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1章 機械国家の永久炉――【仕掛けられる『皇帝』への罠】
音を置き去りに《Ⅰ》
しおりを挟む黒、ハートが霧の軍団に索敵されずにビフトロの防衛の要の1つである。正面大扉の前に立っている。
ビフトロは海に隣接した都市である。
さらに、蒸気機関などの蒸気を用いた技術が発展した都市――
都市の防衛にも《蒸気》と《魔法》を組み合わせた物が多用されている。
そして、この都市を守護する存在――。自称大公の皇帝は、自分の能力を存分に活かせるこの都市をグランヴァーレの防衛拠点として数週間程度で完成させた。
「……1週間あるかないか、その時間でここまでやってのける。最高だ――」
「アイツは、戦いを好む性格じゃねーからな。黒や俺、エドワードとつるんででも、どこか一歩引いてた。単純に優しいからな。クソが付くほど、優しくて……仲間想いな野郎だ」
日が傾き、夜に染まり始める四大陸に無数の灯りが見える。
遠い彼方であっても、倭のように山が無い為に遠くとも光が薄っすら水平線の先に見える。
グランヴァーレから逃れた避難民にとって、この蒸気都市は最後の砦。
傷付き、倒れ、僅かな希望に縋った彼らから奪う物は何もない。
それでも、イシュルワは動いた。すべてを手に入れすべてを更地にする。
その力と戦力を有する国家が、この小さな都市へと向かっている。
ビフトロ周辺の都市は既に占領され、逃れれなかった者達はその都市で生き辛い生活を余儀無くされる。
イシュルワにとって、都市に住まう者達はただの人手に過ぎない。
変えの効く部品で、イシュルワと言う1大国家の為に馬車馬の如く働く部品でしかない。
故に、他国を襲って人員を確保する。
自分達の国家で擦り減って使い物にならなくなった部品達の交換に利用する為に――
「黒、アイツらが少しでも2人になれる時間を作りたいんだが?」
「同感だ。……てか、何の為に、俺らがこんな格好したと思ってんだよ。気配を完全に遮断して、アイツに気付かれないようにする為だろ?」
「てことは、ここが襲われるって気付いてたんだな」
「あぁ、俺の推測で……あってほしかったけどな」
黒が砦から飛び降りて、衣服を脱ぎ捨てる。
地面を蹴ってルシウスが反応するよりも先に、魔力感知内から瞬時に退く。
ハートが黒の脱ぎ捨てた衣服を拾って、空間魔法で自分の分の衣服をまとめて収納する。
「さて、始めるか――」
ハートが一歩踏み込む。
前方から迫り来る軍隊目掛けて、2人の王が動いた。
跳躍1つで、迫り来る軍隊へと急接近した2人に気付くのが遅れ、狼狽えるイシュルワ軍――
軍隊の正面にハートが立ち、軍隊の中央部分に黒が立つ。
「少し……話をしないか? 今のビフトロは、お祝いムード何だよ」
「黒、話1つで止まるわけ無いだろ。一言忠告すれば十分だ――」
前進すれば、殺す。後退すれば、見逃す。好きな方を選べ――
ハートの殺気のこもった言葉に、兵士の顔色は青ざめる。
予期せぬ来訪に加えて、現在のイシュルワ軍では到底歯が立たない猛者の2人を前に少しずつだが何名かは後ろに後退する。
だが、1人が殺気を抑えて、ハートを横目に一歩踏み込む。
その瞬間、全身を魔力でコーティングされた鋼よりも硬いプロテクターを全身に身に纏った兵士が宙を舞う。
腹部のプロテクターが粉々に砕け、顔を覆っていたヘルメットが吐血によって真っ赤に染まる。
「冗談じゃないぞ……次は、殺す」
地面に落下した兵士は一命は取り留めた。だが、既に満身創痍である。
鋼よりも硬いプロテクターを音を置き去りにした打撃1つで粉々に砕けた。
まるで、クッキーを素手で叩いたかのように、粉々に砕ける。
その事実に、兵士達の士気は急激に低下する。
だが、まるで彼ら2人の来訪を予期していたかのように、後方から4人の騎士が堂々と胸を張って現れた。
「お初にお目にかかる。私は、この軍隊の指揮を任されている者だ。名は――」
「結構だ。自己紹介は必要はない。皇帝だろ?」
「御名答……流石は、黒竜帝だ。それでこそ、我らが好敵――」
黒の蹴りが、男の頭部を地面に叩き付ける。
軽く飛び上がって、男と黒との身長差を無くしてからの頭部を狙った真横からの蹴り1つで、男は意識を失う。
頭部を叩いた音が遅れて、聞こえる。
一瞬の出来事に、兵士達は目の前で起きた事に対して、理解するのに僅かな時間が掛かった。
イシュルワの皇帝が、たった一撃で倒された。
些か不意打ちに近いやり方だが、それを差し引いても凄まじいほどの一撃の重さと強烈さに兵士は戦慄する。
「自己紹介は、必要ないって言ったろ? それと……お前は皇帝じゃねーよ。弱すぎる」
「黒、倭と帝国の基準で語るなよ? 四大陸の皇帝の基準とは違うらしいからな」
「あぁ、そうなんだ。もしかして、大型を倒せれば皇帝なのか? だったら、イシュルワの皇帝は全員カスだぞ?」
黒の釣り上がった口角を見て、前に出た自称皇帝の3人が足を止める。
黒が語った様に、大型異形種を単身で倒した経験から、イシュルワのトップであるウォーロックから皇帝の位を賜った彼ら――
それでら、この黒の前に立つには、実力が大きく足りていないと言う事実を突き付けられる。
倭と帝国、その他国や都市では皇帝の選定基準が大きく異なっていた事がここまでイシュルワの質が悪い最たる要因である。
殆ど交流の少ない国家では、国の内部での選定基準しか知り得ない。
故に、帝国や倭の選定基準がどれほどの物かは定かではない。
「なぁ、本物の皇帝なら……この場合どうするか知ってるか?」
黒の問い掛けに、3人は答えれない。
頭を掻いて、期待外れだったと見切りを付けて黒が威圧して軍隊の士気をドン底に叩き落とそうとする。
しかし、後方の予備隊から黒の下へと瞬時に肉薄した人影の一太刀で、黒は身の危険を感じた――
その場から身を翻して後退し、頬から流れた血を指先で確認する。
赤色の血液が僅かに流れ、目の前の人物に視線を向けながらイシュルワの戦力がこの程度だと、決め付けた事を僅かに後悔する。
「なぁ、嘘だよな? ティンバー、田村、斑鳩この3人に続いて――お前も、そっち側か?」
「えぇ、今では楽しく《イシュルワ軍女子会》のメンバーよ。――橘黒、ハート・ルテナ・ワークド」
黒が汗を拭って、軍隊の中央から退いてハートの隣に移動する。
兵士達が彼女に道を譲るように、両サイドに別れる。
「フフッ――久しぶりの再会ね。まるで、同窓会みたいよね」
茶色のコートを肩に羽織って、ヒールを鳴らしながら2人の前に現れた。
派手ではない大人しめなメイクに、赤色の口紅が良く映えている。
上着の下に見える。ブラウスの第1ボタンを外して、ネクタイを緩める。脚のラインが際だったスラックス。
仕事用の黒手袋をはめ直して、水色の瞳が2人を見詰める。
肌色の髪に赤色のメッシュが目立った長髪を揺らしながら、彼女は腰の鞘から刀を抜いた。
「皇帝なら、どうするか? ――だったわよね?」
「……お前には、聞いてねーよ。《ヘルツ》――」
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