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第3話

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月の明かりを遮る曇り空とは反対に、街は飲み屋の灯に溢れ煌めいている。
時刻は午後23時。
仕事帰りのサラリーマンが、一軒、二軒と呑み屋を回り、
ご機嫌で家路に着く頃。
表通りから一本入った路地裏、ここにもそんなサラリーマンがいた。
「うぃ~ちょっと、飲みすぎたぁ~かなぁ??」

千鳥足で路地を進み、
「ふふ~ん♪」
上機嫌で調子っぱずれの鼻歌を歌いながら、チャックに手をかける。
尿意を我慢できず、ココで用を足す気のようだ。
その時、
「♪~」
「?」
どこからともなく、歌が聞こえる。
その瞬間、チャックに手をかけたまま、
突然の睡魔にサラリーマンが路地に崩れ落ちる。
哀れサラリーマン、彼は自身の尿に沈んだ。そして、
ーカラン、カランー
「汚いのぉ…。」
路地の奥から、下駄の音と共に声の主が現れた。


この界隈で一番高い、地域で一棟のタワーマンションの屋上、
そこに歌声の主はいた。
切りそろえられた前髪に長い髪、形の良い魅力的な乳房。
引き締まったウエストに透き通るような白い肌。
切れ長の瞳と整った顔、かなりの美人だ。
しかし、それよりも目を引くのは、両腕の代わりに生えた巨大な翼と、
鋭い爪が生えた鳥の足。
その異形が一目で彼女をこの世の者ならざるを物語る。
「可哀想な人間…。」
彼女の瞳には、嘘偽りなく憐憫の情が溢れている。
「私の歌声を最後まで聴けないなんて…。」

「精気を吸われてその上、財布まで盗られるなんてねっ!!」
「誰っ?」
頭上からの声に驚き、声の方を見上げる。
しかし、声の主は見つからない。
辺りを見回す異形の女。

「こっちよっ!」
今度は下から声がしたかと思うと、
黒い子供程の大きさの影が、彼女の体を駆け上がり、
その露わになっている乳房を踏み台に一回転。
「がっ!!」
見事に一回転しながら彼女のアゴを蹴り上げる。

「よっし!サマーソルト成功っw」
「だれっ?!」
痛むアゴを抑え異形の女がよろめきながら、正面に立つ自分を蹴り飛ばした相手を睨む。
「隼人の予想通り、やっぱりセイレーンだったようね。」
影の正体、ミローナが雲の切れ間からの月明かりに照らされる。

「…私の名前がわかって、その上逃げたりしないってコトは…。」
「そ、アンタみたいなのの専門家よ。」
ミローナが距離を詰めながら答える。
迫るミローナに、セイレーンが身構える。
「無駄な抵抗はしない方がいいわよ?私、強いから♡」
「はっ!笑わせる!」
ミレーナの忠告を鼻で笑い、セイレーンが襲いかかる。

「忠告したのに…。」
セイレーンは鋭い足の爪でミローナの顔を狙ったが、
当たる直前、空を切る。
「速い?!」
「無駄なのわかった?」
一瞬でセイレーンの背後に回ったミローナが呆れ顔で尋ねる。
「♪~」
振り返り樣、セイレーンが歌い出すが、
ーキーーーーーーーーーーーーーーーーーンー
音にならない、人間の耳では聞こえない、音にかき消される。
「なっ、超音波っ?!」
セイレーンは自身必殺の歌が効かない事に驚愕する。

「くっ!♪~」
「無駄よ。」
セイレーンの歌は再度かき消される。
「な、なんでっ!」
「歌や音はアンタだけのもんじゃないのよ。」
「セイレーンとサキュバスの戦闘力の差なんて…っ!」
「サキュバス?誰が?」
「…そのお腹の淫紋、貴女、サキュバスじゃないの?」
瞬間、ミローナの髪が逆立つ。
抑えていた魔力が溢れ出し、巨大なコウモリの羽を形作る。
「なっ…あっ…。」
セイレーンの顔は恐怖に徐々に青ざめ、声にならない声を発する。

「自慢の歌はどうしたの?」
「ひっ!」
ミローナの巨大な魔力に威嚇され、短い悲鳴をあげる。
巨大な魔力を背負い、セイレーンに迫るミローナ。
セイレーンは膝を鳴らしながら、ヨロヨロと後ずさり、尻もちをつく。

「我をあのような、矮小で下賎で下卑た淫魔とかすか。」
ミローナはスッと、セイレーンに向けて右手を伸ばす。
「ひぃっ!」
伸ばされたミローナの右手から、おびただしい数のコウモリが飛び出しセイレーンを包む。
「あっ!ひっ!」
羽を振り乱し、コウモリを振り払うセイレーン。
「わかるか?」
コウモリの渦の暗闇の中、ミローナの瞳が怪しく深紅に光る。
その光は気高く美しい。
恐怖とその美しさに魅せられ、セイレーンの頬を涙が伝う。

「我こそが不死。」
「我こそが闇の支配者。」
「我こそが魔物の王。」
「頭が高い、ひれ伏せっ!」
「はっ!はいぃっ!」
ミローナの圧に、恐怖に駆られたセイレーンはひれ伏す。

「讃えよ!崇めよ!我こそはっ!」
「危ないっ!!」
大見得を切っているミローナの眼前を黒い影が二つ横切る。

「ナイス囮だ、ミローナ。」
「隼人こそ、さすが打点の高いドロップキックね♡」

「くっ!」
「大丈夫っ?!」
ミローナの魔力の圧力から逃れたセイレーンが隼人に蹴飛ばされた影へ駆け寄る。
「うむ、なんとかのぉ。」
セイレーンに肩を借り、声の主が立ち上がる。
その姿は一本歯の下駄に山伏装束、長い鼻が目を引く。
総白髪の長髪を後ろで束ね、眼光鋭い女性のようだが、
体躯は2mを越す偉丈夫、細身ではあるがよく鍛えられたガッシリした印象を受ける。
そんな巨躯が、背中の羽を羽ばたかせ浮き上がる。

「あのサキュバスが大見得切ってる間に頭上から襲うつもりじゃったが…。」
チラリと俺を見る。
「昨日ミローナを襲ったのはお前だな、天狗。」


つづくっ!
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