砕け散った琥珀糖たちの墓場

高殿アカリ

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Story 01 side.ANKO

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夏の間にチャコは水商売を始めていた。

本格的に家を出るための支度金を用意しているらしい。



彼女からはまだ薔薇の香りが強く漂っている。



「秋になったら、この街を出るよ」



チャコが電子タバコを咥えながらそう言った。



「逃げたら、何者かになれるの?」



チャコが傷つくことは分かっていた。

だから、チャコも私を傷つける。



「逃げなかったら、一生鳥籠の中のままだよ。前にも後ろにも行けなくて、なりたくもないカナリアになんなきゃいけないのはそっちでしょ?」



私たちは泣いた。

それから、裸の背中を預け合って嗚咽した。

薄情にも、抱きしめ合ったりはしない。



チャコも私も震えていた。

ときどき、私たちはこんな風になる。



それはチャコが将来の話をするときだったり、私と婚約者の月に一度の面会が終わった日だったりした。



図星を刺し違えて、わざと歯車のネジを外して、歪な旋律を奏でる。



結局、そのことに自分たちが一番に傷心して、後悔もして、それから一緒に泣くのだ。



二人でいるのにひとりっきりみたいな感覚になって、私たちの関係って意味あるのかなって途方もない空虚に支配される。



でも、そんなこと言ったら終わってしまうから。

甘いお菓子も、優しい時間も、穏やかな心の凪も、確かにあったはずだから。



それなのに、素直にそれらだけを享受することが出来ない自分に呆れて、絶望して、落ち込んで。



最後は決まってチャコが仲直りの言葉を言う。

それはどこまでも優しさに穢れた嘘つきの言葉だった。



「このまま、一緒に逃げちゃおっか」

「このまま、一緒に死んじゃおっか」



へらりと笑ったチャコの目尻が真っ赤に腫れていたら、それでおしまい。

また一緒に夢を見ようよ、の合図だ。



そうして、時限爆弾の針が再び動き出す。

かちこち、かちこち。



チャコの提案がいつだって戯言止まりなのは分かり切っていた。

だって、私たちにそんな勇気はないんだ。



幸せってなんだっけ。

愛されるってなんだっけ。



私たちはどこまで行っても凹凹で、決して綺麗な正方形を作ることは出来やしない。

互いを羨んで妬んでドロドロに嫉妬して、それなのにどうしようもなく憧れてしまうのだ。



どっちにしたって最悪だって知っているのに、それでも「自分よりはマシ」って思ってしまう。



自分の力で外の世界に行ける自由があっていいよね、私よりはマシだよ。

確保された未来とお金、家にシェルターとしての機能があっていいよね、あたしよりはマシじゃん。



憎んで、妬んで、羨んで、それでもきっと愛してるんだ。



だって、彼女の日に透けた髪が好きだ。

だって、美味しそうに和菓子を頬張る横顔が好きだ。



あどけない表情で寝息をたてる、チャコの隣で眠る瞬間がこんなにも愛おしい。



――――それでも、だけど。



こんなもの、友情でも愛情でも何でもないよ。

ただの子どもじみた憎悪なんだ。
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