遊部のおかしな日常

木乃十平

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第十二話 写真

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「映える写真を撮りたい」

 機械文明についていけない機械音痴で有名な我が部の部長こと、水篠莉里はそんな事を言った。

「写真の撮り方知ってるんですか?」
「喧嘩売ってんのか、買うぞ」
「流石に出来ますか」
「当たり前だろ。ただ……な」

 言葉が尻窄みになる部長。
 何か問題があるとでも言いたげな自信の無い瞳は、いつもの部長らしくない。

「どうしたんです」
「いや、アタシが写真撮るとさ。何か、変なもの写るんだよ」
「ゴミとかですか?」
「そうじゃなくて……霊的な?」

 流石に閉口せざるを得ない。
 開いていた小説を閉じてテーブルに置き、彼女に真剣に向き合った。

「部長、この間の話じゃないですけど、この世界はいつからホラージャンルになったんですか」
「いやいや、マジなんだって」
「海堂が消えたことといい、冗談で済まなくなってますよ」
「消えたとか言うな。休んでるだけだろう」
「まあ、海堂のことはいいとして。本当に何か写るんですか?」
「本当だ。いいか、見てろよ」

 スマホを取り出して、部長はカメラで僕の写真を撮った。
 カシャリと、問題なく撮れた様だ。

「うわっ……ほら、見てみろよ」
「どれどれ」

 僕は差し出されたスマホの画面をく。
 そこには、半目になった瞬間を激写された僕の姿と――僕の肩に置かれた白い手が、ハッキリと写っていた。

「気持ち悪ッ!」
「何かいつにも増してハッキリ写ってる気がする」
「何ですかこれ、何なんですかこれ!」
「落ち着けって。特に害がある訳でもないから大丈夫だ。身体の一部が消えてるパターンだと、ちょっと微妙だけど」
「微妙って何ですか。というか、本当に大丈夫なんですよね⁉︎」
「煩えなぁ、大丈夫だって言ってるだろ。しかしお前、写真映り悪いな」
「それは今どうでもいいし、撮るのが下手なんですよ」
「んだとこら」

 僕は未だかつて経験したことの無い心霊現象を前に、自分の常識が置き換わっていく感覚に恐怖を覚える。
 超能力とかマッドサイエンティストとか居るんだからてっきりSFかと思ってたが、どうやらホラーでもあったらしい。
 部長はいつも悪い意味で、僕の常識を越えて来るのだ。

「……というか、これ、部長を撮ったらどうなるんですか?」

 ふと気になった疑問を部長にぶつけてみる。

「ああ、ヤバいな」
「答えとして漠然とし過ぎですよ。試してみても?」
「いいけど、後悔するぞ? マジでヤバいから。アタシの写真だけ家に一枚もないことの意味を、身を持って体感することになるぞ」
「やっぱり辞めときます」
「懸命な判断だな」

 凄く気になるけど実害を被こうむりたくはない。
 興味本位で関わると痛い目に遭うと良く言う。
 未知の事柄なら尚更避けるべきだ。

「で、どうやったら映える写真が撮れると思う?」
「こんなの見せられたら不可能ですとしか言えないんですけど」
「そこをなんとか」
「どういうことですか。というか、いっその事フォトショとかで加工して、霊的なものだけ消してしまうくらいしか思い付きませんよ、僕は」
「それだ!」
「それでいいんですか」

 良いアイデアだと嬉しそうにする部長。
 大分加工するのも大変と聞くが、そこまでして映える写真が撮りたい理由が何なのか、僕は少し気になった。

「これで映えるな、アタシの写真も」
「そんな良い写真を撮りたいのは何故ですか?」
「え? そんなん決まってんだろ、やってみたいからだよ」
「……そうでしたか」

 本当に、この人は何をするのも楽しそうだ。
 何にでも一生懸命で、真剣で。

「そしたら、覚えることが一杯ですね。頑張って下さい」
「何言ってんだよ。加工だっけ? それ結希やって」
「見損ないましたよ」
「何で⁉︎」

 部長の遊びに真剣な心意気を見直した僕の気持ちは、一瞬のうちに遥か彼方へ飛んでいった。

「マジで、なぁ、やってくれよ~」
「嫌ですよ、自分でやって下さい」
「えぇー……どうしてもか?」
「どうしてもです」
「チッ――それなら、アタシにも考えがある」
「何ですか」

 部長は自分姿をインカメでパシャリと一枚撮影すると、それをあろうことか僕のスマホに送って来た。

「いや、ちょっと、何してんですか」
「これでお前がアタシとのトーク画面を開くと、お前はその写真を見る事になり大変な事になる」
「卑怯なッ!」

 あまりに卑怯な戦法に僕は為す術もなく天を仰ぐ。
 基本的に僕は部活に関すること以外にも、部長とやりとりすることが多い。
 きっと僕は数日後にはこの事を忘れて普通にトーク画面を開く事だろう。
 巧妙だ。策士だ。
 ……いや、トーク履歴を消せばよくないか? はっ、なんだ、問題ないじゃないか。
 僕はスマホを取り出してトーク履歴を消そうとする。が、何故だろう、やってもやってもエラーが出て消えてくれない。

「無駄だ。そういう力が働いてる」
「泣きそう」

 ーーガララッ。
 と、僕が本気で泣きたくなっていると部室の扉が開き、雨宮が入って来た。

「どうもです~、遅くなりましたぁ」
「おお、美兎」
「こんにちは、莉里部長。ところで、日野君は一体どうしたんですか?」
「訳あってアタシとのトーク画面を開くと呪われることになってな」
「呪いですか?」
「そう、呪い的な」
「呪いですかぁ……あっ、それならトーク履歴を削除すればぁ、問題ないですねぇ~」

 それが出来ないレベルの呪いなんだ。特級呪霊かな?

「えい」
「えいって何をしてーー」

 部長が何か掛け声と同時にスマホ画面をタップした。

「部長」
「なんだ?」
「今のは?」
「ちょっと……悪戯?」
「まさか……僕に送った呪いを誰かに送ったとかじゃ……」
「てへぺろ」

 落ち着いた様子でゆっくり、部長は自身のトーク履歴を僕に見せて来た。

『海堂  写真を送信しました』

 僕は海堂の家がある方角へ向けて、祈るように手を合わせるのであった。
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