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しおりを挟む淡い夕方の光が放課後の教室を満たしていた。
苺が晴れやかな笑顔で窓枠に立っている。
「ねぇ知ってる?」
柔らかなあの子の声が耳に届く。もうこの声を聞くことも出来ないのだと唐突に気が付いて、あたしはなんだか愛しい気持ちになった。
それから唐突に苺の表情が固まって、なんだか変な様子だった。あたしの目に静まり返った放課後の教室が不気味に映る。
「どうかした?」
「……え?あ、あの、あなたは誰ですか?」
タチの悪いお巫山戯だと思った。だってそうでしょ。落ちる前に記憶喪失になるなんて聞いてない。
「ちょっとやめてよ。記憶喪失になる練習でもしてるわけ?」
泣き笑いみたいな声しか出せなかった。それを見て苺が「えへへ!びっくりした?」って言うんだ。きっとそうだよ。
だけど現実は違った。あの子はやっぱり困惑した表情のままに首を傾げている。
重たい沈黙が教室を支配していく。
「ははっ」
乾いた笑い声しか出なかった。昨日落とした植木鉢が原因?にしてもタイミング悪過ぎ。記憶喪失になりたかったことを説明するべき?
思考回路がぐるぐる回ってあたしの頭までおかしくなりそうだった。
だけど、あの子は何も言わない。文字通りまっさらな目であたしを見てくる。
あぁ本当に記憶失っちゃったんだね。
苺が戸惑ったまま突っ立っていたのが悪い。見知らぬ他者に無防備だったのが悪い。何より、あたしという馬鹿を友達にしたのがもう駄目。最初から駄目。理解しようとしない人間なんかを信用しちゃいけなかったんだよ。
対話なき関係は関係値すら与えられないんだから。
大したことの無い平凡な過去しかないくせに、やけにすっきりした表情をしていた。記憶の全てを精算したあの子を見て素直に嫉妬した。
ほんのちょっぴり、忘れられたことも悲しかったんだとも思う。
だから、あたしは苺の胸を押した。とんって押しただけで苺は真っ逆さまに堕ちてった。記憶喪失のあの子はとてもびっくりしていた。ざまぁみろ。
……ねぇ、あたしだけの親友を返してよ。
苺は誰の記憶にも残りたくないんだって言ってた。
みんなが苺を褒めるから。可愛いね、賢いね、良い子だね、優しいね、すごいね、上手だね。
みんなが苺を愛してた。だから彼女は記憶喪失になりたいんだって。
それを聞いた時、十代特有の自意識過剰だねって思ったよ。苺は認識していなかったかもしれないけれど、持ち上げられること自体には快感を得ていたはずだ。
わざわざ教室の隅にいたあたしまで苺の舞台に上がらされたんだから。
理解しようとしない人間が欲しかった?嘘つき。理解しようとしない人間と仲良くなれる「特別な自分」が欲しかったんでしょ。
でも良かったね。これで「特別な自分」になれたじゃん。
みんなに愛されて期待されて、そんでも自殺しちゃった可憐な女の子。みんなきっと忘れないよ。
あるいは真実が伝わるかもしれない。記憶喪失になりたくて失敗しちゃった可哀想な女の子ってね。
さよなら苺ちゃん、これでハッピーエンドだ。
苺には必ず絶対守ってくれるママがいて、あたしは事情聴取の後たった一人きりで警察署を出てきた。それが答えじゃんね。
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