春のうらら

高殿アカリ

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 陽光がかんかんに降り注ぐ砂漠地帯を、麗たちはとぼとぼと歩いていた。
 砂に足を取られながら歩く姿に覇気はなかった。
 シュヴァルツェの魔法のドームが彼らを覆っており、厚さそのものは感じない。
 だが、太陽の強い日差しまで遮ることは出来ない。
 暑さはないが、肌を焼かれる感覚に不快さを感じこそすれ、決して心地良い空間というわけにはいかないのだった。
「なぁ、魔法でもう少し足を速くするとか出来ひんの?」
 カイパーがきゅむきゅむと砂を踏みしめながら言う。
「無理だ」
 シュヴァルツェは口元を覆う布を巻き直しながら即答した。
「ちぇ」
 カイパーは布越しにくぐもった舌打ちを返す。
「さっきのオアシスの町には魔道具が沢山ありましたが、足を速くするものは見かけませんでしたし」
 ニクラスが口を挟む。
「そりゃそうだ。身体能力を限界以上に無理矢理引き上げることになるからな」
「……どうなるの」
「足を一本失うくらいの覚悟は必要だ」
「「ひぇ」」
 オズヴァルドとシノニムは揃って顔を歪めた。
 案外似た者同士なのかもしれない。
 そんな他愛もない会話を繰り広げていると、ようやく蜃気楼の揺らぎの向こう側に大きなオアシスの街が見えた。
 その街こそが今回の目的地、ダルゴ=マト王国の首都であった。
 一同がほっとしたのもつかの間、彼らの前に武装した兵士たちが現われたのだった。
 兵士たちは機械仕掛けのラクダに騎乗しており、全身を鉄で覆っていた。
「暑くないのかしら?」
 マロンの囁きに麗は内心で返事をする。
 ダルゴ=マト王国も魔術に長けた民が多いと聞く。
 恐らく身体に魔力を遣っているのか、あるいは金属装備そのものに秘密があるのか。
 彼らから攻撃の意思がないことを正確に読み取ったため、暢気に観察する麗とは対照的にシノニムたちは臨戦態勢を取っていた。
 当然ながら、戦う意思のある余所者を前に、丸腰で乗り込む愚か者はいないわけで。
 それが兵士であれば尚更、実力行使に出るのは自然の摂理とすら言えるだろう。
 オズヴァルドやカイパー、シノニムが動き出すよりも先に、彼らはマロンを拘束し、人質としたのだ。
 実に鮮やかな手口だった。
 守られるべく中央にいたスピカでもなく、意思の強い瞳で観察していた麗でもなく、比較的扱いやすく反撃もされにくいという判断のもと、彼女はラクダの上に引っ張り上げられていたのだ。
 オズヴァルドは唇を噛み締め、武器を捨てた。
 そうする他なかったのだ。
 シノニムたちが白旗を上げ、降参したのを見て取るや否や、人質のマロンは解放された。
 そして、兵士たちの中心にいた人物が前に出てきて、甲冑の兜を脱いだのだ。
 中から現れたのは、褐色肌の美丈夫であった。
 長く亜麻色に輝く髪を一つにまとめた彼は、白い歯を見せて笑う。
「初めまして。ダルゴ=マト王国の国王、ヒジュル・ナバだ」
 自己紹介を済ませたヒジュルはこちらの意思を問うことなく、転移の魔法陣を床に出現させた。
「王宮にご案内しよう。魔界の使者たちよ」
 魔王の麗よりもよっぽど魔王らしく、人々を振り回すのが楽しいようで。
 唖然とする一同を見て、とても楽しそうに加虐的笑みを見せたのであった。
 次に視覚が物を捉えたとき、そこに広がっていたのは煌びやかな玉座の間であった。
 白とターコイズブルーの色彩がコントラストを強く描く。
 天井は半円のドーム状になっており、リーラム帝国ではあまり見かけない建築構造をしていた。
 ヒジュルは鎧を一枚一枚脱ぎ捨てながら、玉座へと近づいていく。
 玉座の横にはほとんど裸同然の布切れを纏った美女たちが彼を待っていた。
 ある者はフルーツを、ある者は大きな扇を手にして。
「手荒な真似をして悪かったな」
 全く詫びていない口調でヒジュルは言う。
 ゆったりとした動きで玉座に座ると、彼は麗たちに視線を投げかけた。
