上 下
33 / 41
第一章

32/バイト探し

しおりを挟む

「うぉいッ! 力漢りきおッ!」

 ニヤリと笑った懐かしい顔を見て、思わず泣きたくなった。俺は自分が思っているより、ずっと頼りなく、ずっと誰かを頼りたい人間だったみたいだ。

「なんだよ、そんな子犬みて~な顔をして」

 ──WON!

 俺は、メリー以外のこれまでの経由を全て伝えた。
 三雪ちゃんのコト、蘆屋のコト、赤羽のコト──。
 俺たち三人は、幼馴染だ。
 その分きっと、俺のようにショックもでかい……、かもしれない。
 
 ──が、思っていた反応とは、ほど遠かった。
 赤い人の話を聞いても「へ~」と、動揺することもなく、力漢は受け止めた。
 正直、内心「は? それだけ? 赤羽なんだぞ!」と詰め寄りたくなる程、そっけなく思えた。

「それだけか?」
「何が?」
「だって、赤羽が──!」

 と、言う俺の口をさえぎる。

「お前は、何が不満なんだ?」
 
 と力漢は、真顔で言う。

「は? 赤羽が……、赤羽が、赤い人になっちまったんだぞ!?」
「だから?」

 ──だからって、こいつ……。

「赤羽が赤い人だろうが、赤羽は赤羽だろ。だけじゃねーか」
「いや、でも──」
「何が違う? 学校で会えないことが、そんなに不満か?」

 ──んなわけねぇーだろ。そういうことじゃ……。

「んじゃ、どう言うことなんだよ? 赤羽が赤羽かどうかなんて、あいつがいつも言っているように、お前が思ったことでしかねーじゃん」

【そう思うなら、そうなのでしょう】

 頭を赤羽の言葉がかすめる。

「俺らは、社会的にみたら悪だ。間違いなくただの不良で、社会にとっての悪だ。でも、それ決めてんのは俺らじゃねーだろ? お前にとって、俺は悪か? 俺にとってお前は悪か?」

 力漢は川に向かって小石を投げた。
 ジャプ──ジャッ──ジャッ──
 と、石は水切りを三回したのち、
 ポチャン──と、波紋をたて水の中に消えていった。

「社会が決めてるだけだろ? 俺らにとって俺らは、俺らじゃねーか。どんな人間だとか、どんな社会だとか、結局は誰かが、勝手に決めつけてるだけじゃねーの?」

 ──赤羽を赤い人と決めたのは、俺の心……。

「ほら、今お前、そんな風に思うはずじゃなかった、なんて思ったろ?」

 力漢は振り返り、胸ポケットのクシで自慢のオールバックを整える。

「俺らはそうやって、思い込みで生きてんだよ。あいつは強ぇーとか、あいつは悪りぃとか、どうして他人を思い通りしようとすんのさ?」

 ──あぁ……、本当にそうだよな……。
 
「目ぇ~、覚めたわ。そうだよな、赤羽は赤羽だ」
「な?」

 力漢はニヤッと笑った。
 本当にいい親友をもった、心からそう思う。

「ところでお前……、その格好……」

 俺は力漢の服装を、上から下まで見つめながら言った。力雄は何故か、全身真っ白のコーディネートだった。
 
 白いシャツ、白いズボン、白いベルト、白い革靴。
 それで、金髪のオールバックだ。
 目立つことこの上ない。

 ──まるで高田馬場ゲートウェイパークの……。

「キングみてぇーだろ?」
「あぁ……」

 俺たちは、久しぶりにやっと笑えた。
 張り詰めていた糸が、ほぐれた気にさえなった。
 今度赤羽に会ったら、いつも通り軽口を言い合おう、そんな風に思えた。

『そろそろ時間だよ。竹内くん』

 後ろから、凛とした男らしい、それでいて気品のある声がした。
 振り返ると見たことのある、イギリス風紳士と美人のメイドが立っていた。

 ──あの時の!?

