7 / 22
Story 01 side.ANKO
7
しおりを挟む
夏の間にチャコは水商売を始めていた。
本格的に家を出るための支度金を用意しているらしい。
彼女からはまだ薔薇の香りが強く漂っている。
「秋になったら、この街を出るよ」
チャコが電子タバコを咥えながらそう言った。
「逃げたら、何者かになれるの?」
チャコが傷つくことは分かっていた。
だから、チャコも私を傷つける。
「逃げなかったら、一生鳥籠の中のままだよ。前にも後ろにも行けなくて、なりたくもないカナリアになんなきゃいけないのはそっちでしょ?」
私たちは泣いた。
それから、裸の背中を預け合って嗚咽した。
薄情にも、抱きしめ合ったりはしない。
チャコも私も震えていた。
ときどき、私たちはこんな風になる。
それはチャコが将来の話をするときだったり、私と婚約者の月に一度の面会が終わった日だったりした。
図星を刺し違えて、わざと歯車のネジを外して、歪な旋律を奏でる。
結局、そのことに自分たちが一番に傷心して、後悔もして、それから一緒に泣くのだ。
二人でいるのにひとりっきりみたいな感覚になって、私たちの関係って意味あるのかなって途方もない空虚に支配される。
でも、そんなこと言ったら終わってしまうから。
甘いお菓子も、優しい時間も、穏やかな心の凪も、確かにあったはずだから。
それなのに、素直にそれらだけを享受することが出来ない自分に呆れて、絶望して、落ち込んで。
最後は決まってチャコが仲直りの言葉を言う。
それはどこまでも優しさに穢れた嘘つきの言葉だった。
「このまま、一緒に逃げちゃおっか」
「このまま、一緒に死んじゃおっか」
へらりと笑ったチャコの目尻が真っ赤に腫れていたら、それでおしまい。
また一緒に夢を見ようよ、の合図だ。
そうして、時限爆弾の針が再び動き出す。
かちこち、かちこち。
チャコの提案がいつだって戯言止まりなのは分かり切っていた。
だって、私たちにそんな勇気はないんだ。
幸せってなんだっけ。
愛されるってなんだっけ。
私たちはどこまで行っても凹凹で、決して綺麗な正方形を作ることは出来やしない。
互いを羨んで妬んでドロドロに嫉妬して、それなのにどうしようもなく憧れてしまうのだ。
どっちにしたって最悪だって知っているのに、それでも「自分よりはマシ」って思ってしまう。
自分の力で外の世界に行ける自由があっていいよね、私よりはマシだよ。
確保された未来とお金、家にシェルターとしての機能があっていいよね、あたしよりはマシじゃん。
憎んで、妬んで、羨んで、それでもきっと愛してるんだ。
だって、彼女の日に透けた髪が好きだ。
だって、美味しそうに和菓子を頬張る横顔が好きだ。
あどけない表情で寝息をたてる、チャコの隣で眠る瞬間がこんなにも愛おしい。
――――それでも、だけど。
こんなもの、友情でも愛情でも何でもないよ。
ただの子どもじみた憎悪なんだ。
本格的に家を出るための支度金を用意しているらしい。
彼女からはまだ薔薇の香りが強く漂っている。
「秋になったら、この街を出るよ」
チャコが電子タバコを咥えながらそう言った。
「逃げたら、何者かになれるの?」
チャコが傷つくことは分かっていた。
だから、チャコも私を傷つける。
「逃げなかったら、一生鳥籠の中のままだよ。前にも後ろにも行けなくて、なりたくもないカナリアになんなきゃいけないのはそっちでしょ?」
私たちは泣いた。
それから、裸の背中を預け合って嗚咽した。
薄情にも、抱きしめ合ったりはしない。
チャコも私も震えていた。
ときどき、私たちはこんな風になる。
それはチャコが将来の話をするときだったり、私と婚約者の月に一度の面会が終わった日だったりした。
図星を刺し違えて、わざと歯車のネジを外して、歪な旋律を奏でる。
結局、そのことに自分たちが一番に傷心して、後悔もして、それから一緒に泣くのだ。
二人でいるのにひとりっきりみたいな感覚になって、私たちの関係って意味あるのかなって途方もない空虚に支配される。
でも、そんなこと言ったら終わってしまうから。
甘いお菓子も、優しい時間も、穏やかな心の凪も、確かにあったはずだから。
それなのに、素直にそれらだけを享受することが出来ない自分に呆れて、絶望して、落ち込んで。
最後は決まってチャコが仲直りの言葉を言う。
それはどこまでも優しさに穢れた嘘つきの言葉だった。
