。そして勝ち方にも負け方にも、色々なパターンがあった。

 たとえば、底辺棋士が上向くには格上の相手と五戦して一勝くらいしたい。
 この心の手元に百点あるとして、四回の対局で十点ずつ敗北感を与えられるとしたら、最後の一回では五十点くらいの「勝ったぞ!」って達成感を感じたい。

 で、残り十点がどう付くか。
 その点は、勝ち負けのヒストリーを受け止められる人たちが柔軟にびしっと支えてくれるはず。だから全世界的には、私のような者は単なるきっかけだった、そうミスターポールあたりに言われる結末が理想。

 犬の方のアンバーにしても、ほとんどそういう位置にいれば良い。

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