『やぁ、また会ったね。やはり私の感は正しかっただろう、セバスチャン』
「数百年振りに伯爵の感が冴えただけです。つまり──、たまたまです」

 俺は力漢との繋がりがわからずに、目で訴えかけた。その視線をキャッチした力漢が「あぁ、そうだったな……」と言って、伯爵と呼ばれた男を手招きする。

「紹介するぜ一護。この人が電話で言った協力者さ。お前に蘆屋? とか言う協力者がいるように、俺にも伯爵という協力者がいるんだ」

 伯爵と呼ばれた男は、俺に歩み寄り、手を差し出す。
 多分、握手を求められている。

『私はサンジェルマン。昨日振りだね』
「先日はどうもっス」

 あの時、この人がいなかったら、俺は今頃どうなっていたかわからなかった。あの七人の骸骨僧侶に……、思い返すとゾクっとした。
 感謝の意を込めて、手を握り返す。

『こちらの美しいレディーは、私の使用人のセバスチャンだ。キツイ性格だが、見た目がタイプでね』
 
 そう言って、美人メイドに手を向けた。
 
「今の時代で、そのような発言は問題発言ですよ伯爵。つまり──、セクハラです」
 
 セバスチャンはスカートを少し摘み、上品に会釈をする。

「んじゃ~、俺らは、これから行かなきゃならないとこがあるから、またなッ!」
「ん、おぉ……、あぁ……」
『ごきげんよう』

 呆気に取られてるいる俺を尻目に、三人は立ち去っていく。少し進んだ後にセバスチャンが、振り返り頭を下げた。
 そうして三人は、去って行った。
 
 理解が追いついていない。
 だいたい、何の協力者なんだ?
 そう言えば、武道の話とかしてやれなかったな……。次は会ったら、家に帰るように言わないとな……。

 ◇◇◇◇◇◇

 家に帰ったのは、夕方過ぎだった。
 玄関の靴を見ると、ローファーが並べられている。
 俺より先に、千鶴が帰宅していた。

「ただいま」
「おかえり~、早かったね」
「ん、あぁ、サボった」
「そっか」

 千鶴は台所に向かう。

「あれ? 親父とみっちゃんは、また出かけた?」
「うん。また旅行~」
「おいおい、またかよ」

 ──まぁ、仲がいいことはいい事だけど。

「お兄ちゃん~、今日カップラーメンなんだけど~」
「あぁ、なんでもいいぜ」

 洗面所で手を洗いながら返事をする。

「右の赤いキツネと左の赤いキツネ、どっちがいい~?」

 ──どっちも赤いキツネじゃねーかよ。
「どっちでもいい」

 そう言って、ダイニングテーブルに着いた。
 千鶴が、二つの赤いキツネにお湯を注ぐ。

「ねぇねぇ、もうすぐ私の誕生日だよ」
「ん? あぁ~、来月そうだったな」

 上目遣いで俺をじーと見つめてくる。
 言いたいことは、言わなくてもわかる……。

「チッ、わかったよ。何が欲しいんだよ」

 ピコン──と、携帯にメッセージが入る。
 千鶴のほしい物リストが送られてきた。
 開いてみると、某ブランドのネックレスだった。

 ──値段は、え~と……。うわッ!?
 二万四千……。おいおい、高いなぁー。

 ニコニコしながら俺の顔を見る。
 高校生の俺からしたら、超大金である。
 深いため息を吐いて、しかたねぇーなと諦める。

 ──バイトするか……。

「三分経ったよ」
「おう」

 二人で手を合わせる。
 
「「いただきます!」」

 蓋を開けると、フワッと出汁の香りが鼻腔をノックする。
 千鶴の手が、俺の赤いキツネに伸びてきた。
 当然といった顔で、自分の赤いキツネと入れ替える。

 ──今日の隣の芝も真っ青だぜ。

「おっと……」

 カタンッ──、手元から箸が滑り落ちた。
 床から拾い上げるために、テーブルに潜り込む。
 箸を拾い上げ、うどんをすする千鶴の足から、ゆっくりと視線を上げていく。

 ──今日は、黒か。

 國枝家の仁義なき闘いの攻防を制したのは、やはり俺だ。

 ◇◇◇◇◇◇

 自室に入ると、いったんがベットで横になり漫画を読んでいた。
 メリーは、人形体のままだ。

「メリー、胸は大丈夫か?」