 そして絶対的王者の風格を以てして、問いかける。
「して、魔王様は誰かな」
 そんな彼の威圧にも負けじと麗は一歩前に出た。
 凛としたその姿にヒジュルはほうと感心した。
 それから、顎に手を当て、彼女を吟味し始める。
 己の目的に沿う人物足りうるのか、と。そんなヒジュルの視線などお構いなしに、麗もまた自分勝手に話を始めた。
「一つ、腑に落ちないことがあるのだけれど」
「なんだ? 言ってみろ」
 肩眉を上げながらも、ヒジュルが許可を下したので麗も素直に話を続けた。
「なぜ、この国が魔物を必要としているのか。太古から続く伝統的国家であり、軍事国家としてもその名を馳せているでしょう? 最近では貿易にも力を入れているそうじゃない」
「何が言いたい?」
「つまり、この国には現状何一つ問題がないように思えるのよ。もし仮に問題があったとしても、魔物の力なんて必要なしに自国の力だけで解決できてしまうのではなくて?」
 そうなのだ。
 人材も富も技術力も軍事力もふんだんに持っているダルゴ=マト王国だからこそ、麗は今まで手出しできなかったと言っても過言ではないのだから。
 王国側から関係を求める現状は、麗にとって願ったり叶ったりな事態であり、だからこそ信用が置けない理由でもあった。
 麗の思考回路では王国側に何一つメリットがない話なのである。
 そしてメリットがない場合、相手側に何かしら建前とは別の思惑があると考えるのが普通だ。
 麗の鋭い視線を受け止め、ヒジュルはふっと笑みを浮かべた。
 そこには何の誤魔化しも後ろめたさもなかった。
「あぁ、そうだ。魔王様の言う通り。この王国は順風満帆だ。かつてないほどに」
「では、なぜ」
 ヒジュルは肩を竦めると、真顔になる。
 それから、どこともつかない遠くを眺め、ぽつりと言葉を落とした。
「俺一人だけが取り残されているんだ」
 そして、彼は語る。
「俺の最愛の妻であるパトラが、死んだ。原因は分からない。魔術師によくある突然死ってやつさ」
「そう」
 麗は静かに俯いた。己の無力が悔しかったのだ。
「麗……」
 そんなの彼女の後ろ姿をシノニムが切なそうに見つめている。
「俺は彼女を蘇らせたい」
 ヒジュルの告白に麗の背後から息を呑む音がする。
「俺は、より強大な力を知りたい。パトラを生き返らせるほどの器がな。あんたならそれを用意できるだろう」
「なるほどね。魔物の素材が欲しいってわけね」
「そうだ。パトラの心臓部は既にできている。あとはそのエネルギーに耐えられるだけの頑丈な器だ」
 薄っぺらな笑みを浮かべたヒジュルにはどこか寂寥感が漂っていた。
「……人工鉱石の“パトラ”」
「さすがによく調べているな」
 ダルゴ=マト王国が近年力を入れているのは鉱石の輸出である。
 鮮やかな緑色に輝くその石は瞬く間に人気となった。
 特に人工的に造られた石であるという点が技術力のあるダルゴ=マト王国らしいと評判なのだ。
「パトラ」と名付けられ、人の手で造られた神秘な石に世界中の貴族たちの中には傾倒する者もいるのだとか。
「単刀直入に言おう。俺は魔物の素材、特にこの世界では手に入らない未知の素材が欲しい」
 ヒジュルの言葉に応えたのは麗ではなくシノニムだった。彼の脳裏には魔界でのびのびと過ごす魔物たちの光景が浮かんでいた。
「それは無理だ」
「なぜお前が答える」
 二人の男たちはそれぞれに睨み合う。
 重たい沈黙があたりを満たした。それを破ったのはヒジュルだった。
「ふっ、まぁいいさ。一晩よくよく考えるといい。答えは明朝、魔王さんの口から直接聞かせてもらおう」
 パンと玉座の手すりを叩くと、ヒジュルは勢いよく立ち上がった。
「ダルゴ=マト王国の夜は長く、かしましい。存分に楽しみたまえよ。それでは、良い夜を」
 麗たちを残し、一国を統べるヒジュルは一足先に玉座の間を出ていったのであった。
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