8 / 16
8
しおりを挟む
霧雨は長官室に来ていた。本日のミハイルはナポリタンを食べている。
「何か用かな?」
口の周りをオレンジに染めたミハエルが問う。霧雨は真剣な目で彼に伝えた。
「例の件ですが、お断りします」
ふぅん、とつまらなさそうに呟いて、それからミハイルは不敵な笑みを浮かべた。
「どうなっても知らないよ? 御上からのお願いを断ったってこと、いつ火が吹くか、見ものだねぇ」
しかし、あくまでも霧雨は冷静だった。
「ご心配なく。何が起きても、彼を守る覚悟は出来ましたので」
澄ました表情でそう告げたあと、綺麗な敬礼をして霧雨は長官室を出て行った。そんな彼の背中を見てミハイルは口を尖らせた。
「つまんないの……ねぇ、ちづちゃん?」
ミハイルは通話したままの個人用端末をポケットから取り出した。
「良い弟子を持ったねぇ。羨ましい限りだよ」
「べっ、別に⁉ 弟子とかではないけどね!」
画面越しに、ふんっとそっぽを向いた千鶴の耳が赤く染まっているのを確認して、ミハイルは柄にもなく微笑んだ。
だが、千鶴はすぐに真剣な表情に戻り、口を開いた。それは誤魔化しを一切許さない、強い口調であった。
「それより、霧雨に渡した錠剤は本当にただのビタミン剤だったのよね?」
ミハイルはナポリタンを一口啜ると、もぐもぐしながら答えた。
「それはもちろん。無理矢理オーバーヒートさせる薬を作る、なんて研究自体ないし。シュウくんのためだけにそこまで割く予算もないでしょ」
「それなら、シュウがオーバーヒートしたのは……」
「そう、紛れもなく彼自身の意思によるものだろうね。何が彼をそうさせたんだろう。……ま、何はともあれ、良いデータが手に入ったよ」
にこにこと上機嫌なミハイルの思惑は、いつだって不透明だ。
「はぁ、相変わらず腹の底が見えないわね」
「そりゃあ、どうも?」
「褒めてないわ。でも、ありがとね。私の頼みを聞いてくれて」
「ちづちゃんはやっぱり甘いよね。部下の本心なんて知らなくても、部下同士が理解し合えなくても、活動自体に問題は起きないのにさ?」
カチャカチャとフォークが皿を滑る音が響く。千鶴は唇の下に指を当てて、悩ましげな表情になる。
「うーん、でも、私はやっぱり二人には仲良くいて欲しい。だってそれがチーム、でしょう?」
「ふふ、やっぱり変だねぇ、ちづちゃんは」
ナポリタンをさらに一口頬張るミハイルに、千鶴がぴしゃりと言い放った。
「ところで、こんなすぐに雑魚敵が出没なんて話、よく出来ているとは思わない? それに、予算がなくてオーバーヒートの薬を作れない研究チームでは、地球製異星人の発明を進めているらしいじゃない? そのことについての説明はないのかしら」
問い詰める千鶴にミハイルは長いまつ毛をばさばさと瞬かせて、首を傾げた。
「ん? なんのこと?」
千鶴は頭を抱えて、溜息を吐いた。
全く、どこまで行っても一枚岩ではないらしい。ミハエルも、この組織も。まぁ、シュウのオーバーヒートだけで事が済んだことを良しとするしかない。少なくとも、今は。
「何か用かな?」
口の周りをオレンジに染めたミハエルが問う。霧雨は真剣な目で彼に伝えた。
「例の件ですが、お断りします」
ふぅん、とつまらなさそうに呟いて、それからミハイルは不敵な笑みを浮かべた。
「どうなっても知らないよ? 御上からのお願いを断ったってこと、いつ火が吹くか、見ものだねぇ」
しかし、あくまでも霧雨は冷静だった。
「ご心配なく。何が起きても、彼を守る覚悟は出来ましたので」
澄ました表情でそう告げたあと、綺麗な敬礼をして霧雨は長官室を出て行った。そんな彼の背中を見てミハイルは口を尖らせた。
「つまんないの……ねぇ、ちづちゃん?」
ミハイルは通話したままの個人用端末をポケットから取り出した。
「良い弟子を持ったねぇ。羨ましい限りだよ」
「べっ、別に⁉ 弟子とかではないけどね!」
画面越しに、ふんっとそっぽを向いた千鶴の耳が赤く染まっているのを確認して、ミハイルは柄にもなく微笑んだ。
だが、千鶴はすぐに真剣な表情に戻り、口を開いた。それは誤魔化しを一切許さない、強い口調であった。
「それより、霧雨に渡した錠剤は本当にただのビタミン剤だったのよね?」
ミハイルはナポリタンを一口啜ると、もぐもぐしながら答えた。
「それはもちろん。無理矢理オーバーヒートさせる薬を作る、なんて研究自体ないし。シュウくんのためだけにそこまで割く予算もないでしょ」
「それなら、シュウがオーバーヒートしたのは……」
「そう、紛れもなく彼自身の意思によるものだろうね。何が彼をそうさせたんだろう。……ま、何はともあれ、良いデータが手に入ったよ」
にこにこと上機嫌なミハイルの思惑は、いつだって不透明だ。
「はぁ、相変わらず腹の底が見えないわね」
「そりゃあ、どうも?」
「褒めてないわ。でも、ありがとね。私の頼みを聞いてくれて」
「ちづちゃんはやっぱり甘いよね。部下の本心なんて知らなくても、部下同士が理解し合えなくても、活動自体に問題は起きないのにさ?」
カチャカチャとフォークが皿を滑る音が響く。千鶴は唇の下に指を当てて、悩ましげな表情になる。
「うーん、でも、私はやっぱり二人には仲良くいて欲しい。だってそれがチーム、でしょう?」
「ふふ、やっぱり変だねぇ、ちづちゃんは」
ナポリタンをさらに一口頬張るミハイルに、千鶴がぴしゃりと言い放った。
「ところで、こんなすぐに雑魚敵が出没なんて話、よく出来ているとは思わない? それに、予算がなくてオーバーヒートの薬を作れない研究チームでは、地球製異星人の発明を進めているらしいじゃない? そのことについての説明はないのかしら」
問い詰める千鶴にミハイルは長いまつ毛をばさばさと瞬かせて、首を傾げた。
「ん? なんのこと?」
千鶴は頭を抱えて、溜息を吐いた。
全く、どこまで行っても一枚岩ではないらしい。ミハエルも、この組織も。まぁ、シュウのオーバーヒートだけで事が済んだことを良しとするしかない。少なくとも、今は。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説


家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。

だってお義姉様が
砂月ちゃん
恋愛
『だってお義姉様が…… 』『いつもお屋敷でお義姉様にいじめられているの!』と言って、高位貴族令息達に助けを求めて来た可憐な伯爵令嬢。
ところが正義感あふれる彼らが、その意地悪な義姉に会いに行ってみると……
他サイトでも掲載中。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ!
タヌキ汁
ファンタジー
国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。
これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる