さよなら苺ちゃん

高殿アカリ

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あたしは制服のポケットからスマホを取り出した。カメラロールを漁るとわりとすぐに動画は見つかった。

液晶画面の向こう側からあどけない笑顔であの子がこちらを見ていた。ぞっとするほどに甘く幼い笑顔だった。



『私、野原苺はこれから記憶喪失になります。その為に親友の鳳梨が手伝ってくれます。記憶喪失になった私、何か困ったことがあったら鳳梨を頼ってね!』

『えー、やだよー』



きゃっきゃと十代特有の笑い声が耳に痛い。そして唐突に映像は途切れた。その乱雑さがあたしたちらしいと思った。



「なるほど、ありがとう。……事件当日のことを聞かせてもらえるかな?」

刑事の鋭い眼光を受けながら、あたしは思考を巡らせた。



「えーっと、あの日は確か……」



あの日、苺は最後の挑戦をすると息巻いていた。

『鳳梨、私決めた!今日で確実に記憶喪失になる!』

『そう、頑張って』



『さては本気にしてないなぁ?』

『別にそんなことは無いけど』



『ま、いいや。私これから飛び降りる。そんで生き残ったら記憶喪失になれると思う』

『……生き残らなかったら?』



『死ぬだろうね』

『そ、んなの』



『ギャンブルだよ。私は最後にギャンブルに挑む!鳳梨、証人になってよ』



まるで悪戯が成功したみたいな笑顔でそう言ったあと、宣言通りあの子は挑んだ。で、負けた。



私はあの子の言う通り証人としてそれを見守っただけなのだ。



「助けようとは思わなかった?死ぬとは思わなかった?」

話が終わるや否や、刑事が少し責める口調であたしに聞いてきた。



「何、刑事さんまでそんなこと言うの?当たり前だけど死んで欲しくはなかったよ。でもあたしのエゴで苺のしたいことを止める理由にはならないとも思った。……はぁ、これだけの事で非常識扱いされるのは懲り懲りなんだけど」

十代で多かれ少なかれみんな非常識なんじゃないの。そういう生き物なんじゃないの。



あたしのため息混じりの言葉に刑事は少し冷静になったようだ。



「……最後に一つだけ聞かせてくれるかな?」

あたしは頷く。

「君は苺さんが記憶喪失になりたい理由を知っていたかい?」

「いいえ。知りたいとも思わなかった。理解し合えることだけが友達になれる条件ってわけでもないでしょ」

あたしの返答に刑事は口を噤んでいる。こちらの言い分を理解しようとしてくれているのかもしれないけど、そもそも相互理解なんてものを求めてはいない。

あたしは自分勝手に口を開き続けた。



「分かり合うことが出来ないからこそ、繋がりを持つことが可能なんだって信じてるんだよ。あたしは苺の周りにいる人達みたいに苺を理解しようとはしなかった。だから苺の特別になれた。それがあたしたちが親友であることの証明にもなるんじゃん。……あの子のことを何も知らないで!って苺のママにさっき頬を殴られたけど正直それはあたしの台詞じゃない?笑っちゃうよね。知ってるから何?人間同士の交流に知識量なんて必要なくない?」

そもそも人間同士分かり合えなきゃいけない、なんて誰が決めたよ。



それで事情聴取は終わった。

刑事も二度とこんな面倒臭い奴と面談なんてしたくないと思ったことだろう。



苺のママはあたしを殴ったことを多少なりとも後ろめたく感じていたのか、はたまた警察から注意でも受けたのか、以降あたしが不利益を被ることは無かった。



にわかには信じ難いが、苺のことを知っているみんなが「自殺するような子じゃなかった」って口を揃えて言うものだから、警察も事故として片付けた。

あの子が記憶喪失になりたかったことを誰がどこまで本気で信じているかは分からなかったけれど、こうしてあたしの悲願は達成されたのだった。



めでたしめでたし、ってね。
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