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七話
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日差しが智絵へと降り掛かる。
閉じた瞼越しに感じる陽光の熱は、微睡の中にある朧げな意識を呼び覚ます。
「ん~……んうっ」
身体をぐうっと、布団の上下から手足が飛び出しそうになるくらい伸ばす。
漏れ出た気持ち良さそうな声が収まると、智絵の意識は一気に浮上する。
「――はっ!」
智絵は飛び起きた。
ここが見慣れない部屋で、一瞬自分は何故ここに居るのか分からなくなってしまっていたが、直ぐに経緯を思い出す。
枕元にあるスマホの画面を慌てて覗き込むが、時刻は既に、午前九時を過ぎていた。
智絵は急いで着替え始める。
「やばいやばい! 泊めて貰ってるのに、こんな時間までっ」
昨晩寝る前に、智絵は今日の朝食を作りますと心白に進言していのだ。
別にいいのにと言う心白を押し切って、作らせて下さいとまで言ってしまった手前、出来ませんでしたなどという事態は何としても避けたい。
それにそう決まってから、夜だというのに心白が買い出しにまで行ってくれたのだ。
食材がないからと、さも当然の様に買って来てくれたのだから、失敗する訳にはいかない。そう思っていたのにこれでは、目も当てられない。
心白が遅起きである事を願いつつ、着替えを終えた智絵は部屋を出て、リビングの扉を開けた。
そこにはソファーに寝転ぶ心白の姿があった。
着ている服はジーンズに長袖のシャツというシンプルな格好。
夜に着ていた服から変わっていたので、ここで寝てしまった訳ではないらしい。
「心白さん、ごめんなさ……あ、寝てる」
心白は気持ち良さそうに寝息を立てていた。ラッキーだ。ツイている。
智絵は小さくガッツポーズをしてしまう。
失態を冒さず安堵した智絵はキッチンへ向かう。
昨日の夜のうちに調理道具は粗方、何が何処にあるか教えて貰っているので、問題なく調理を始められる。
「よしっ、やるぞ」
小さい声でふんすっと、意気込む。
智絵は料理に自信があった。
普段から一人で料理をする事が多く、自分で食べたいものは自分で作っていたお陰でそれなりの腕を持っている。
多彩な調理器具を適切に駆使し、智絵はあっという間にリビングへ、食欲が唆られる香りを送り届ける。
料理をほぼ作り終えたところで、その香りに鼻をひくつかせた心白が、ソファーの上でもぞもぞと身動いだ。
むくり、と。
心白はソファーの背もたれから、智絵の方へ顔を出す。
「……朝ご飯」
「あっ、おはようございます、心白さん」
「……おはよう」
智絵は、心白の目の焦点が合わずふらふらした有様を見て、ふふっと笑ってしまう。
「朝弱いんですね」
「智絵が……」
「あたしが?」
「朝ご飯、作ってくれるって、言ってたでしょ。だから待ってたんだけど、来ないから……此処で寝ちゃって」
「すみません、ごめんなさい」
勢い良くお辞儀をして謝った智絵。
寝坊を無かった事に出来たと思っていたので、その罪悪感は中々に大きい。
「朝ご飯、なに」
心白は特に気にする素振りも無く、覚束ない足取りでキッチンに備え付けられたカウンター席に着席する。
智絵はカウンターがある小洒落た内装を、まるでお店みたいだと少しわくわくしながら、心白の前に料理を出す。
「心白さんの要望通り、朝はさっぱりと和食にしました。昨日、心白さんが食材を買って来てくれたので、結構しっかりした物が作れましたよ」
「良い匂い」
「鮭の焼き魚と、味噌汁。それから、あんかけ湯豆腐にひじきの煮物です。もう少し野菜が欲しかったんですけど、その、無かったので……」
「私、野菜嫌いだから」
「でも、食べた方がいいんじゃ」
「嫌いだから」
「ええー……」
「食べないから」
智絵は頑として食べる気はないと言う心白の強情さに、引き下がるしかない。
心白の前に料理を並べ終え、次に自分の分を隣に並べていく。
それを待っていたのか、心白は準備を終えた智絵が隣に座ってから、手を合わせて頂きますと呟いた。
智絵も隣のお手本に習い、習慣の言葉を口にして味噌汁を手に取る。
二人は鏡の様に同じタイミングで、同じ動作で、味噌汁を啜った。
お互いにその様子を横目で捉えていたようで、お互いに顔を見合わせ、少しして同時に笑い合う。
「どうです、味、大丈夫ですかね」
「うん。ちょっとしょっぱい」
「ええ!?」
「次はもうちょっと薄味で」
「あ……わ、分かりました」
次がある。
それを思うと、智絵の心にゆとりが生まれた。
と同時に、全く取り繕う事のない心白の発言が余りにも清々しくて、また笑ってしまう。
「なに」
「いや、心白さん、左利きなんだなあって」
「見て通り左利きだけど。それが面白かったの」
「いいえ」
