その女、女狐につき。

高殿アカリ

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10.愛ってなんだ

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 市川はそんな私に気が付くと、いきなり表情を鋭くさせて、



「……平気なんだな」



 低い声で、そう言った。



 ……怖い怖い怖い。



「……」



 冷や汗たらたら。

 何も言えない私に、市川はさらに睨みをきつくさせると。



 そのまま、私の腕を引っ張り上げて。

 どんっ!!



 はぁい、イケメンからの壁ドンいただきました!!



 で、ここで終わるかと思いきや。

 両腕を万歳させられて、手首をひとまとめにされる。



 所謂、拘束状態ってやつ?



 彼は、その辺に散らばっている新聞紙のスクラップをちらりと見た後、私の顔に視線を戻した。



「何をしていた」



 酷く怒っているはずなのに、あまりにも冷静なその声色に、私の背筋を恐怖が走り抜ける。



 でも、だからこそ。

 私はしゃんと背筋を伸ばして、彼の瞳を見つめた。



 何を考えているのか、全く読み取らせてくれない、その深淵を覗き込んだ。



 一度、唇を舐め、そして言葉を紡ぐ。



「教えて頂戴。……彼は一体誰? 私と何の関係があるの?」



 私の問いかけに、市川は長い溜息を一つ落とす。

 長い長い溜息を。



 そうして全てを吐き出した彼は、私の瞳を捉えて、こう言った。



「君が僕にキスしてくれるのなら、教えてあげるよ」



 それから、とてつもなく嫌な笑い方を一つ。



 出来ないんだろう?

 そう言いたげな市川の視線がこちらに再び向けられる前に。



 私は、市川の唇を塞いだ。

 もちろん、私自身の唇で。



 まうすとぅーまうす。



 これがファーストキスなんだけどなぁ。



 私の頭の中は酷く冷静に、そんなことを考えていた。



 なるほど。

 こんな状況でも、私の脳みそはどうやら正常に機能しているみたい。
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