琥珀色のソロル

木乃十平

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四話

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 智絵は公園のベンチで休んでいた。
 辺りは既に暗くなっている。
 鳥の囀りは聴こえず、静かな風の吹く音がしているだけ。
 智絵は流石にこのままでは不味いと頭を悩ませる。

「どうしたもんかなあ」

 口から出た声には、楽観的な雰囲気が感じられた。
 それは単に緊迫感が無いから。本気で悩んでいる訳ではない。
 何故なら今の智絵の頭の中は、これからどうするかという不安などでは無く、一時間くらい前に出会った女性の事で一杯だからだ。
 はああ、と深い溜め息を吐く。
 家出よりも深刻そうだ。
 
「何でこんな、気になってるの、あたし」

 まるで恋をしてしまったかの様に、智絵は彼女の事ばかりが頭の中で反芻して、これからどうするかという打開策を考える事に集中出来ないでいた。
 智絵はがーっと髪を掻き乱して、勢いよく立ち上がる。
 
「お腹空いた、晩御飯にしよう!」

 頭の中を埋め尽くしていた思考をリセットする為、智絵は空っぽのお腹を満たす事にした。
 自転車を転がして、公園近くのコンビニまで歩く。
 コンビニには仕事帰りの客が数名、車の中に居るだけで、店内には智絵と店員の三人しか居ないようだ。
 智絵は適当なおにぎりと、紙パックのプロテイン飲料、それと茹で卵二個を手に取る。
 そして精算しようとレジへ向かった所で、レジ横にあるスチーマーに入っている肉まんが視界に入ってしまう。
 一度目に入ってしまえば、一気にその誘惑に押し潰される。

「チーズ入り、だと!?」

 期間限定、北海道チーズ使用。
 とろ~り北海道チーズの肉まん百四十八円。

 値段は然程問題ではない、問題はカロリーだ。
 うら若き乙女の天敵。脂質糖質爆弾。
 年頃の女の子が気軽に食べるには、やや勇気が必要だった。
 普段の智絵なら肉まんは食べないが、チーズ入りとなれば話は変わる。
 とろ~り伸びるチーズの写真が、チーズ好きの智絵を更なる誘惑で誘おうとしていた。
 だが、恐れ慄くにはまだ早い。
 そんな智絵の様子を見ていた店員から、セールストークという名の照準が、その心臓を捉える。

「こちら只今キャンペーン中でーす。揚げ物を二百円以上お買い上げの方に、肉まん全品半額でーす。よろしければいかがですか~」
「なん、だって……」

 智絵はさっと視線を揚げ物コーナーへ向けた。
 そこには、またしても……。

「四種のチーズグラタンコロッケ……これは、何て凶悪な」

 健康志向故に、こうした身体に良くないものは普段食べない。
 だからこそ食べてしまった時の罪悪感があるから、食べる事を躊躇うのだが、どうも今の智絵は自制心というものが薄まっていた。
 それ故に、心臓に狙いを定められた照準通り、的確な軌道で射出された誘惑が智絵を穿ち抜く。

「ありやっとござっしたーっ、またお越し下さりゃっせぇー」

 店員の適当な言葉を背に店を出る。
 ホカホカの温かい袋を、智絵はそっと、自転車のサドルに乗せた。
 誘惑には……勝てなかったのだ。
 買ってしまったと落胆しつつ、智絵はその中から肉まんを取り出して封を開ける。
 ほわあっと、湯気が立ち昇り消えて行く。
 まだ夜になればかなり寒い時期だ。
 智絵はパーカーを着込んでいるものの、肌寒さを覚え始めていた。
 だが、目の前の熱々の肉まんがきっと、自分を暖めてくれるに違いない。
 智絵はそんな期待を胸に肉まんにかぶりつこうと、

 あーっ

 大きな口を開けた。
 が、しかし。

「あれ、あんた」
 
 智絵はバッ! と、振り向く。
 後ろに居たのは先程会ったばかりの、バイクに乗っていた女性。
 智絵を助けてくれた、あの人だった。
 
「え――ええ!?」

 驚きの余り智絵は飛び退いたのだが、手に持つモノへの意識が疎かになっていたのか、ボトッ……と、それを地面に落としてしまう。

「あ」
「あっ」

 地面に激突した肉まんは無惨な最期を迎えた。
 智絵は数秒下を見たまま固まって、ぎぎぎっと、目の前で苦笑いを浮かべていた彼女に向き直る。

「お、お久しぶり、です……」
「あー、うん」

 微妙な空気の漂う中、予想外の再開を二人は果たした。
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