春のうらら

27

　魔王城のテラスから麗とシノニムは眼下に広がる光景を見下ろしている。今や禍々しい雰囲気をホログラムで見せる必要も無くなった魔界領域を彼女は優しく眺めていた。
「ありがとう、シノ。私一人じゃ、こんな結末には出来なかったわ」
　麗の言葉にシノニムは静かに返す。
「俺と、俺たち人間と、出会うために麗はお前を作ったのかもな」
「え？」
　戸惑う麗にシノニムは笑顔を見せた。
「麗は賢かったから、俺の未来の行動まで予測してたんじゃねぇかなって思うんだよ。だから、お前もまた凄い！」
　人間の麗を褒めた言葉であるはずなのに、何故か最後はアンドロイドである麗を褒める言葉にすり替わっていた。
　麗は首を傾げた。
「？　どういうこと？」
「だってお前も“麗”、だろ？」
　至極当たり前のことだと言わんばかりに、シノニムがそう告げるので。
　麗はただ言葉を失った。それはアンドロイドの構造をよく知らないこの世界の住人の、他愛もない会話だったのかもしれない。
　けれど、確かに麗はシノニムの言葉に何かを感じていた。
「……っ！」
　まるで涙が流れたかのような感覚を抱いた。
　麗にはそんな機能は付与されていないにも関わらず、だ。
　錯覚に違いない、麗の冷静な電子回路がそう結論を下した。
　だが、一方で彼女の奥に眠る何かが目を覚まし始めていた。

――――とくん。
彼女のコアにある”麗”の心臓がひとつ、脈を打った。