愛に生きる。

高殿アカリ

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第一章 日常

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 次の日、愛生が目を覚ますと身体が温かい何かに包まれていた。横を見ると、周がすやすやと寝息をたてて眠っている。彼は上裸で愛生を抱きしめていた。
 綺麗な寝顔を見つめながら、愛生は周にすり寄った。筋肉質ながらもすべすべとした肌が心地よい。
 昨晩、あのまま気を失ってしまった愛生であったが、どうやら後処理は周が全てやっていてくれていたようで、身体に不快感は残っていない。甘い夜の残滓としてほどよい倦怠感があるだけだ。
 愛生は周を見上げながら、照れくさそうに唇を尖らせた。

「全く……自分は服も着ていないし。風邪ひいても知らないからな」

 そう言って周にキスをしようとした愛生だったが、そこで彼の様子が少しおかしいことに気が付いた。
 慌てて薄暗い部屋の向こうにある窓に目を向けると、しとしとと雨が降っている。
 愛生は心配そうな表情で、周の額に手を添えた。若干の熱を感じ取るもまだ高熱にはなっていないようだった。
 そのことにほっと安堵しながら、このあと周が高熱を出すことを経験上知っている愛生は幸福な倦怠感に身を任せることなく、自身の身体を起こした。
 雨の日の周はよく熱を出す。病院に行ってもいつもストレス性の発熱だと診断されるので、いつしか周は病院に通うことをやめた。
 心配そうな顔のまま愛生は周を起こさないようにベッドから出ようとしたのだが。くいっと袖を引っ張られる感覚がして下を向く。
 周がぼんやりと熱に潤んだ瞳で愛生を見上げていた。少しだけ色気を孕んだ瞳に愛生の心臓がどきりと反応する。

「しご、と……」

 周がぼんやりしたままうわごとを言うので、愛生ははぁと溜息をついた。

「仕事は休むこと!」

 びしっと指を差し出すと、人差し指をそっと握られる。ふふっと笑って周は返事する。

「愛生も……?」

 いつも、含みのある瞳にちょっぴり幼い様子が見えて、愛生の胸がきゅうっと締め付けられる。

「わかっ、た」
「じゃあ、寝る」

 安心したように笑って、周は再び眠りに落ちた。その様子を見届けて、愛生は今度こそベッドから立ち上がる。もう袖を引っ張られることはなかった。
 愛生は周のためにおかゆを作ったり、楽な部屋着を用意した。そのあと、店に臨時休業の張り紙をはり、もう一度家に戻ってくる。溜まっていた家事を片づけて数時間くらいが経ったところで、周が二階から降りてきた。
 愛生の用意した部屋着をちゃんと着てくれているようだ。のそのそとリビングのソファに座る周。ふらふらしているので、少し熱が上がってきたのかもしれない。

「部屋で寝ていたらいいのに。おかゆ持っていったよ?」

 愛生が不思議に思い、そう声をかけると周が眉を顰めた。

「いや。だって愛生、前それで仕事に行ってたし」

 むすっとした表情に愛生は、「あー」と言いながら頭を掻く。どうしても納車の予約が入っていたから一度だけ熱を出した周を置いて仕事に行ったことがある。そのあと、熱が下がった周は三日間、愛生を離してくれなかったのだ。抱きつぶされて、追加で二日間家から出られる状況じゃなくなり、それ以降、周が熱を出したときは必ず家にいるようにしている。

「それに……」

 ソファに座っている周にブランケットをかけて、ローテーブルに出来立てのおかゆを置いていると周が口を開いた。首を傾げて周の方を向く愛生。そんな愛生の純粋な眼差しから半ば逃れるように、周は横に顔を向ける。

「……一人でいると、悪夢、見るし……」
「そっか」

 愛生は周の頭に手を伸ばして、彼の柔らかな髪を撫でた。周が出来得る限り幸せでいて欲しい、そんな願いを乗せて。周が気持ちよさそうに愛生の手のひらを受け入れた。

「愛生」
「ん?」
「おかゆ、食べさせて」

 うっとりとした眼差しを向けられれば、愛生に断る理由はもうなかった。スプーンに一口サイズのおかゆを掬い、ふぅふぅと息を吹きかけて冷ます。そのあと、周の口元にスプーンを持っていくと嬉しそうな表情をして、周が口を開いた。
 ぱくりと周の口が閉じて、もぐもぐとおかゆを咀嚼する。いつもよりちょっぴり無防備な周の姿に愛生はちょっとだけどぎまぎする。
 一通り食べ終えさせると、周は大人しく薬を飲んだ。

「じゃあ、もっかい寝てくる」
「うん。わかった」

 周の言葉に頷いて、食器を片づけようと立ち上がる愛生。だが、周が愛生の腕を掴んだ。

「愛生も、一緒に。……ダメ?」

 昨日の攻めてくる妖艶な周とは裏腹に、風邪をひいたときの周は本当に無垢な子供のように見えた。ぐっと愛生が喉を詰まらせているうちに、彼は体格差と筋肉量を用いて愛生を抱き上げた。

「ちょ、ちょっと! 熱上がるから」
「大丈夫、薬飲んだし」

 慌てて愛生が下りようとするも、周は離してくれそうもない。それどころか、むしろぎゅうっと力を込められる始末。愛生は諦めて周の好きなようにさせた。
 二階に上がり、周は愛生をベッドに下すとすぐ隣に倒れ込んだ。愛生は心配になって周の額に手を当てると、やはり先程より少し体温が高くなっている気がする。
 やっぱり起きてきたからだ、と思った愛生がむぅっと眉根を寄せていると、周は幸せそうに笑って不機嫌な彼を抱きしめた。

「このまま、一緒に眠って……」

 周はそれだけを告げると、そのまますぅっと眠りに落ちていった。周の規則正しい寝息と少し高い体温を感じているうちに、愛生もまた夢の世界へといざなわれていく。

***

 周は悪夢を見ていた。いつも見る悪夢だ。彼は夢の中で、ここが悪夢であり、現実ではないことに気が付いていた。
 それでもなお、逃げられない恐怖が周を支配する。いつもなら、愛生と一緒に眠っていれば決して見ない悪夢。それが愛生を抱きしめていても見てしまうようになったのなら――。
 周はその事実に戦慄するほかなかった。
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