 人形に話しかけるが、うんともすんとも言わない。
 ため息を吐き、いったんの横に座る。

「んにゃ?」

 猫娘は首をあげて、視線をこちらに向けた。
 手元の転生マッスルの漫画は、ミノタウロスのハンゾー戦だ。

「メリーの具合はどうだ?」
「どうもにゃにも、人形に具合なんてにゃいよ。たとえ首から上がにゃくにゃっても、メリーはメリーにゃ」

 ページをぺらりとめくる。

「お前ら怪異って体のパーツ入れ替えたらどうなるんだ?」

 いったんは、おもむろに天井を見上げて考え込む。

「にゃんで?」
「例えば、ボディを新しいものに入れ替えたら?」
「ボディが新しくにゃる」
「んじゃ、手を入れ替えたら?」
「手が新しくにゃる」
「そうやって一つずつ、全部新しくしていったら?」
「全部、新しくにゃる」
「それって、どこからがお前たちなんだ?」

 いったんは、漫画をパタン──と、閉じた。

「にゃるほど、お前さんはそれは気にしているのかにゃ」
「そりゃあ……、な」
「例えばにゃ、お前さんの妹が死んだとして、お前さんの妹の死体が、そこに転がってたとするにゃ」

 ──ぶっそうだな、おい。

「それは、誰の死体で、誰にゃ?」
「そりゃあ、千鶴の死体で、千鶴だろう」
「んにゃ今度は、生き永らえさせるために、臓器から、体のパーツまで、全部入れ替えたら、それは誰にゃ?」

 ──それはカスタム千鶴だ。

「それも、千鶴にゃんね。今の二つのパターンをよく考えてみにゃよ。一つ目は、死んで中身が空っぽにも関わらず、千鶴にゃ」

 いったんは、ベットからピョンと飛び降りて、転生マッスルを本棚に戻す。
 いったんが持っているのは、十四巻だ。
 それを一巻と二巻の間に、適当に入れるとこを気にしつつ、俺は話の続き待った。

「二つ目は、どうかにゃ? 外側が全部千鶴じゃにゃいのに、中身が千鶴にゃんね? にゃけど、別人を連れてきて千鶴にゃッ! と言ったにゃら?」

 猫娘は、転生マッスル十五巻を手に持ちベットにピョンと飛び、戻ってきた。

「そいつは、別人だよ」
「にゃら、何を持って千鶴なのかにゃ?」

 ──こんな話、前にも赤羽とした覚えがある。
 存在の概念というものは、曖昧なもの……。

「結局、にゃにをもってにゃにとするか、は、個人にゃいし集団の認識でしかにゃい。概念にゃんて物は、お前さんたち人間が、勝手に認識しているだけの物にゃ」

 そう言って、いったんは再び漫画に視線を向ける。

 ──何をもってメリーをメリーとするか……か。
 まぁ、とりあえずボディを変えても問題がないと言うわけでいいよな?

 千鶴のプレゼント、メリーの修理代。
 お金がかさむのは明白だ。
 俺は、携帯でバイトの求人サイトを開いた。

 コンビニ、ファミレス、デリバリー、接客業ばかりで、どれも俺の外見と性格には向いていない。
 スクロールを下にして行くと、気になる文字に指を止める。

 ──人形技師のバイト……。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

幻想美男子蒐集鑑~夢幻月華の書~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:14

国外追放された男爵令嬢は、隣国で釣りをする

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:17

鍵のかかった部屋

ホラー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

眠りから覚めたら人間やめてました

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:9

騎士と王子達は少女を溺愛する

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:1,245

処理中です...