姉の婚約者

高殿アカリ

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静かな私の声に、彼の指がぴくりと動いたのが分かった。
しかし、何もなかったかのように、再び彼の身体が動き出した。

聞こえているはずなのに、彼は聞こえていないふりをしているのだ。

丁寧に丁寧に、彼は私の官能を高めていく。

彼の口が私の耳を甘噛みし、首にキスマークを落とす。
彼の手が私の手を探し求めると、指先を絡めてくる。

今までの力任せなやり方との違いに、脳が溶けちゃうんじゃないかと思った。

私たちの間に流れる吐息が甘くて哀しかった。
この甘さが刹那だと知っているから、哀しくてしかたがなかった。

「声、出せよ……」

長い愛撫の後、鏡夜の手がようやっと私の服を脱がしていく。
そのとき、ちらりと自分のおへそが見えた。

そこに宿る命に思いを馳せ、私は彼から与えられる快感から逃れようと抵抗する。

「嫌っ!」

彼の手を振り払い、脱がされた服を抱き寄せた。
突然のことに驚いていた彼も、気を取り直すとすぐに私の手首をまとめた。

はらりと服が虚しく落ちていく。

鏡夜の荒々しい口付けが私から言葉を奪った。

「んっ!」

口内を蹂躙する彼の舌の動きに、私の背筋を快感が走り抜ける。
その後を追うように、彼の指先も背中を這っていく。

「は、ぁ」

唇が千切れてしまいそうなくらいに吸いつかれたあと、彼は唇を離した。
二人の口の間にどちらのとも分からない唾液が糸を引いていて、私の頬は羞恥に染まった。

ねっとりと彼の視線が私の身体を舐めまわす。
彼の舌と指が私の胸を弄び始めた。

いやらしく二つの丘を行ったり来たりするその動きに、私は気が遠くなりそうだった。

「……駄目……」

そんな言葉も弱々しいばかりで説得力もない。
鏡夜が意地悪そうな笑顔で噛みついてくる。

その獰猛な表情が私の熱を煽った。
それを見透かしたみたいに、彼もまた生まれたままの姿になると私に覆いかぶさってきた。

「逃げるお前が悪いんだからな」

彼の熱いものが私の入り口を叩く。

「やだっ! やめて!」

突然、女の金切り声が聞こえてきた。
少しして、それが自分のものだと気がつく。

そのことに呆然としながらも、私は恐怖のために泣きじゃくった。

とても怖かった。
もしも、お腹の子に何かあったら?

そのことで頭がいっぱいだった。

「……やめ、て」

ぼろぼろと声を出して泣きながら、私は彼の胸を拳で殴った。

思えば、こんなに本気で抵抗したのは初めてだった。
鏡夜はおろおろとしながら、私に尋ねる。

「ど、どうしたんだ?」

その間抜けな姿を可愛いと思う自分を叱咤して、私は彼を睨みつけた。

「だから、もう役目は終わったの!」

勢いに任せて言ってしまったあと、後悔した。

あぁ、これでようやく彼は私から解放されるんだ。
……この子も、美織に取られちゃうんだ。

諦めた私は何もかもを話すことにした。

「赤ちゃんができたのよ……」

鏡夜の喉がひゅっと鳴った。

なるべく彼の方を見ないようにしながら、一度大きく深呼吸をして、私は続けた。

「分かってる。本当は、逃げずにちゃんと役目を果たさなくてはならないって。そういう契約だからね。……でも、どうして美織なの?」

少し待ってみるも、彼の口からその答えが発せられることはなかった。

「美織のことはよく知らないけれど、彼女はきっと優しいんでしょうね。見るからに深窓のお姫様って感じだもの。さらに、身体が弱いなんて。私が男でも好きになるなぁ」

一粒の涙が溢れて、私は醜く笑った。

「だけど、そんな彼女を狡いと思ってしまうのが女の私。父親も、財力も、仕事まで奪った彼女に、この子まで奪われなくちゃいけないの……?」

……あなたが私に触れた証でもあるのに。

さすがにその言葉までは言えなくて、私はぎゅっと目を瞑り、血の滲むまで唇を噛み締めた。

そのあと、布擦れの音がして彼の気配が消えた。
目を開けると、既に鏡夜の姿はそこにはなかった。

結局、彼は何も言わなかった。

絶望に震える身体を無理矢理起こして、私は本郷家に帰ることにした。

悪足掻きはここまでだ。
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