「……変な子」
「酷い!?」
朝食のひと時は、とても騒がしいものであった。
閉じた瞼越しに感じる陽光の熱は、微睡の中にある朧げな意識を呼び覚ます。
「ん~……んうっ」
身体をぐうっと、布団の上下から手足が飛び出しそうになるくらい伸ばす。
漏れ出た気持ち良さそうな声が収まると、智絵の意識は一気に浮上する。
「――はっ!」
智絵は飛び起きた。
ここが見慣れない部屋で、一瞬自分は何故ここに居るのか分からなくなってしまっていたが、直ぐに経緯を思い出す。
枕元にあるスマホの画面を慌てて覗き込むが、時刻は既に、午前九時を過ぎていた。
智絵は急いで着替え始める。
「やばいやばい! 泊めて貰ってるのに、こんな時間までっ」
昨晩寝る前に、智絵は今日の朝食を作りますと心白に進言していのだ。
別にいいのにと言う心白を押し切って、作らせて下さいとまで言ってしまった手前、出来ませんでしたなどという事態は何としても避けたい。
それにそう決まってから、夜だというのに心白が買い出しにまで行ってくれたのだ。
食材がないからと、さも当然の様に買って来てくれたのだから、失敗する訳にはいかない。そう思っていたのにこれでは、目も当てられない。
心白が遅起きである事を願いつつ、着替えを終えた智絵は部屋を出て、リビングの扉を開けた。
そこにはソファーに寝転ぶ心白の姿があった。
着ている服はジーンズに長袖のシャツというシンプルな格好。
夜に着ていた服から変わっていたので、ここで寝てしまった訳ではないらしい。
「心白さん、ごめんなさ……あ、寝てる」
心白は気持ち良さそうに寝息を立てていた。ラッキーだ。ツイている。
智絵は小さくガッツポーズをしてしまう。
失態を冒さず安堵した智絵はキッチンへ向かう。
昨日の夜のうちに調理道具は粗方、何が何処にあるか教えて貰っているので、問題なく調理を始められる。
「よしっ、やるぞ」
小さい声でふんすっと、意気込む。
智絵は料理に自信があった。
普段から一人で料理をする事が多く、自分で食べたいものは自分で作っていたお陰でそれなりの腕を持っている。
多彩な調理器具を適切に駆使し、智絵はあっという間にリビングへ、食欲が唆られる香りを送り届ける。
料理をほぼ作り終えたところで、その香りに鼻をひくつかせた心白が、ソファーの上でもぞもぞと身動いだ。
むくり、と。
心白はソファーの背もたれから、智絵の方へ顔を出す。
「……朝ご飯」
「あっ、おはようございます、心白さん」
「……おはよう」
智絵は、心白の目の焦点が合わずふらふらした有様を見て、ふふっと笑ってしまう。
「朝弱いんですね」
「智絵が……」
「あたしが?」
「朝ご飯、作ってくれるって、言ってたでしょ。だから待ってたんだけど、来ないから……此処で寝ちゃって」
「すみません、ごめんなさい」
勢い良くお辞儀をして謝った智絵。
寝坊を無かった事に出来たと思っていたので、その罪悪感は中々に大きい。
「朝ご飯、なに」
心白は特に気にする素振りも無く、覚束ない足取りでキッチンに備え付けられたカウンター席に着席する。
智絵はカウンターがある小洒落た内装を、まるでお店みたいだと少しわくわくしながら、心白の前に料理を出す。
「心白さんの要望通り、朝はさっぱりと和食にしました。昨日、心白さんが食材を買って来てくれたので、結構しっかりした物が作れましたよ」
「良い匂い」
「鮭の焼き魚と、味噌汁。それから、あんかけ湯豆腐にひじきの煮物です。もう少し野菜が欲しかったんですけど、その、無かったので……」
「私、野菜嫌いだから」
「でも、食べた方がいいんじゃ」
「嫌いだから」
「ええー……」
「食べないから」
智絵は頑として食べる気はないと言う心白の強情さに、引き下がるしかない。
心白の前に料理を並べ終え、次に自分の分を隣に並べていく。
それを待っていたのか、心白は準備を終えた智絵が隣に座ってから、手を合わせて頂きますと呟いた。
智絵も隣のお手本に習い、習慣の言葉を口にして味噌汁を手に取る。
二人は鏡の様に同じタイミングで、同じ動作で、味噌汁を啜った。
お互いにその様子を横目で捉えていたようで、お互いに顔を見合わせ、少しして同時に笑い合う。
「どうです、味、大丈夫ですかね」
「うん。ちょっとしょっぱい」
「ええ!?」
「次はもうちょっと薄味で」
「あ……わ、分かりました」
次がある。
それを思うと、智絵の心にゆとりが生まれた。
と同時に、全く取り繕う事のない心白の発言が余りにも清々しくて、また笑ってしまう。
「なに」
「いや、心白さん、左利きなんだなあって」
「見て通り左利きだけど。それが面白かったの」
「いいえ」
「……変な子」
「酷い!?」
朝食のひと時は、とても騒がしいものであった。
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