ラブドールは突然に

高殿アカリ

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時折、巨大な星が浮かぶ宇宙の光景が脳裏を過ぎるのだが、アレクシアの体温を感じてすぐに散ってしまう。あれは一体何なのだろうか。見ていると懐かしくて切なくなるあの惑星の名前を私は知らない。身体の境界線が不明瞭になる度に、彼が私をこの世界に繋ぎ止めてくれた。ぐずぐずに甘やかされて、彼の身体にしなだれながら、境界線を保つことに神経を注ぐ。この世界で生きるために私は必死にならなければなかった。
すると、次の日にはちゃんと身体が元気になる。アレクシアの優しさと思いやりに満ちた介抱が効いているのかもしれない。また、体調が良い時の私が暇を持て余していることに気がついたアレクシアは、地上から戻ってくる度にお土産を買ってくるようになった。中でも紙の書籍は私のお気に入りだった。暖炉の前で紙の香りを嗅ぎながら、文字に没頭する時間は至高だ。本は色んなことを私に教えてくれた。新しい知識を得る度に驚きと喜びで私の心が満たされていく。
「随分と楽しんでいるな」
「楽しい……」
私は自らの胸に手を当てた。そうか、これが楽しいという感情なのか。
「私、楽しいのね」
本に顔を埋めて、笑った。楽しいと感じることが嬉しかった。だから、私は知らなかった。私の行動にアレクシアが酷く驚いていたことを。
私は自分の気持ちが少しずつアレクシアに傾いていっていることに気が付いていた。返事をするべきなのだろうか。そこで私の思考はいつも止まってしまう。彼の気持ちを肯定する返事をしたら、私たちの関係はどう変わるのだろう。あるいは何も変わらないのかもしれない。それに記憶を取り戻した時、私の彼に対するこの感情が決して変わらないものであると言い切れる保証もない。私にも本当は大切な家族がいて、大好きな恋人がいて、それでアレクシアを傷付けない訳がない。
アレクシアの手を取るということはつまり、過去の自分を一切合切捨て去るということでもあった。私にはその覚悟と勇気がなかったのだ。彼の青髪も琥珀の瞳も、優しい気遣いも愛ある慰めにも、その全てに惹かれていてもなお、私は自分の気持ちを彼に告げられないでいた。
そんなある日のことだった。その日は、いつも通りアレクシアは地上に降りていた。
私は彼の用意した昼食を食べ終えると、午後に読む資料を抱えて自室に向かおうとしているところだった。ふらっと一瞬眩暈がして、壁に手をついたとき、カランコロンと金属のブックマーカーが資料の隙間から落ちてしまった。そして、たまたま運悪くブックマーカーは地下室の扉の隙間を通り、扉の向こう側に消えていく。眩暈から立ち直った私はその一連の流れを視界に収めていた。
「え、えぇ?」
戸惑いながら、資料を一旦床に置く。
そして、地下室へと続く扉に手をかけた。
『澪、ここにだけは絶対に入らないで欲しい』
そう言っていたアレクシアの顔を思い出すも瞼をぎゅっと閉じて無理矢理消し去った。
「資料や書類を見なければいいのよね。それに、ブックマーカーは軽いのだもの、地下室まで行く階段に落ちている可能性だってある。ブックマーカーを拾って、立ち去る。それだけ。何も見ない。……よし、行くわよ」
ふっと気合いを入れて、地下室の扉を開けた。ギィと床を軋ませながら、ゆっくりと私は地下へ続く階段を降りていった。
地下室に辿り着くと、真っ暗な部屋に突然明かりが灯された。居住スペースとは異なった、人工の青白い電飾だった。床もコンクリートで出来ており、到底同じ小屋の中にある場所だとは思えなかった。地下室には研究施設のような無機質さが漂っていた。
それから、部屋を見渡していた私の視線はある一点で留まる。
「……っ! う、そ……」
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