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君に、会いたかった
しおりを挟む――目を覚ます。
真っ白な空間で、手には神々しい光を纏った聖剣《エクスカリバー》――
メリアナから借りたこの聖剣は、重厚感ある見た目とは裏腹に紙のように軽い。
乱暴に扱ってはならないと理解はしている。だが、その紙のような重さしかないのを良い事に、我慢が出来ずに黒は指先で聖剣を回す。
まるで、ペンでも扱うかのように――
「おい、聖剣をそんな風に乱暴に扱うな。バーカ――」
「……」
その声を聞くのは、何年ぶりなのだろうか。実際は2年だが、体感では数十年にも感じられる。
「そうだな……メリアナに、怒られるな」
「あぁ、アイツは怒ると怖いからな」
声の主は、黒の隣へと静かに移動する。ゆっくりと動きながらも、その者の気配は嫌でも感じ取れてしまう。
肌を刺しに来る魔力の刺々しさは、きっと久しぶりの親友に対する嫌がらせが目的なのかもしれない。
そんな親友と並んで真っ白な空間で上を見上げる。
「メリアナは、怒ると面倒なだけだろ? 特に、お前が」
「知ってるなら、怒らせるな。こっちは、2年も仕事サボってんだぜ。……で、元気だったか?」
突然、話題が変わる。きっと、役目を果たせと言っているのだろう。
元気だったという事にして、黒は聖剣を肩に担ぐ。その隣で聖剣を杖代わりにしている男が堪え切れずに笑い出す。
「ぷ……嘘が下手くそだぞ。黒」
「んだよ。バレてんのかよ……で、お前は?」
黒の質問に対して、男は後ろへと振り返る。振り返った先を指差して、男は黒へと言った。
――ほら、待っているぞ。その一言で、黒は今までの苦しみから開放される。
少し離れた位置で、彼女は静かに立っていた。
少しの風に靡く長い頭髪は、明るい栗色をしている。
整った顔立ちは、今にも崩れそうなほどに涙でぐちゃぐちゃになりそうであった。
大粒の涙を流して、黒と彼女――未来は、互いに互いの元へと同時に駆け出した。
聖剣を捨てて、黒は転びそうになりながらも彼女の元へと駆け寄る。
その者は偽物でも幻でもない。実際に黒の前で、涙を流している。
今まで、約2年もの間離れていた2人が互いに互いの体温を感じる。
だが、その時間は――短い。
もう、黒の肉体が光の粒となって消え始める。
男が聖剣を手に、黒へと投げ渡す。ノールックで聖剣を受け取る。
「バハムートに言ってあったろ? 今度は、俺から会いに行くって……」
「うん、うん……言ってた。だから、待ってたよ」
再び強く抱きしめ合う2人を見詰めながら、男は黒の持ってきた聖剣と呼応をする自分の聖剣に視線をゆっくりと落す。
まるで、聖剣が告げるタイムリミットを自覚したくないかのように――
だが、現実は残酷であった。時間が僅かになった事を告げる様に、聖剣がさらに強く光を帯びる。
男は黒に向けて、ただ、小さく口にする。悪い、何もしてやれなくて――と、だが、黒は未来の頬に触れながら――笑った。
「謝るな。未来に怪我が無いのは、お前やアイツらが居てくれたからだろ? 謝るのは、俺だ――」
黒が未来の頬を惜しむ様に優しく触れる。そして、再び約束する。
……今度は、君を抱き締めに行くよ。全部、片付けて――
その約束に未来は涙を我慢しないで、流した上で満面の笑みを浮かべる。
そして、黒の体が完全に消える。
膝から崩れ落ちて、周りの目など気にせずに泣き叫んだ。大切な人との繋がりを感じて、再び繋がりを断ち切られる。そんな絶望感を味わって――
その事が、何よりも辛く苦しくかった。涙を拭っても拭っても、その大粒の涙は消えなかった。
誰よりも大切で、愛した人だから――
「……黒、未来は任せろ。絶体に守る。それが――俺がすべき事だ」
男の眼下に広がる闇の中で、歪な泥が徐々に形を持ち始める。
背後で、仲間に支えられながら未来が光の方へと逃げる。
その姿を見送って、男は安堵する。
化け物の不気味な叫び声や雄叫びが反響し、男へと一直線に向かう。
しかし、男が振り向いた時には――全てが終わっていた。
肉塊にすらなり得ずに、塵にすらなり得ずに、化け物はこの世から消し飛ばされる。
そして、聖剣の刃先を化け物を従えたフードの男へと向ける。
「来いよ。未来は、俺らの大切な存在だ。そして、アイツの道標だ。それを奪う奴は――」
聖剣を握る手から、闇が生まれる。
怒り、憎悪、悲しみ、絶望、様々な感情が渦巻く中で、一際強い感情。それは、自分自身への殺意――
不甲斐ない自分自身への深い殺意の底で、彼の魔物が目を覚ます。
光を放つ聖剣が闇に呑まれ、フードの男の目前で漆黒の太陽が現れる。
「簡単に、帰れると思うなよ? 地獄の苦しみを与えてから、叩き帰してやるよ……」
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