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第一章
24/好きで好きで好きで……
しおりを挟む「病院には行ったのか?」
「ちゃんと行きましたよ~」
「なんて?」
「脳の神経には異常が見られないのに、右手の神経は全部死んでるそうです」
辛い話をしているはずなのに、まるで楽しいことが起きたかのように振る舞っているのは何故なのか?
明るい子、前向きな子と言えばそれで済む話だが、この子は明らかにその類ではない。
「治るの?」
「原因不明で、現時点の技術では治療不可ですね~」
──なんで、そんなに笑顔なの?
顔を引き攣《つ》る俺にお構いなしに彼女は、クスクスと笑う。
「國枝くん。この花、綺麗ですね」
テーブルの上に飾られた花を、俺に見せるように中央に移動した。
花には興味がないから名前は知らない。その一輪の赤い花がある事さえ、三雪ちゃんに言われるまで気づかなかった。それくらい興味がない。
「花占い好きなんですよ~。私の腕が治るか占いましょう」
「そんなもんで悪い目が出たら、気持ち悪いからやめておけよ……」
「大丈夫ですよ。私はこう見えて運がいいんです」
そう言った三雪ちゃんは、一枚ずつ花びらを引きちぎっていく。
「好き……、好き……、好き……、好き……」
──えぇ!? 何占ってるの!?
腕じゃなかったの!? 選択肢が好きしかねぇーし。
「やっぱり好きでしたね」
手のひらを頬《ほほ》にあて、散った花びらをうっとりした顔で見惚れていた。
──何が?
「あ……、あぁ……」
「そろそろ本題に入りましょうか」
──待ってました!
「この腕が、どうして動かなくなってしまったのかお話をしますね。あれは、國枝くんからお守りをもらった後のお話です──」
◇◇◇◇◇◇
──私は二虎くんと別れてしまった後、心にすっかり大きな穴が空いてしまったのです。
その穴を埋めようと色んなことで気を紛らわせようと試みましたが、そのどれもが、まるでガラスの破片のようで、穴は擦り切れて広がっていくばかりでした。
学校では同じクラスなので、顔は毎日合わせるのです。私の席は二虎くんの右斜め後で、どうやっても視界に入ってしまい、思いは膨れ上がっていくばかりでした。本当に辛かったです。
──吊り橋効果って知ってますか?
ドキドキした時に、近くの異性を好きになりやすいって言う、あれです。
お化け屋敷とかで異性の距離が近くなるのは、吊り橋効果ですね。そこで私は考えました。
──どうやって、二虎くんをドキドキさせようかなぁ~。
最初はカッターから始めました。
カッターを二虎くんの机の中に入れて、二虎くんの目の前の席の方と席を交換してもらいました。
──二虎くん、びっくりした顔が可愛かったなぁ~。
それから、ナイフ、包丁、ノコギリと徐々に大きな物に変えていきました。
私の事を凄い顔で見てましたね。ウフフ。
ですが、そんなある日。
アポロ通りで買いものがありまして、
私が商店街を歩いていると、偶然にも二虎くんの姿を見かけたんです。
「あ、二虎くん。こんなところで会うなんて運命ですねー」
と、近付こうとしたら別の女性と親しげに歩いていました。
右腕に……、本当にいやらしく腕を絡ませて、笑顔でこちらに向かって歩いて来るんです。楽しそうでしたよ~。
とても綺麗な女性でした。
そのいやらしく絡んだ腕の先。
手の指を……、指と指を絡めて握り合っていました。
私のことは、眼中になかったみたいです。
全く私に気づいていなかったんですよ。
二人とも私の目の前を笑顔で通り過ぎて行きました。
私は通りすぎる二虎くん見て思ったんです。
──もう、あの右腕いらないなぁ~。
その日は、帰ってあの右腕をどうしようか悩みました。
でも、よくよく考えるとお邪魔をした國枝くんにも責任があると思うので、國枝くんも呪おうとしました。
そう思ったのですが生憎《あいにく》、國枝くんの連絡先も知らないし、写真も持っていなかったので諦めました。
それでも、どうしても右腕だけが、許せなかった私は母に相談しました。
「なつかしいわ~。私も中学生の時、よく人を呪ったのよ三雪」
「あら、お母さんもよく呪ってたんですか? ウフフ」
元々、お家の中には呪術の指南書が沢山置いてあったんですよ。私の呪いの知識は、この書物からでした。
ですが、今回はお母さんが中学生の時に呪いで、事故に合わせて下半身不随にさせた呪法を学びました。
お母さんは、水筒と手作りの藁人形を渡してくれました。縁結びで有名な二子玉神社《にこたまじんじゃ》ってありますよね?
