春のうらら

高殿アカリ

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 麗が海底で見たのは、数千もの石像だった。
 それもただの石像ではなかった。人の形をした石像だった。
 彼らは恐怖を目の当たりにした表情をしていた。
 そこにはつい先日まで生きていたかのような、生々しさがあった。
 そして、物事をよく見通すことのできる視力を持った麗の目は、石像の中にかつて生体反応があったことを正確に叩き出していた。
 彼らは石化した人間だったのだ。
 ゆっくりと石像の上を泳いでいると、やがて強い波動が麗にも感じ取ることができた。
 そのエネルギーに導かれるように、麗は一体の石像の前まで泳いだ。
 目を閉じたその姿はついさっきまで一緒にいた人物によく似ていた。
「……ミルコ¬=パドマーナ」
 この石像こそ真に本物のパドマーナ島の巫女だったのだ。
 力の源は彼女の胸元から流れていた。
 石化したその胸にかけられていたのは、青い球体だった。
 麗はほとんど直感的に理解した。
 これこそが正に求めていた“ワース”の本体だったのだ。
 麗は躊躇いなく、ワースを巫女の身体からもぎ取った。
 ワースが島に及ぼす影響を知っていてなお、ロプト・アルファに支配されたパドマーナ島は不必要であると判断を下したのだ。  
 そんな麗の決意を知ってか知らずか、彼女がワースを手にした途端、海上にあったワースの贋作はひび割れ始めたのだ。
 異変を感じた麗は急いで海面に上がる。
 ロプト・アルファたちがしなだれ始めているのが見えた。
 ワースの力で本来以上に好き勝手していたに過ぎなかったようだ。
「~~っはぁぁ」
 それに伴い、魔力が戻ったシュヴァルツェも息を吹き返す。
 ぜぇはぁ、と肩で息をするシュヴァルツェにマロンが駆け寄った。
「麗!」
 シノニムは麗を海面から引っ張り上げ、ずぶ濡れの彼女に外套をかけた。
「終わったんか?」
 カイパーの問いかけにシュヴァルツェが答える。
「まだ」
「そうね、今にもこの島は海に沈んでしまうわ。急いで脱出しましょう」
 麗の言葉に全員が頷いた。
 階段を駆け上り、洞穴を飛び出すと、地面が大きく揺れた。
「急ぎましょう」
 ばたばたと船に乗り込み、パドマーナ島を後にした。
 ゴーッという音が鳴り、振り返るとパドマーナ島と巨大樹が海に沈んでいくのが見えた。跡形もなく、まるで泡沫のように。
「……何やってん」
 カイパーが溜息を漏らす。
「ロプト・アルファのせいよ」
 髪の毛の水をきりながら、麗は答えた。
 シノニムたちの視線が彼女に集まる。
「海の底にパドマーナ島の人々が眠らされているのを見たわ。この島はもう随分と前からロプト・アルファに支配されていたみたいね」
「そんな、可哀そう」
「土地柄のせいね。魔力を多く持つ島民が多いこの島はロプト・アルファにとって正しく上質な餌場だったということよ」
 誰も何も言わない。
 ただ生暖かい潮風が通り抜けていくばかり。
 麗の手の中に残されたのは、たった一つの球体「ワース」だけであった。
 そして、ワースだけがパドマーナ島に生きた人々のことを記憶し続けていくのだ。
 これからもずっと。
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