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番外編

キース×クリス その3。

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その後、僕とクリスは少しずつ少しずつ仲良くなっていった。
生まれて初めて出来た友人だった。

僕のことを大切にしてくれる唯一無二の人だった。
そうだと思っていた。愚かにも。

クリスのそれに気がついたのはいつの頃だっただろうか。
熱のこもったその視線に。

細かいことはもう記憶の彼方だが、恐らくは些細なことだったはずだ。

そうーーーー。
彼のその神秘的な瞳に映っていたのは僕じゃなかった。

クリスもまた、エドワードを見ていた。
世界にどうしようもなく愛された僕の弟のことを。

居てもたってもいられなくって、僕はこの国の禁忌を犯した。
誰も僕のことを叱らないから。
誰も僕のことを見つけないから。

誰も彼も、クリスでさえも。
僕のことを愛することが出来ないから。

僕は国のお抱えの薬草師を脅し、幾つかの薬を作ってもらった。
エルフ族にだけ効く薬たち。
彼を僕だけのものにするための最終手段。

僕は彼に惚れ薬を盛った。
それから、発情するお香を炊いた部屋で彼を抱いた。

噎せ返るほどの甘ったるい匂いを嗅ぎながら、僕は泣いた。
彼の瞳に見つめられるのは僕だけが良かった。

僕を襲う罪悪感に気持ちが悪くなる。
それでも僕はやめなかった。
この愚かな行為をやめるにはもう引き返せないところまで来ていたのだ。

クリスの虚ろな瞳に僕が映る。
愚者の僕、幽霊の僕、世界の愛し子の兄の僕。
そこには、色んな僕がいたんだ……

それから幾許の時間が過ぎただろう。
気が付けば部屋の空気は正常に戻りつつあり、クリスの瞳にも光が戻ってきていた。

僕は怖かった。
薬草師は惚れ薬の効き目は永遠だと言ってはいたけれど、それでも怖かった。

だって、相手は僕の弟だ。
誰をも虜にしてしまう世界から愛された男児なのだ。

瞳に完全なる光を戻したクリスは、辺りの惨状を見て、それから僕を見て、こう言った。

「……キース様……ありがとうございます」

儚げにそう笑ったクリスは、どこまでも綺麗で美しかった。

彼の礼の意味は分からなかったけれど、それが世界の呪縛から解き放たれたことへの礼だったのなら、僕は嬉しい。
そう信じたかった。

僕は愛しさと罪悪感と劣情と色んなものが混ざった気持ちで彼を抱きしめた。

「……永遠に……僕を愛してくれる?」

情けなくも震えた声でそう尋ねた僕の腕の中で、彼はこくんと頷いた。
それだけで十分だった。

僕は確かに幸せだった。
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