その女、女狐につき。

高殿アカリ

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1.主人公は寵愛姫の親友さん

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 ぼーっとしてる間に車が走り始めて、ぼーっとしながら僕と繋がれた竜司さんの手を見て、ぼーっとしつつ竜司さんの横顔を眺めてた。
 ……つまり、相当ぼーっとしてたってこと。

「のぞみ、ついたぞ」
「あ、うん」

 どこかのパーキング。
 ぼーっとしてる僕に苦笑して、竜司さんがさっさと車を降りてしまった。
 僕があたふたとシートベルトを外していると、助手席側のドアが外から開けられた。

「竜司さん」
「あんまりぼーっとしてるとこのまま押し倒すぞ」

 ちゅ

 笑みを含んだ言葉を発しながら、竜司さんが僕の額にキスをした。
 したいなら、いいのに。
 僕が、車の中はいや、って言ったから?

「飯、食いに行こう」
「……うん」

 手を引っ張られて車から降りた。引っ張られた勢いのまんま、竜司さんの胸に抱き込まれる。

「どこ?」
「どこだと思う?」
「……えと」

 車の中でもずっと竜司さんを見てたから、いまいちどこらへんに来たのかわからなかったのだけど。

「……あれ?」

 手を引かれてあるき出して、なんか見覚えのある場所だな……って思って。
 『open』の小さなボードだけがかけられた飾り気のないドアの前に立って、ようやく、気づいた。

「竜司さん」
「飯、うまいだろ」

 あ、うん。知ってる。美味しいよね。
 竜司さんがドアを開けると、いつもどおりの鈴の音が響く。

「いらっしゃ――って、竜司か。のぞみちゃんも?」
「あ、あの、こんばんは、です…」

 こんな時間(二十時近く)にマスターのところに来たことなかったから、なんかドキドキする。
 店内には三組くらいのお客さんがいる。
 カウンターの中には、マスターの他にもう一人知らない男性もいる。

「あー、なに。こんな時間に二人して。ほら、のぞみちゃん、いつものとこ座んな」
「あ、うん」

 カウンターのすみっこ。
 腰をぽんぽんと叩かれて、竜司さんからも促される。
 僕がいつもの椅子に腰掛けると、竜司さんは隣の椅子に腰を下ろした。

大志ひろゆき、腹減ったから飯」
「いやいや、だから、ここは飯屋じゃねぇんだよ」
「のぞみも腹空いただろ?」
「うん……」

 パンケーキ分はゲーセンで消費したから、それなりに空いてる。

「ったく……我儘なやつだな」

 と、文句言いつつ、マスターはどこか嬉しそう。

「のぞみちゃん、オムライスでいい?」
「うん」
「じゃあちょっと待ってな」

 マスターは僕の頭を何度か撫でてから、カウンターの奥に入った。

「どうぞ」

 その間に、もう一人の男の人が、僕と竜司さんにおしぼりを用意してくれる。

「……マスターのところに来るならそう言ってくれればいいのに」
「外を見てたら気づくだろ?……まあ、のぞみは俺ばっかり見てるから、気づけなくても仕方ないけどな」

 でも一言くれればいいのに。

「のぞみちゃん、竜司に酷いことされなかったか?」

 奥からひょこっと顔を出したマスターが、すごく真剣な顔で聞いてきた。
 僕はちらっと竜司さんを見てから、ニヤリと笑う。

「いっぱいされた」
「のぞみっ」
「竜司、お前なぁ……」
「でもね」

 カウンターの下で、竜司さんの手を握る。

「すごく楽しかった!」
「そうか。そりゃよかった」

 マスターはそう言って笑うと、また奥に戻って行った。

「……死んだかと思った」

 繋いだ僕の手をぎゅむぎゅむ握りながら、竜司さんは天井を仰ぎ見た。
 ……何故そこまでダメージを受けているんだろう。
 カウンターの中に残ってる男の人は、僕たちのやり取りを見て笑いながらグラスを二つ、僕たちの前に出してきた。
 ロック氷が入った茶色の液体。
 ……もう騙されないぞ。

「……やっぱり麦茶」
「『のぞみさん』にお酒は出すなとオーナーから言われてますから」

 と、笑顔のままさらりと言われた。
 ……初対面の男の人……アルバイトの人?にまで、マスターそんなこと言ってたなんて。
 僕、このお店でお酒を飲む日は来ないんだな……。

「のぞみは酒が飲みたいのか」
「まあ……それなりに」
「飲み会とかないのか?」
「僕、サークルとかそういうのに入ってないから、機会がないっていうか……」

 両親が離婚のときに僕にまとまったお金を渡してくれたから、贅沢をしなければ学生の間はそれなりに生活できる。
 けど、あのお金にはできるだけ手を付けたくないから、アルバイトは必須。

「どんなの飲んでみたい?」

 繋いでいた手が離れて、僕の髪をいじり始めた竜司さん。

「んと…、甘いやつ?」
「ん。用意してやるから俺の家で飲めばいい」
「いいの?」
「いいだろ?他の誰に迷惑かけるわけじゃないし。酔ったらそのまま寝ればいい」

 おお。なるほど。大人な竜司さんなら無茶な飲ませ方はしないだろうし、竜司さんの家なら酔っ払って動けなくなってもそのまま寝ちゃえばいいし、気分が悪くなっても介抱してくれそう。
 ……あ、だったら、甘いの、とかじゃなくて、もっと大人っぽいものを希望したら良かったんだろうか。ウイスキーとかワインとか?あー……お酒の知識がなさすぎてよくわかんないや。
 とりあえず、ウイスキーならあれだよ。
 片手でグラスをゆったりもって、軽く回して氷がカランって音を立てて、香りを楽しんでから口をつけたり、指で摘むようにグラスを持ってタバコ片手にぐいっと呷ったり。
 手元の麦茶グラスで、そんなドラマとかで見た気がする仕草を、うろおぼえながら再現してたんだけど。

「ぶっ」

 隣から吹き出す音がしてやめた。

「……の、ぞみっ、っげほ…っ、おま……っ、っ、くそ…っ、…っ、はー………っ、っとに」

 ……むせて顔を真赤にした竜司さんがいた。

「はー………くるし……っ、のぞみ、お前なぁ、俺を笑い死にさせるつもりなのか」
「……」

 ……『大人の仕草』を再現してただけなのに。解せぬ。




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