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田沼優希は、僕の二つ上の幼馴染だ。
彼女は僕の隣の家に住んでいて、小さな頃からよく面倒を見てもらっていた。
優希はその名前の通り優しく、そしてしっかりとした女性だった。
そんな彼女に幼い僕が憧れの気持ちを抱くのは当然のことだったのかもしれない。
されど、僕と優希の間には年齢というどうにも抗いがたい壁が存在していた。
二学年という差は、十代の僕達にはとても大きな差だったのだ。
高校生になる頃には、僕の淡い初恋は心の奥底へと眠りについていた。
時折、優希の姿を通学電車の中で見かけては、ひっそりと溜息をつくばかりであった。
そんな折、僕は同じクラスメイトの女の子から呼び出しを受けた。
高校二年の初夏だった。
夏の気配を含んだ風が屋上を駆けていく。
僕の目の前には、頬を赤く染め、俯いている少女がいた。
「す、好きです」
シンプルにそう言って、彼女はそのまま下を向いたのだ。
彼女とは、一年生の頃から一緒に保健委員をしていた。
平均よりも低い身長の彼女の華奢な肩は、緊張からか細かく震えていた。
思わずその肩を抱き締めたい、そう思ってしまったのは僕が健全な男子高校生だからなのだろう。
くりくりとした大きな丸い瞳は、心なしか潤んでいる。
キャラメル色のふわふわとした髪の毛も、庇護欲を掻き立てるものであった。
それはつまり、きりっとした猫目で幼い頃から大人っぽい容姿をしていた優希とは、正反対の女の子だということだ。
……だからだったのかもしれない。
「じゃあ、付き合おうか」
僕がそう言って、目の前にいる彼女を抱き締めたのは。
まるで叶わない初恋への当てつけのように。
決して報われない優希への想いを振り切るかのように。
彼女との付き合いたては順調だった。
僕の彼女は誰が見ても可愛らしい女の子だったし、同じクラスの男子生徒たちからは心底羨ましがられた。
小柄な彼女の小さな手を取って廊下を歩くときなど、僕の心は彼女への愛おしさと優越感とで満たされていた。
そんなある日。
彼女を家に送り届けた後、帰路についていた僕の肩を誰かが叩いた。
少し驚いて後ろを振り返ると、そこには悪戯に瞳を輝かせた優希がいた。
「久しぶりだね、悟」
「あぁ、久しぶり」
何の屈託もなく声をかけてきた優希とは反対に、僕はどこかぎこちなかった。
だけど、そんな僕の様子に優希は少しも気付かない。
そのことがやっぱり少しだけ悔しい。
「最近、どうなの?」
「……どうって」
「ほら、私が高校生になったくらいからあんまり話さなくなっちゃったじゃない?」
「そ、れは……」
丁度、優希への想いに気付いた頃だったからだ。
答えに詰まった僕を、優希はどこか寂しげな瞳で見つめてくる。
二つ上の優希は、もう既に大学生になっていた。
モノトーンを基調とした私服は、綺麗な優希には良く似合っていた。
制服姿の自分が恥ずかしかった。
一つだけ幸いなことがあるとすれば、彼女がまだ未成年だということだろうか。
そんな些細な共通点さえも、来年の彼女の誕生日には呆気なく無くなってしまうものなのだが。
「まぁ、いいか。そんな過去のことを掘り返さなくても」
あっけからんとそう言い放った優希は、相変わらず男前だ。
「ねぇ、それより聞いたよ、おばさんから」
「何を」
何だか嫌な予感がした。
「悟、彼女が出来たんだって?」
ほら、僕の予感は良く当たるのだ。
にっこりと笑って、自分のことのように喜ぶ優希の姿に心が痛んだ、気がした。
彼女は僕の隣の家に住んでいて、小さな頃からよく面倒を見てもらっていた。
優希はその名前の通り優しく、そしてしっかりとした女性だった。
そんな彼女に幼い僕が憧れの気持ちを抱くのは当然のことだったのかもしれない。
されど、僕と優希の間には年齢というどうにも抗いがたい壁が存在していた。
二学年という差は、十代の僕達にはとても大きな差だったのだ。
高校生になる頃には、僕の淡い初恋は心の奥底へと眠りについていた。
時折、優希の姿を通学電車の中で見かけては、ひっそりと溜息をつくばかりであった。
そんな折、僕は同じクラスメイトの女の子から呼び出しを受けた。
高校二年の初夏だった。
夏の気配を含んだ風が屋上を駆けていく。
僕の目の前には、頬を赤く染め、俯いている少女がいた。
「す、好きです」
シンプルにそう言って、彼女はそのまま下を向いたのだ。
彼女とは、一年生の頃から一緒に保健委員をしていた。
平均よりも低い身長の彼女の華奢な肩は、緊張からか細かく震えていた。
思わずその肩を抱き締めたい、そう思ってしまったのは僕が健全な男子高校生だからなのだろう。
くりくりとした大きな丸い瞳は、心なしか潤んでいる。
キャラメル色のふわふわとした髪の毛も、庇護欲を掻き立てるものであった。
それはつまり、きりっとした猫目で幼い頃から大人っぽい容姿をしていた優希とは、正反対の女の子だということだ。
……だからだったのかもしれない。
「じゃあ、付き合おうか」
僕がそう言って、目の前にいる彼女を抱き締めたのは。
まるで叶わない初恋への当てつけのように。
決して報われない優希への想いを振り切るかのように。
彼女との付き合いたては順調だった。
僕の彼女は誰が見ても可愛らしい女の子だったし、同じクラスの男子生徒たちからは心底羨ましがられた。
小柄な彼女の小さな手を取って廊下を歩くときなど、僕の心は彼女への愛おしさと優越感とで満たされていた。
そんなある日。
彼女を家に送り届けた後、帰路についていた僕の肩を誰かが叩いた。
少し驚いて後ろを振り返ると、そこには悪戯に瞳を輝かせた優希がいた。
「久しぶりだね、悟」
「あぁ、久しぶり」
何の屈託もなく声をかけてきた優希とは反対に、僕はどこかぎこちなかった。
だけど、そんな僕の様子に優希は少しも気付かない。
そのことがやっぱり少しだけ悔しい。
「最近、どうなの?」
「……どうって」
「ほら、私が高校生になったくらいからあんまり話さなくなっちゃったじゃない?」
「そ、れは……」
丁度、優希への想いに気付いた頃だったからだ。
答えに詰まった僕を、優希はどこか寂しげな瞳で見つめてくる。
二つ上の優希は、もう既に大学生になっていた。
モノトーンを基調とした私服は、綺麗な優希には良く似合っていた。
制服姿の自分が恥ずかしかった。
一つだけ幸いなことがあるとすれば、彼女がまだ未成年だということだろうか。
そんな些細な共通点さえも、来年の彼女の誕生日には呆気なく無くなってしまうものなのだが。
「まぁ、いいか。そんな過去のことを掘り返さなくても」
あっけからんとそう言い放った優希は、相変わらず男前だ。
「ねぇ、それより聞いたよ、おばさんから」
「何を」
何だか嫌な予感がした。
「悟、彼女が出来たんだって?」
ほら、僕の予感は良く当たるのだ。
にっこりと笑って、自分のことのように喜ぶ優希の姿に心が痛んだ、気がした。
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