春のうらら

高殿アカリ

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 次の日の朝も、しとしとと町全体に霧雨が降り続いていた。
 スピカやオズヴァルドが頭痛を訴える。
「土地にエネルギーが満ちているから、魔力酔いが起きているのかもしれないわね」
 麗の言葉にニクラスも同意を示した。
 一方で、魔術師であるシュヴァルツェやマロンの顔色が悪いことには何の説明もつかず、ニクラスも首を傾げていた。
 二人の様子を見たシノニムが言う。
「どうやら、魔力が溢れているだけの問題でもないみたいだな」
 彼の言葉にオズヴァルドが神妙な表情で頷いたのであった。
 館の入り口を開けると、昨夜の男が待っていた。
 彼の案内に従い、麗たちは再びミルコの祈り場へと向かう。
 だが、洞穴の入り口でそれは起きた。
 一体どこから侵入してきたのか、荒くれた見た目をした男が数人、麗たちの前に立ちはだかっていたのだ。
 彼らは麗たちに気がつくと、にやりといやらしい笑みを浮かべた。
 そして腰にかけてあるサーベルを手に持ち、麗たちに向かって攻撃をしかけたのだ。
「宝を寄越せえええ」
 濁声で叫ぶ男たちの剣捌きはどこか単一的で幼稚なものであった。
 一歩前に出たシノニムとオズヴァルドは、剣の動きを見切り、避けると反撃に出た。
 それはあまりにも一方的な戦いだった。
 シノニムとオズヴァルドに負けた海賊たちは、だが少し様子がおかしかった。
 違和感を覚えた二人は、一歩後ろに後退した。
 そのとき、のことだ。
 今まで威勢よく飛びかかってきた海賊たちは、一度苦悶の表情を浮かべると、そのままどろどろと湿気ていった。
 驚く間もなく、あっという間に人間が深緑色の液体へと姿が変わったのだ。
「見るな!」
 オズヴァルドが叫び、カイパーはスピカの身体を引き寄せ、その視界を隠した。
 シュヴァルツェはマロンのフードを深く被せた。
 麗は試験管を鞄から取り出し、その液体を素早く採取していた。
「何をやっているんですか」
 呆れ声のニクラスもちゃっかり自分用の試験管を彼女に差し出していた。
 横を見ると、シュヴァルツェもしゃがみ込み、スケッチを勤しんでいる。
 既に採取は終わっているらしい。
 そんな研究馬鹿たちを尻目に、シノニムが呟いた。
「……何だったんだ、こいつらは」
「ワースの呪いを受けた者たちです。己の欲望、大義のない侵略者たちは必ずその報いを受ける、それがこの土地の真理なのです」
 ローブの男がにっこりと笑って答えた。
 淡々としたその言葉にマロンの瞳には涙が溜まる。
 海賊たちの屍を越え、ミルコの前に辿り着く。
 彼女はやはり一部始終を知っていたようで。
「ワースが喜んでいます。欠片も手に入るでしょう」
 そう言って立ち上がる。
「ここからは私が先導いたします」
 ミルコは穴のさらに奥へと歩を進めた。
 いつの間にやら、ローブの男はしんがりについていた。
 少し行くと、大穴が下にぽっかり開いている空間に出た。
 かなり深い穴のようで、ここでは鉱石の明かりも意味をなさなかった。
 漆黒の深淵が麗たちを見つめていた。
「こちらです」
 ミルコは大穴の端に麗たちを呼び寄せた。
 そこには壁沿いに下へと続く石畳の階段があった。
「こ、ここを降りていくの?」
 不安そうなマロンの声にミルコは肯定を示した。
「後に続いてください。暗いので決して壁から手は離さぬように」
 どれくらい降りたことだろう。
 声を掛け合いながら降りていくと、仄かに足元から青白い光が届き始めた。
「そろそろです」
 ミルコの言葉通り、そこから一刻もしないうちに、麗たちは大穴の底に辿り着いていた。
 そこには海面の上に浮かぶ巨大なワースが圧倒的な存在感を放っていた。
 麗たちを認識したのか、ワースは突然あたり一面に青白い光を放つ。
 あまりもの強烈なその光に一行は一瞬目が眩む。
 切実さを伴った救難信号のように麗は受け取った。
 だが、ミルコは声を弾ませて言う。
「まぁ、貴女たちを歓迎しているようです」
 とてつもない違和感が見過ごせない程に強くなった麗は、仲間たちとコンタクトを図ろうとしたが、どうやらみんなしてワースに見入っているようで誰一人として視線が絡むことはなかった。
 その宝を前にした人間はどうにも我を失ってしまうらしい。
 麗はワースから膨大なエネルギーを検知していた。
 そのときだった。
「危ない!」
 マロンの悲鳴が聞こえて、同時にワースの中から緑色のツタが飛び出してきた。
「あれは……」
 シュヴァルツェが呟き、麗が続けた。
「ロプト・アルファだわ」
「え?」
 シノニムが麗を見る。
 だが、麗の視線はワースから離れない。
 ロプト・アルファが飛び出してきたことにより、ひび割れたワースの一部が海底に吸い込まれていく。
 ツタは勢いを増して、麗たちに向かって伸びてくる。
「どうしてこんな所にまで……」
 麗の呟きは誰の耳にも届いていない。
「どんだけあるねん」
 ツタを引きちぎりながらカイパーが叫ぶ。
「早く逃げよう」
 オズヴァルドの言葉にシノニムたちが頷く中、一人麗だけが海に向かって飛び込んだのだ。
 彼女の視線は落ちていくワースの欠片に惹きつけられていた。
 麗の行動にいち早く気付いたシノニムが叫ぶ。
「麗!」
 だが既に、彼女の姿はほの暗い水の中に消えていった。
 ぶくぶくと空気の泡を漏らしながら、彼女は海の中を潜っていく。
 青白い光の欠片を目指して。
 何としてもワースを回収しなければならない。
 彼女がひと欠片を手中に収めた時、彼女の視界の隅に思いもよらない光景が広がっていた。
“――――嘘”
 海中で驚愕に目を見開き、ゆっくりと恐る恐る近づいていく。
 ワースの欠片が麗の指から滑り落ちるも、彼女の意識は既に目の前の事象を理解することに注力されていた。

 一方、海上ではロプト・アルファから逃げようとするシノニムたちをミルコとローブの男が足止めしていた。
「なっ」
 シノニムが驚く間もなく、彼らの身体は融解し、ロプト・アルファに飲み込まれていく。
「私たちの養分になるのよ」
 ミルコの声がロプト・アルファの中から聞こえてきた。
 嫌な汗がシノニムの背中を流れ落ちる。
「……まさか」
 シュヴァルツェが目を見張ると彼の足首にロプト・アルファが絡まっていく。
 途端、シュヴァルツェの身体から魔力が抜けていく。
「兄さん!」
 マロンの悲痛な叫びも彼には届かない。
 意識がもぎ取られていく感覚にシュヴァルツェはただただ恐怖していた。
 その絶望感こそ、ロプト・アルファの力に他ならない。
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