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Port Town

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リーンハルトの言葉の意味を初めて知ったのは国を出てすぐのことだった。

外の世界には腐敗した肉体があちらこちらに徘徊していた。
それもただ徘徊するばかりか、奴らは俺たちに襲い掛かってくる。

不吉な予感がして、とにかく怪我をしないように奴らを薙ぎ倒した。

それが正解だと知ったのは外の世界へ飛び出してから数日経った頃だった。
たまたま逃げ込んだ家屋で一緒になった人間がアンデッドに噛みつかれたのだ。

彼はそのまま吐血して死んだ。
――かのように見えたが、しばらくのち彼は再び息を吹き返したのだ。

外に徘徊するアンデッドと同じように。

――――死者の蘇り。
俺たちはそのことを知らずにこれまで生きてきたのだった。

俺たちは生きる屍が誕生した瞬間を目の当たりにし、感染が原因であることを理解した。

彼らの体液が体内に入らない限りは感染しない。
だが一度でも噛まれてしまったら……。

そこで気付いた。
なぜ図体だけ大きい俺が庶民の代表として王立学園に通えたのか、貴族のお坊ちゃんたちにも実技科目があったのか、犯罪者は処刑される閉鎖都市でなぜ武器を使う練習が必須となされていたのか。

大人たちは知っていたのだ。
城壁が作らなくてはならない理由も、独裁者たる国王に逆らえないことも。

世界はとうの昔に破綻していて、俺たちは残り少ない人類であった。
ディストピアを生き抜くために小さなコミュニティを築き、かつての文明を闇に葬り去った。

城壁に囲まれた閉鎖的な王国で人々は束の間の安寧を得る。
一度我が家を持ってしまったが最後、国民は現実を見なくなった。

恐怖に怯える日々が残した傷跡は深い。
決して癒えぬ病が心を蝕んだ。

大人たちは願った。
こんな世界が嘘であるように。

まるでごっこ遊びのようにちゃちな王権制度を作り、子どもたちには王国内が世界の全てであると嘘をついた。

それで全てが上手くいくはずだった。
国民たちは愚かにもそう信じてやまなかった。

その歪な世界の暗がりに堕ちたのがクレオでなかったら。
愛する母さんや妹でなかったら。

俺はもう少し『果てなき王国』を愛せていたのかもしれなかった。

世界の不条理を感じながら、絶え間なく襲ってくるアンデッドたちを前に、皮肉にも王国内で学んだことを武器にしてクレオを守る日々が始まった。
 
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