グッド・オールド・ライフ

高殿アカリ

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第1章

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「……で? その腕の中のお嬢さんはどうすんだい?」
僕の後ろから声をかけてきたのはオヤジだった。
この下層居住区唯一の人間であり、人類の裏切り者だ。
僕は腕の中ですやすやと眠っている女性を見下ろした。
瞳を透過モードにしているから、彼女の顔がよく見える。
まだあどけない少女だ。世界の原理すら知らないような少女だ。
幼さの残るその顔で幸せな夢でも見ているみたいに微笑んでいた。
彼女は果たして人類の裏切り者になれるのだろうか。
オヤジのように人類へ絶望したわけでもない、ただの少女が。
いや、だからこそ。
そんな風にわずかに期待してしまう自らの心を封じ込めて、僕は応えた。
「さてね。一先ず戻るよ」
「へいへい」
オヤジは彼特有の軽妙さをもって返事をすると、ぶぅんと手の内から機械虫を飛ばした。
機械虫はギシギシと盛大な音をたてながら、その体を巨大な球体へと変化させていく。
「いつ見ても気持ち悪いな」
隣でオヤジがボヤいていた。
人が十名ほど乗れる大きさになると、機械虫の肥大化は終わる。
今にも折れそうな細長い足が球体から飛び出している。
その足にある梯子がまるで虫の足の毛のようだという所から機械虫の名がつけられた、持ち運び型の水陸両用車なのだった。
機械虫に乗り込んだあと、正面に取り付けられたタブレットで目的地を設定する。
『……ゥー、ゥケケタケタケタケタタタタ、マワリマシタ。』
甲高い機械アナウンスが車内に響き渡る。
音量と音域が馬鹿になっているのだ。
それでも作り直すことは出来ない。
この星には圧倒的に資源が足りないからだ。
「ひゃー、いつ聞いても耳がぶっ壊れるぜ」
ついでにオヤジの文句も五月蝿い。
これもいつもの事だ。
「それでも目的地まではしっかりと運んでくれるんだよ」
ぼそりと呟いた僕の言葉は、未だ盛大にエラー音を鳴らし続けている機械虫の音に掻き消されてしまった。

廃材と瓦礫の丘を幾つも越え、真夜中になった頃ようやく機械虫が目的地である暁の本拠地に辿り着いた。
弱々しく揺れるカンテラの灯りが見える。
瞳を暗視モードに切り替えられない同志達のために灯されている淡い光だ。
機械虫から降りた僕を見て、門番のトムは声を張り上げた。
「モグラが帰ってきたぞぉぉ!」
そのトムの言葉にいの一番に反応するのはまだ生まれたばかりのティムとクレアだった。
ウィーンと電動タイヤを元気よく回しながら僕の元にやってくる。
モールス信号ですら意図して出すことの出来ぬ彼らは精一杯に僕の足元を走り回ることで喜びを表現している。
その姿はいつだって愛らしく、そしていじらしい。
「分かった、分かった」
僕は彼らのツルリとした頭部を一撫でした。
その間に、人間の彼女を抱き上げたオヤジが機械虫から降りてくる。
ピリリと拠点の空気が固まった。
それもそうだろう。
ここに居るほとんどが人類に棄てられたアンドロイドたちなのだから。
上層居住区に住んでいたやつらもいる。
今は亡き下層居住区に住む人間たちに造られたやつらもいる。
オヤジが僕らの前に現れた時もそうだった。
愛情と憎しみと懐古の記憶が混ざり合い、溶け合い、それらの「感情」と呼ばれるものを上手く処理できない僕らの電子回路は今にも焼き切れてしまいそうだった。
僕はオヤジの言葉を待った。
なぜなら、この計画はオヤジによるものだったから。
僕らの視線をひしひしと感じ、観念したかのようにオヤジが口を開いた。
「あーー、なんだ。その、もう少し人間の仲間を引き込めねぇかなぁ、と思ってだなぁ」
歯切れの悪い彼の言葉に補足する。
事実は正確かつ適切に、だ。
「人類が自らの種族としての限界から長年目を逸らし続けていることは皆知っての通りだ。近頃はただ死ぬまで生きることを強要されている事にも気づかない人類がほとんどだ。そこで、僕がその生への意義を問いかけたところ、下層居住区へと降り立つ行動を起こしたのがこの年端も行かぬ少女だけだったんだよ」
恐る恐るティムとクレアが彼女に近寄る。
仲間と認めた訳ではないのかもしれないが、どうやら興味は湧いたようであった。
それから、彼女が目覚めたのは三日後の事だった。
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