「このまま、一緒に逃げちゃおっか」
「このまま、一緒に死んじゃおっか」
へらりと笑ったチャコの目尻が真っ赤に腫れていたら、それでおしまい。
また一緒に夢を見ようよ、の合図だ。
そうして、時限爆弾の針が再び動き出す。
かちこち、かちこち。
チャコの提案がいつだって戯言止まりなのは分かり切っていた。
だって、私たちにそんな勇気はないんだ。
幸せってなんだっけ。
愛されるってなんだっけ。
私たちはどこまで行っても凹凹で、決して綺麗な正方形を作ることは出来やしない。
互いを羨んで妬んでドロドロに嫉妬して、それなのにどうしようもなく憧れてしまうのだ。
どっちにしたって最悪だって知っているのに、それでも「自分よりはマシ」って思ってしまう。
自分の力で外の世界に行ける自由があっていいよね、私よりはマシだよ。
確保された未来とお金、家にシェルターとしての機能があっていいよね、あたしよりはマシじゃん。
憎んで、妬んで、羨んで、それでもきっと愛してるんだ。
だって、彼女の日に透けた髪が好きだ。
だって、美味しそうに和菓子を頬張る横顔が好きだ。
あどけない表情で寝息をたてる、チャコの隣で眠る瞬間がこんなにも愛おしい。
――――それでも、だけど。
こんなもの、友情でも愛情でも何でもないよ。
ただの子どもじみた憎悪なんだ。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
「桜の樹の下で、笑えたら」✨奨励賞受賞✨
悠里
ライト文芸
高校生になる前の春休み。自分の16歳の誕生日に、幼馴染の悠斗に告白しようと決めていた心春。
会う約束の前に、悠斗が事故で亡くなって、叶わなかった告白。
(霊など、ファンタジー要素を含みます)
安達 心春 悠斗の事が出会った時から好き
相沢 悠斗 心春の幼馴染
上宮 伊織 神社の息子
テーマは、「切ない別れ」からの「未来」です。
最後までお読み頂けたら、嬉しいです(*'ω'*)
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
あなたの隣で初めての恋を知る
ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。
ふみちゃんは戦争にいった
桜井 うどん
ライト文芸
僕とふみちゃんは、おんぼろの狭いアパートで暮らす、カップルだ。
ある日、ふみちゃんは戦争に呼ばれて、何が何だかわからないうちに、あっという間に戦争に行ってしまった。
ふみちゃんがいなくても、心配させないように、僕はちゃんと生活しないといけない。
これは、戦争では役にも立ちそうにもない、そして貧しい僕からみた、生活と戦争の物語。
※この作品を通じて政治的な主張をしたいとかは特にないことをお断りしておきます。
日本風な舞台なだけで、一種のファンタジーのようなものと捉えてくだされば。
※アルファポリスライト文芸賞で奨励賞をいただきました。

彼女にも愛する人がいた
まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。
「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」
そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。
餓死だと? この王宮で?
彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。
俺の背中を嫌な汗が流れた。
では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…?
そんな馬鹿な…。信じられなかった。
だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。
「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。
彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。
俺はその報告に愕然とした。

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる