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Port Town

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意識が戻ってくると、俺とメリッサは牢屋のような場所に閉じ込められていた。

誰かの足音が近づき、止まる。
俺は顔を上げた。

そこにはリーンハルトの隣にいた男がトレーを持って立っていた。

俺はこいつのこともよく知っている。
かつては同じ学舎に在籍していたのだから。

「久しぶりだな、パウル」

パウルの肩がびくりと揺れる。

同年代にしては随分と小柄な様子だ。
あまり発育よく育った訳ではないらしい。

「知り合いなの?」

メリッサの低い声が耳に届く。
いつの間にか部屋の隅に縮こまっている彼女に俺は顔を向けた。

「同郷のやつだ。俺とも、お前ともな。そしてクレオの因縁の相手でもあるのさ」

パウルは俯いており、表情を窺い知ることは出来ない。
彼はトレーの上に乗せられたパンを柵の隙間から俺に手渡した。

そのときにちらりと見えた唇はしっかりと結ばれており、何も言うまいという意志を感じた。

俺は軽い溜息をついて彼に話しかけた。
彼の小柄さなら多少暴力的に振る舞われたところでそんなに大きな怪我には繋がらないだろう。

それにどうやらクレオに対して罪悪感を抱いているようでもあるし。

「悪かったよ。クレオの名前を出したりして。大丈夫だ、あいつは元気でやってるし、お前の名前すら多分覚えてない。だから恨んでもいない。俺が保証する」

ちらりと彼は俺を見た。
だが、すぐについと視線を逸らした。

心なしか肩が震えている。

怯えているのか?
でも一体何に?

訝しげにパウルを見ている俺に、彼は少しずつ口を開き始めた。
どうやら話す気はあるようだ。

「……まさか、何も聞かされていないのか?」
「何もって何をだ?」

「クレオにはちゃんと謝ったし、受けるべき罰も受けた、と思う。クレオが俺のことを覚えていないのならそれでいい。もう終わったことだという認識なんだと思う」

ぽそぽそと話す姿はどこか弱々しく、かつてクレオを虐めていた同一人物にはどうしても見えない。

拭えぬ違和感はけれどもパウルの言葉によって霧散に消えた。

「それより、今はあんたたちのことだ。あんたとクレオが国を逃げた後、少しずつあの人は、リーンハルトはおかしくなっていった。暴力的なあの人の本質が表面に出るようになってきた。本当は誰も攫わせたり、こんな風に誰かを閉じ込めさせたりもして欲しくない。だから、あんたらを逃がすよ」

へらりと笑ったパウルはどこまでも泣きそうな顔をしていたから、俺は柵の間から手を伸ばした。

頭をがしがしと撫でて、笑い返した。

「ありがとな」

クレオを虐めていた過去は消えない。
けれど、あんなに横柄だった彼が怯える程の何かがあったのだろう。

彼を許すか許さないのか、あとはクレオの問題だ。
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