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第一章

19/トラブル・ブルース

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 アリのように群がるバイクの集団。
 エンジンを吹かし激しい騒音を夜空に響かせる。
 国道をスローペースで土砂のように通過して行く。

 近隣からしたらとても迷惑行為。

 それが暴走族の集会だ。
 力漢を先頭に闇の中をヘッドライトが、密集して夜景のように広がる。
 
 俺達のような不良の中には、想像を絶するような辛い環境のやつもいる。
 抑えきれない衝動や、そうしないと怒りや悲しみが、イライラが、どこにぶつけていいかわからないような、そんな奴らが数多くこのチームにもいる。
 
 ──まぁ……、俺は違うのだけども。

 世の中はポジティブに、前を向いて、夢に向かって、止まない雨はない、とか詭弁きべん蔓延まんえんしている。

 誰もが見えないふりをしているだけで周りをよく見れば、愛をしらない奴もいるし、夢すら見れない奴もいて、ずっと土砂降りの人生な奴だっている。

 それを無視して世界は詭弁を振り翳《かざ》して前を向いて進んでいく。まるでそんな事実は認めないかのように、そいつらを置き去りにして……。
 そんな亡霊となった魂がとなった。
 
 きっと、これだけの大人数で走るのは今日が最後かもしれない。今後大人になってもこんな風にどんちゃん騒ぎができることは、後にも先にもないかもしれない……。
 そう思うと夏の夜風を浴びながら、少し切なくなったりもする。
 
「いぇ──い!」
 白衣をなびかせて千鶴は両手を広げた。
「危ねぇーよ、調子こいてんじゃねーよ!」
 俺は千鶴に怒鳴る。
 
 愛車のVストローム250のまん丸ヘッドライトの上には、赤羽の鼻メガネをガムテープで括り付けてある。キャラは違えども、お前の心も一緒だぜ!
 
(そう思うなら、そうなのでしょう)
 
 赤羽のあのフレーズがなんか頭の中で聞こえた気がした。
 ゼファーの──ブォンッ!! と唸る高音域のエンジン音が横に並ぶ。

「最後の集会だぜ。楽しもうな!」
 力漢が声を張り上げ俺に言った。
 
 その反対側から、ドロロロッと低音域のエンジンを唸らせ後ろにケンボーを乗せた金剛ペアのマジェスティが並走する。
 カリフォルニアラブという有名なウェストサイドHIPHOPが、マジェスティに積んであるスピーカーから爆音で流れる。

「こんな時間が永遠に続けばいいな」
 ケンボーが三つ編みを風になびかせて言った。
「だなッ!」
 俺はそう返した。
「みんな、こっちこっち!」
 
 鈴蘭が俺達の写真を撮ろうと自撮り棒でスマホを構えていた。
 うまく単車で幅寄せをしてタイミングを伺う。

 ──パシャとフラッシュが光った。
  
「これは栄えるぅ~! おっ! ケンボーくんかっちょいい!」
 満足そうに鈴蘭が笑った。
「鈴蘭さん、後で私にも送って下さ~い!」
「いいよー、千鶴ちゃんにも送っておくね」
「ありがとう~」
 千鶴が嬉しそうにしているのが後ろから伝わる。

「永遠なんてねぇのに永遠なんて言葉作った人間はただの馬鹿だなッ、おいッ!」
 金剛くんが大声で言った。
 ケンボーがそれを大笑いする。

 ──この二人のコンビは、まじでイカしてる。

 ケンボーとは、金剛くんらブルーシット主催のクラブイベント『カスナイトフィバー』でよく会う。
 今でこそ兄貴肌の優しい人格者として、千鶴ですら慕っているような温和なケンボーだが、金剛くんに出会うまでの彼はまるで別人だった。
 
 俺や力漢とは中学も高校も違うが、その悪道ぶりは俺達の耳にも〝狂犬〟で知られていた。

 窃盗、恐喝、大麻、傷害、極め付けは、交番襲撃と過激なことをやって少年院に入っている。
 手のつけられない札付きの悪だった。
 
 彼の家庭環境はひどく荒んでいて、父親がとんでもないクズだった。
 毎晩、母とケンボーには暴力をふるい、毎日違う女が出入りしていた。
 そんな母は精神崩壊を起こし、別人格の母が産まれてしまった。
 そしてその別人格は、自分よりもっと弱い──

 ケンボーに暴力をふるうようになっていた。

 彼はずっと両親からひどい虐待を受けていた。
 そんな環境がケンボーを狂犬へと変えた。

 この時の事を振りかえって、ケンボーは人生の教訓にしていると言っていた。
 
 いつだか、彼はこんな言葉を聞かせてくれた。

「人間って生き物は弱い生き物だ。だから群れを作るし、その中で自分より弱い物を探して攻撃する。そうやって他人を傷つけて、力ある者と弱い者の間の普通を必死で手に入れようとする」

 その言葉の後、タバコに火をつけて続けたセリフを今でも忘れられない。

「バカだよな……、ボコボコにされて弱いってわからされたら、案外弱いのも悪くなかったぜ。普通でいようとヤッキでいるそいつらより、ずっと強くなれたわ」

 ──狂犬をわからせた漢が、金剛くんだった。

 ケンボーが少年院から戻ると、クラスには転校生だった金剛くんがいた。
 その破天荒な存在は見事にケンボーの目に止まり、怒りの矛先が向けられた。

 ある日ケンボーは、金剛くんを袋叩きにしようと仲間を集めて彼を呼び出したそうだ。

 しかし金剛くんは強すぎた。

 ケンボー達は二〇人以上も集まっていたのに、金剛くん一人に見事に返り討ちに合って、ボコボコにされたらしい。

 二十人もぶっ飛ばした天下無双の金剛くんは、こんな事を言った。

「てめぇーが欲しいもんなんだよ? 同情か? 愛か? それとも、うすっぺれー偽善や詭弁か?」

「は?」
 
「なんのために目がついてんだよ、カスを睨むためか? なんのために口ついてんだよ、恨み言やカスの愚痴にまみれるためか? なんのために手がついてんだよ、何かをを傷つけたり壊すためか? なんのために足ついてんだよ、そこで突っ立てるためか?」
 
