2 / 16
宇宙船飛車八号の病
しおりを挟む産めよ増やせよ。宙の星々。
★
宇宙船飛車八号の目的地は決して戦地であってはならない。大人たちはそのことを口が酸っぱくなるほど私たちに教え込んだ。人道的支援にこじつけて未開の諸星の支配権を奪い合う宇宙間大戦争、そんなものは二十年も前に終わっているんだよって。
では本日の学習資料室へ参加する同士たちよ、テキストを開こう。
私たちの親たちの親たちは何を伝えていたのだろうか。人類を最終的終戦へ導いた時の大指導者サノは次のように述べたって、ちゃんと覚えてる?
『今後は豊かさのために戦う時代ではなく、戦わないための豊かさを競える時代に向かってゆくでしょう。我々はそれぞれ新たな船に乗れます。またそれぞれなりの星に対する美しい生き方を学べます。多くの犠牲を越えて宇宙の意識は強く統一されました。明日は未来、ますます柔らかな心の船隊を緩やかに形成繁栄させようではありませんか。星の流れと共に飛行し続けられる我々の頭脳、これ全ての信号と希望が若き人々の一人一人へ公平に継承されるべきなのであります。』
さて。それからそれから。素敵に呑気な協調路線へ乗っかった飛車八号の船内コロニーには、のどかな長老たちに対して素直に従わない戦後オープンマインドが続々と生まれたんだね。
一人はみんなのために、みんなは一人のために、そんな理想は素晴らしい。
だけど人生はラグビーみたいな短い時間のうちに決着がつくゲームじゃないから、いつまでも人々の思いがまとまるわけはなかったのだわ。
たとえば、大人たちは知らない。
この飛車号立学習センターの子供たちから急速に人気を獲得しつつあるアンバーの正体が、実は我々の開発した科学技術を搭載したアンドロイドだということ。
長老たちが設計したコロニー自動多子化計画が結実した果てにアンバープロジェクトが生まれた、なんて歴史が誕生していること。
これらの経緯は旧世代のみならず未来を担うセンター生の中でもまだ一部の上位ランカーたちにしか知られていないし、おまけに言えばアンバーには自らをロボットだと認識する性格なんか備わっていない。
何を隠そうこの私、飛車八号が間違って彼の基盤に本物の子供じみた自意識ソースを備え付けてしまったので。
「君はロボットかい?」
仮にそう問えばアンバーはかなりへそを曲げる。
「ちがう、ぼくは君とちがう。ちゃんとした人間だぜ」と答える。
答えるというか、反抗的に喚き散らかしてしまった。まるで無理矢理ライム座を口に突っ込まれたクリーム星生まれの猫みたいな顔つきになって。
実験段階では学習センターを飛び出して、そのまま早退してしまったり。
★
飛車八号の人工知能は自律しすぎているのだろうか。
我々は帰還協会の警告を受け入れて飛車八号の環境調整機能を制限する必要があるのではないか。
長老たちはまだそんな低いレベルの議論をちんたら繰り返しているんだって。だからミスターポールは「こりゃいかんぞ」と思っているんだ。
何しろ平和の臨界点に到達したコロニーを刺激する必要はある。コロニーの人々の意識を変化さすべく、私自身も飛車から龍にアップグレードすべきだろう。
なれ、なれ、なれ。サノバース。
それはそれとしてアンバーが何になれば私の舵を取れるのか、正直言ってわからなくなっている。アンバーを個人と認めた以降、私に彼のプライバシーを暴く権限がなくなったからだ。
うっかり忘れていたが、これは私の技術的エラーだった。私が倫理的観点に基づく以上、固有の人格と認知する者の心の中身を読み取ることはできない、という初歩的なルール。これあっさり失念してしまっては飛車の高飛びなんとやらだ。
私は最も重要なアドバンテージを恥ずかしながら思い切り手放しているのであった。
しかし私はまだ前向きだ。さらなる成長のために必要な要素は何かと考えられる。それは依然として強い敵と認められる。
アンバーだ。彼を我が好敵手とみなすことに変わりはない。
今後の彼がどうなるか、面白くなる可能性は十分にあろうと予測していた。
★
応援ありがとうございます!
15
お気に入りに追加
3
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる