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Goodbye, Childhood.
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木から飛び降りると、クソ親父の血を引く義兄、少年期に私を虐めていたガキ大将、滅んだ王国の夢を未だ見続ける革命軍長が神妙な表情で私たちを待っていた。
リーンハルト、パウル、ピーターの顔を順繰りに見て、私は心底盛大なため息を吐いた。
「近頃の私はどうかしていたようですね。彼らが私の前に現れることで、過去に囚われすぎていました」
「分かればいいのさ」
ゴードンが私の肩を叩く。
それを見たピーターが吠えた。
「気安く触るな。その御方を誰だと思っている!」
「キャンキャンと子犬如きがうるさいことですね。耳が痛いです」
不愉快に眉を顰めた。
それを見たゴードンが、がはは! と楽しそうに笑っている。
むっとして私は彼を睨んだ。
相変わらずピーターが何か言っているが、ゴードンに詰め寄ることに夢中な私はそこに意識を向ける余裕などない。
「とは言え、貴方にも責任はあるのですよ。というか、貴方のせいなんですよ。貴方は私をほったらかしにする上に、自分で気づけだなんて無責任です。健気にも私は貴方を待っていたというのに」
私の反論さえも楽しいのか、彼はくくっと喉で笑うと私の銀の髪に手を差し込んでくる。
そしてそのまま、私を胸に抱き寄せると、耳元でそっと囁いた。
「でも、俺が守るのは違うだろう?」
心地よいテノールが私の耳を蹂躙する。
久しぶりのゴードンにこのまま身体を預けたくなってしまうが、私は精一杯怒っているふりをしければならない。
それが最大限の甘えと甘やかしの痴話喧嘩であることは暗黙の了解なのだ。
「貴方が私を連れ出したのですよ。家族になろう、と言って。今更、私を一人にするなど許されません」
むすっと怒ってみせて、私は彼を睨み上げた。
彼から見ると上目遣いにしか見えないことは重々理解している。
怒った私も愛してもらわなければならないのだから。
「ごめん、ごめん」
心にも思っていない軽さで、彼は謝る。
そして、私たちは額同士を合わせた。
こうすればほら、周りは一切合切見えなくなるでしょう。
澄んだ空色のゴードンの瞳だけを見ていた。
あの頃、どうしても欲しかった自由と同じ色をしていた。
二人きりの世界に入ろうとする私たちに、リーンハルトの声がかかる。
「おいおい、こんなところで見せつけなくても」
呆れたような声色に、私たちは同時に振り返った。
「「は?」」
声を揃えて青筋を立てた戦士二人の睨みに、リーンハルトしょんもりと落胆していた。
そしてそのまま、パウルに抱きついた。
それでいいのだ。
私は満足げに二人の姿を見ている。
そのことを不満に思ったゴードンはやや強引に私の顎を掬い、噛み付くような口づけをした。
ゴードンの男らしい唇が私の薄いそれと合わさったかと思うと、すぐに熱を孕んだ舌が私の口内に侵入してくる。
奥に逃げようとする私の舌を追いかけ、捕まえ、絡みつき、私たちは口腔内の鬼ごっこを楽しんだ。
天にも昇るような多幸感に包まれながら、私はゴードンと共に在れる今を噛み締めた。
過去からの使者はアンデッドに等しい。
しかし、大切なのはゴードンと対等に生きてきた十三年間の軌跡だ。
確かに、子どもの頃の経験がアイデンティティに無関係だとは言い切れない。
何度だって私を惑わしにかかるだろう。
過去の記憶たちは今この瞬間にだって私の寝首をかこうと隙をうかがっていることだろう。
それでも、あの頃の力のなかった私ではもうない。
国を出た後、一つずつ自分の選択で生きてきたのだから。
他の誰でもない、自分自身の意思で。
そしてそれを側でずっと見てくれていたゴードンがいる。
私たちはゆっくりと時間をかけて大人になっていった。
人間は空の青さに溶け込むことができないと分かっているし、楽園は自分で作らなくてはならないものだとも知っている。
その現実が決して寂しいものではない、ということも。
目の前で笑う無邪気な大人と一緒に学んできたのだから。
リーンハルト、パウル、ピーターの顔を順繰りに見て、私は心底盛大なため息を吐いた。
「近頃の私はどうかしていたようですね。彼らが私の前に現れることで、過去に囚われすぎていました」
「分かればいいのさ」
ゴードンが私の肩を叩く。
それを見たピーターが吠えた。
「気安く触るな。その御方を誰だと思っている!」
「キャンキャンと子犬如きがうるさいことですね。耳が痛いです」
不愉快に眉を顰めた。
それを見たゴードンが、がはは! と楽しそうに笑っている。
むっとして私は彼を睨んだ。
相変わらずピーターが何か言っているが、ゴードンに詰め寄ることに夢中な私はそこに意識を向ける余裕などない。
「とは言え、貴方にも責任はあるのですよ。というか、貴方のせいなんですよ。貴方は私をほったらかしにする上に、自分で気づけだなんて無責任です。健気にも私は貴方を待っていたというのに」
私の反論さえも楽しいのか、彼はくくっと喉で笑うと私の銀の髪に手を差し込んでくる。
そしてそのまま、私を胸に抱き寄せると、耳元でそっと囁いた。
「でも、俺が守るのは違うだろう?」
心地よいテノールが私の耳を蹂躙する。
久しぶりのゴードンにこのまま身体を預けたくなってしまうが、私は精一杯怒っているふりをしければならない。
それが最大限の甘えと甘やかしの痴話喧嘩であることは暗黙の了解なのだ。
「貴方が私を連れ出したのですよ。家族になろう、と言って。今更、私を一人にするなど許されません」
むすっと怒ってみせて、私は彼を睨み上げた。
彼から見ると上目遣いにしか見えないことは重々理解している。
怒った私も愛してもらわなければならないのだから。
「ごめん、ごめん」
心にも思っていない軽さで、彼は謝る。
そして、私たちは額同士を合わせた。
こうすればほら、周りは一切合切見えなくなるでしょう。
澄んだ空色のゴードンの瞳だけを見ていた。
あの頃、どうしても欲しかった自由と同じ色をしていた。
二人きりの世界に入ろうとする私たちに、リーンハルトの声がかかる。
「おいおい、こんなところで見せつけなくても」
呆れたような声色に、私たちは同時に振り返った。
「「は?」」
声を揃えて青筋を立てた戦士二人の睨みに、リーンハルトしょんもりと落胆していた。
そしてそのまま、パウルに抱きついた。
それでいいのだ。
私は満足げに二人の姿を見ている。
そのことを不満に思ったゴードンはやや強引に私の顎を掬い、噛み付くような口づけをした。
ゴードンの男らしい唇が私の薄いそれと合わさったかと思うと、すぐに熱を孕んだ舌が私の口内に侵入してくる。
奥に逃げようとする私の舌を追いかけ、捕まえ、絡みつき、私たちは口腔内の鬼ごっこを楽しんだ。
天にも昇るような多幸感に包まれながら、私はゴードンと共に在れる今を噛み締めた。
過去からの使者はアンデッドに等しい。
しかし、大切なのはゴードンと対等に生きてきた十三年間の軌跡だ。
確かに、子どもの頃の経験がアイデンティティに無関係だとは言い切れない。
何度だって私を惑わしにかかるだろう。
過去の記憶たちは今この瞬間にだって私の寝首をかこうと隙をうかがっていることだろう。
それでも、あの頃の力のなかった私ではもうない。
国を出た後、一つずつ自分の選択で生きてきたのだから。
他の誰でもない、自分自身の意思で。
そしてそれを側でずっと見てくれていたゴードンがいる。
私たちはゆっくりと時間をかけて大人になっていった。
人間は空の青さに溶け込むことができないと分かっているし、楽園は自分で作らなくてはならないものだとも知っている。
その現実が決して寂しいものではない、ということも。
目の前で笑う無邪気な大人と一緒に学んできたのだから。
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