9 / 10
9
しおりを挟む鏡夜に呼び出された美織は、うきうきとした心持ちで本郷家へと向かった。
しかし、そんな彼女の心を嘲笑うかのように、鏡夜は残酷な言葉を彼女に告げる。
「美織、別れよう」
この言葉がトリガーだった。
ふわふわと今にも消えてしまいそうな外見をした美織ではあったが、その内面は少しばかり強かだったのだ。
彼女は優しげな目元をそのままに、強ばった表情でこう告げた。
「……家が、許さないわよ。これはもう私たちだけの問題ではないの。朝比奈家と本郷家の問題でもあるのよ」
美織の言葉に鏡夜は眉一つ動かさない。
「大丈夫だ。俺は美琴と結婚するから。朝比奈家にとっては、本郷家と繋がるための駒が美琴であろうと、美織であろうと、どっちだっていいはずだしな」
「そんな、どうして……」
震えるか弱き彼女に、鏡夜はさらに冷徹な言葉を突き刺す。
「……高校生の頃、俺たちはまさにロミオとジュリエットだったよな。それだけドラマチックな恋愛をしていた。……いや、なるべく周りからロマンチックに見えるよう計算していた」
「全部、全部、嘘だったの……」
ぽろぽろ涙を流す美織。
その姿はあまりにも儚い幻のようであった。
「あぁ、俺は嘘つきだからな。……でも、お前だって俺と同類だろ?」
「な、なんの話?」
「家の為なら何でもする。どんな嘘でも貫き通す。……身体が弱かったってのは何歳くらいまでの話なんだ?」
その言葉に、美織のつぶらな瞳がはっと大きく見開かれる。
「……知っていたのね」
ぽつりと呟いた彼女は、今までの弱々しいお姫様ではなかった。
そこには、朝比奈家を担う令嬢の姿があった。
鏡夜は、くっと笑った。
「そういう強かな所は結構気に入ってたんだけどな」
むっすりと腕を組んで鏡夜を睨みつける美織。
「どうして、私じゃ駄目なの?」
「納得してないんなら、試してみるか?」
美織が何かを告げる前に、鏡夜はその唇を塞いだ。
ぴちゃぴちゃと水音が聞こえるも、頬を染め息を荒らげているのは美織だけだった。
そのまま、鏡夜の手が美織の胸元に伸びてゆく。
「あ、」
美織が切なく声色と表情で鏡夜を誘うも、彼のものは一切反応しない。
二人の口が離れて、名残惜しそうなのも美織だけだ。
「これで分かっただろ? 俺をぞくぞくさせてくれるのは、あいつだけなんだよ」
「……っ」
悔しさから美織は顔を醜く歪ませる。
「あいつの屈しない顔が、俺を興奮させるんだ」
「……ただの、変態じゃない」
「勝手に言えばいいさ。何をどう言われようと、俺は別に傷つきやしないから」
余裕綽々の鏡夜に、美織の悔しさは募るばかり。
それを楽しそうに見ながら、彼は先程から扉の向こう側に見える背中に声をかけた。
「そこにいるんだろ? ……出てこいよ」
自分に向けられたことのない、甘くて優しい声色に美織は勢いよく後ろを振り返った。
扉から怖々と顔を出したのは、美織の腹違いの妹、美琴だった。
自分とよく似た顔立ちの、いいや、自分より遥かに劣っている彼女の姿を見て、美織の中に抑えきれない怒りがふつふつと湧き上がった。
大して綺麗でもないくせに。
大して恵まれてもいないくせに。
そう思うも、決して美織の手に入らないものを美琴が持っていることを知っているから。
温かい家族もいて。
好きな仕事も出来て。
……彼の心まで奪っていくというの?
とはいえ、そんな弱い心を表に出せない、否、出さないのが朝比奈美織であった。
彼女はきっと眉を吊り上げると、そのまま美琴に向かって走った。
0
お気に入りに追加
31
あなたにおすすめの小説
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?


アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。

記憶がないなら私は……
しがと
恋愛
ずっと好きでようやく付き合えた彼が記憶を無くしてしまった。しかも私のことだけ。そして彼は以前好きだった女性に私の目の前で抱きついてしまう。もう諦めなければいけない、と彼のことを忘れる決意をしたが……。 *全4話
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる