その女、女狐につき。

高殿アカリ

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8.嵐の中の夏休み

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 いやいやいや。

 ちょっと待って!!



 ただでさえ、小走りで散歩をしていたところに、突然何の前触れもなく引っ張られたのだ。



 当然、私の足は付いていけず。

 だから、リードを引っ張り返して止める、なんてことも出来ないわけで。



 必死に足を動かした。

 どこへ向かうのかも分からず、何が起きているのかも分からず。



 市川とか、どうでも良くなっちゃって。

 というかそれ以前に何も考えられないし。



 気が付けば、目の前に大きな池が現れていて。



 何が起きているんだ、と思った矢先、犬たちが全員そこに飛び込んだのだ。



 どぼん。

 重たい音がした。



 たぶん、私はもっと早くにリードを離すべきだったのだ。



 幾ら犬とは言え、そして幾ら広い敷地とは言え、従業員はたくさんいるわけだし、セキュリティーもしっかりしているわけだし。



 番犬たちを見失ったところで、誰も私を責めないだろうに。



 だけど、もう遅い。



 だって、既に池に向かって飛び込もうとしているのだから。



「うわあああ」



 なんて色気のない声を出しながら、目を瞑っていたら。



 誰かの腕が横から飛び出してきて、私はそのままその人の胸に抱かれた。



 そして仲良く、一緒にどぼん。



 水の中、その人は強く握りしめていたリードを私の手から離し、そして再び抱きしめられたかと思うと、私は外の空気を吸っていた。



 ぷかぷかと浮かびながら、荒い呼吸を整えて、助けてくれた人物を見上げる。



 なお、私は未だその人の腕の中にいる。



 きらきらと落ちてくる水滴が、太陽の光を浴びて眩しく輝く。



「大丈夫か」



 聞き慣れてしまったその声に、私は誰が助けてくれたのかを知った。



 ……市川だ。



 そうだと思った瞬間、私は彼の顔を見ることが出来なくなった。

 慌てて俯くと、ただただ揺れる水面を見つめていた。
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