独りぼっちの異星人

高殿アカリ

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 霧雨は長官室に来ていた。本日のミハイルはナポリタンを食べている。
「何か用かな?」
 口の周りをオレンジに染めたミハエルが問う。霧雨は真剣な目で彼に伝えた。
「例の件ですが、お断りします」
 ふぅん、とつまらなさそうに呟いて、それからミハイルは不敵な笑みを浮かべた。
「どうなっても知らないよ? 御上からのお願いを断ったってこと、いつ火が吹くか、見ものだねぇ」
 しかし、あくまでも霧雨は冷静だった。
「ご心配なく。何が起きても、彼を守る覚悟は出来ましたので」
 澄ました表情でそう告げたあと、綺麗な敬礼をして霧雨は長官室を出て行った。そんな彼の背中を見てミハイルは口を尖らせた。
「つまんないの……ねぇ、ちづちゃん?」
 ミハイルは通話したままの個人用端末をポケットから取り出した。
「良い弟子を持ったねぇ。羨ましい限りだよ」
「べっ、別に⁉ 弟子とかではないけどね!」
 画面越しに、ふんっとそっぽを向いた千鶴の耳が赤く染まっているのを確認して、ミハイルは柄にもなく微笑んだ。
 だが、千鶴はすぐに真剣な表情に戻り、口を開いた。それは誤魔化しを一切許さない、強い口調であった。
「それより、霧雨に渡した錠剤は本当にただのビタミン剤だったのよね?」
 ミハイルはナポリタンを一口啜ると、もぐもぐしながら答えた。
「それはもちろん。無理矢理オーバーヒートさせる薬を作る、なんて研究自体ないし。シュウくんのためだけにそこまで割く予算もないでしょ」
「それなら、シュウがオーバーヒートしたのは……」
「そう、紛れもなく彼自身の意思によるものだろうね。何が彼をそうさせたんだろう。……ま、何はともあれ、良いデータが手に入ったよ」
 にこにこと上機嫌なミハイルの思惑は、いつだって不透明だ。
「はぁ、相変わらず腹の底が見えないわね」
「そりゃあ、どうも?」
「褒めてないわ。でも、ありがとね。私の頼みを聞いてくれて」
「ちづちゃんはやっぱり甘いよね。部下の本心なんて知らなくても、部下同士が理解し合えなくても、活動自体に問題は起きないのにさ?」
 カチャカチャとフォークが皿を滑る音が響く。千鶴は唇の下に指を当てて、悩ましげな表情になる。
「うーん、でも、私はやっぱり二人には仲良くいて欲しい。だってそれがチーム、でしょう?」
「ふふ、やっぱり変だねぇ、ちづちゃんは」
 ナポリタンをさらに一口頬張るミハイルに、千鶴がぴしゃりと言い放った。
「ところで、こんなすぐに雑魚敵が出没なんて話、よく出来ているとは思わない? それに、予算がなくてオーバーヒートの薬を作れない研究チームでは、地球製異星人の発明を進めているらしいじゃない? そのことについての説明はないのかしら」
 問い詰める千鶴にミハイルは長いまつ毛をばさばさと瞬かせて、首を傾げた。
「ん? なんのこと?」
 千鶴は頭を抱えて、溜息を吐いた。
 全く、どこまで行っても一枚岩ではないらしい。ミハエルも、この組織も。まぁ、シュウのオーバーヒートだけで事が済んだことを良しとするしかない。少なくとも、今は。
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