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Side Story ; His

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ゴードンたちを逃したあと、俺はリーンハルトの寝室へと向かった。

あの人は倉庫の壁をくり抜いた窓から外を眺めていた。
夜道がよく見えているだろう。

潮風が室内に吹き込む。
俺は黙っていた。

痺れを切らしたのはリーンハルトだった。

「逃したのか」

不機嫌さを隠そうともしない低い声だった。

黙っている俺を一瞥すると、リーンハルトは舌打ちをして手に持っていたワイングラスを床に投げ捨てた。

ガラスの割れる音に肩が揺れる。
乾いた唇を舐め、リーンハルトの瞳を見つめた。

「好きにすればいいさ。怒りを俺にぶつけるのは得意だろう? 拾ってもらったあの日から、俺のすべてはあんたのものなんだから」

自虐的に笑ってみせるのと、力強く腕を捕まれそのまま寝台に投げ出されるのは同時だった。

荒々しく乱暴に唇を塞がれ、リーンハルトの瞳の端が欲情に滲む。

獰猛なリーンハルトの舌が俺の口腔を蹂躙し、快楽に流れた涙が目尻を伝う。

やや性急的に服を脱がしてくるリーンハルトの動きを意識的に醒めた目で眺めながら、俺は過去の記憶を思い返していた。

そう言えば、あの夜も同じように怒りながら俺を組み敷いてきたんだった。

リーンハルトはいつだって怒りながら俺を抱くのだ。

俺の存在が彼にとって欲望の捌け口でしかないことは分かっていた。

分かっているから、俺は白けた気持ちを持続させなきゃいけないのだ。

そうでもしないと、悲しくなるだろう。
俺だけが彼に想いを馳せているなど、無謀な悲恋にしかならないじゃないか。
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