あそこは、夜になると丑《うし》の刻参《こくまい》りスポットなんです。私はきっかり、深夜の二時にそこで丑の刻参りを行いました。
藁人形に二虎くんの髪の毛を編み込んで、写真を貼りました。
私は二虎くん愛しています。なので、もし二虎くんにもしもの事があったら生きていけません。
──いらないのは、あの右腕だけです。
なので、右腕だけに釘を打ち込んで呪う事にしました。
「いらない……、いらない……、いらない……」
三本くらい打ったあとかな?
徐々に気持ちが昂《たかぶ》ってしまい、溢れる愛情が抑えきれなくなってしまって。
「アイシテル──、アイシテル──、アイシテル──!!」
と取り乱し、私は叫んでいました。
釘を打ちこむ、タンッ、タンッという音と、
私の愛の言葉のハーモニーが二子玉神社に響き渡っていましたね~。
もってきた四十四本の釘をしっかり打ち込んで、私は家に帰ったんです。
──これで、あの右腕はもうなくなるかな~。
そんな風にワクワクしながら学校に行きました。
ですが……、何日経ってもそんな素振りが見えません。
──あれれれ? なんてことでしょう?
最初の違和感は、人差し指でした。
私の人差し指が、曲がらなくなったんです。
その後は薬指──、そこからはもう早かったですね。気がついたらこの様に右腕が、全く動かなくなってしまったんです。
──どうしてでしょう?
ですが、悪い事ばかりではありませんでした。
そんな私の姿を見て、二虎くんは同情なのか、私とまたヨリを戻してくれたんです。
もちろん、他の女性とイチャイチャしているところを見かけたことも、呪ったことも言っていません。
──言わないです。これからも。
右腕が動かないのは大変不自由なのですが、そのおかげで一緒に同棲することになりました。
学校を卒業したら結婚する予定です。
私、今とっても幸せなんです!
──でも……、あの右腕だけは、まだ許してないんですよね~。
毎日、毎日、どうにかならないかな~って観察しているところです。
チャンチャン。
◇◇◇◇◇◇
「と言う、お話です」
空いた口から塞がらないとは、こういう事なのだろう。俺の口は、顎が外れたかのように閉じることを忘れた。
──いや、ツッコミどころ……。
どこから突っ込んでいいのか……。
まず、右腕いらないって発想がやばい。
母上、おまえ何してんの?
と言うか俺を呪うつもりだったの?
「お……おぉ……」
「私の右腕は別にいいんですよ。だって、おかげさまで幸せなんですから」
──じゃあ、いったいなんの相談?
「でもね、國枝くん。困ったことに呪いが、ことあるごとに全部返ってきてしまうのです」
「え? どう言う意味?」
三雪ちゃんは、俺のお腹辺りをじーと無言で見続けている。ニコニコと笑顔で……。
──まさか、こ、こいつ俺の腹を呪った?
「ウフフ」
「あ、あ、ははは……」
「どうしたらいいですかね?」
──いや、もうどうもしたくねぇよ!
この場合、俺の取れる手段は一つしかない。
蘆屋道影のところに連れて行く。
しかし、メリーの件もあって行きにくいのだけは確かだ。
──どうっすかな~。腕が動かないのは可哀想だ。
「話はわかった。アテがある」
そうして俺は、食事を終えて【カフェASIYA】に連れて行くことにした。
「ほれ」
三雪ちゃんにヘルメットを渡す。
「ありがとうございます」
被ることは被ったが、片手なので顎紐を結べない。
──しゃーねーな。
三雪ちゃんの顔の下に手を伸ばし、顎紐を結ぶ。
「きつくないか?」
「大丈夫です。苦しいくらいが、ちょうどいいです」
──あははは……。
「んじゃ、しっかり掴まれよ。片腕なんだか落ちないようにな!」
「はい」
そう返事をして彼女は、俺の首元を締めるようにして捕まった。
──いや、普通そこ捕まる!?
「あの……、三雪ちゃん?」
「なんですか?」
「二虎の時もそういう捕まり方してるの?」
「はい!」
──二虎……、お前って奴はこんな恐怖を毎日味わっているのか……。
「やっぱりさ。片腕だと俺の運転が不安だから、歩いて行こうぜ」
「それもいいですね」
そうして俺たちは、蘆屋の元に向かうのであった。
──チャンチャン。
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