「…………」
 
「別に大事じゃねーけど二度と言うぜ。全部まるごとてめーも、俺も、お前の周りも全部カスだ。カスがどんなことしてても関係ねぇーだよ。周りのカスに振り回されて、荒れ狂ってんのが一番だせぇー」
 
「だから、なんだよ?」
 
「部屋の隅っこに溜まったほこりみてぇな生き方してねーで、堂々と天井から舞い散る埃のように生きてみろよ」
 
「結局、汚ねぇーな。おい……」
 
「そりゃそうだ。しょせんは、カスッ! 世の中上手く行かなくて同然だろ? カスしかいねぇんだからよ」

 この謎の会話からゴールデンコンビが結成された。

 そんなケンボーも今じゃ恨み言をひとつとして言わず「視点が違うだけで良い悪いじゃねぇーな」と口癖のように言うイカした兄貴肌だ。
 今じゃ誰よりも中立で、公平な目を持っている。

 チームのやつが道を踏みはずさないように、しっかり導くイカした副リーダーだ。

 ◇◇◇◇◇◇
 
 俺たちは、ガンガン街中を抜けて国道新4号線へ向かった。
 信号のほとんどない大きなバイパスへ出る。行き先は日光方面。
 その時、後ろからパトカーのサイレンが赤灯を光らせて迫ってきていた。

『コラーッ! そこのお前ら──! 止まりなさい!』

 パトカーから警官の怒鳴り声が聞こてきた。
 
「やべっ! マッポじゃん!」
「やっば──ッ! オマワリ来ちゃったよ~」
「待てと言われて、待つ奴がいるかよッ!」
「ア──イッ!!」

 俺達はフルスロットルで駆け抜けた。
 一番後ろの旗持ちは三狼だ。

 旗持ちとは集会の最後尾でチームの旗をもち、警察や反社の人間が来たりした時に皆を逃がす為に、一番バイクの運転が上手い奴が着くポジションだ。
 三狼は特段に運転が上手いわけではない。

 ──が、彼には、なんでもやる狂人じみた一面がある。

「ヒャッハァ──ッ!! いくぜ、生卵爆弾。発射ッ!!」

 三狼はパトカーに向かって用意していた生卵を大量に投げた。卵は次々とフロントガラスにぶつかり破裂していく。
 白身と黄身と殻が、フロントガラスを染めていく。

『コラッ! やめないか! な、なんだこれ? とれねーぞ!』

 ワイパーでフロントガラスを拭き取ろうとするが卵白わ黄身がこびりつき、長く伸びていく。
 旗持ちは奇声と共に、次から次へと卵を投下していった。
 パトカーのワイパーが動くたびに、卵白と黄身の繊維がべったりと爪痕のように残る。

 ──さすが三狼……。考えることがえぐい。

「そらッ、ここからは全員好きに散れ──ッ! みんなッ! またいつかなぁ──ッ!」
 
 力漢の掛け声と共に一斉に四方八方にバイクが散って行く。
 俺と力漢のバイクは、そのまま日光方面に向かって進んだ。
 いつまにか警官を撒くことに成功していた。
 三狼の仕事ぶりには、流石としか言いようがない。

「ドキドキしちゃうぜ!」
 タンデムシートに乗った、タトゥーシールまみれの非行妹が血をたぎらせる。

「三狼くんやばすぎ~、めっちゃ笑ったんですけど~涙ちょちょぎれた」
 鈴蘭は大爆笑していた。

 俺と力漢のバイクはそのまま六〇キロ程で並走して笑い合っていた。
 辺りには車一台もなく、のんびり走った。
 時間が経つにつれて俺は、何ともいえない不思議な事に気づいた。

 ──静かすぎやしないか? 俺達以外の交通がない。よく辺りを見ると……、視界がモノクロなような気もする。
  
「なぁ、ちょっとおかしくねぇか?」
 俺はバイクを止めた。
「人が消えた?」
 力漢も異変に気づいていたようだった。
「あれ? 確かに人の気配が消えた? なんか私達だけになっちゃった感じ?」
「え、お兄ちゃん。なんか変だよ、白……黒……」

 千鶴も鈴蘭も不穏な空気を察知したようだ。
 山道を走ったとは言え、この通りは走り屋とかチーマーの間では有名なスポットになっていて、平日だろうが、休日だろうが、走り屋達の車がドリフトをかましている。

 ──なのに、車が一台もない……。

 その時、後方から甲高いエンジン音が響いた。

 ──誰か来た。誰のバイクだ?

 俺たちは、静止し後ろのエンジン音に視線を注目した。

「なぁ……、あれ、真っ赤じゃねぇーか?」
 力漢が後ろの赤い光を指差す。
「え、え、えッ!? まじ? なにあれ、やばくない?」
 鈴蘭と千鶴も得体の知れない物体を怖がった。
  
 俺は遠くに見えるそれに目を凝らす。
 夜の暗闇に真っ赤に光るバイクが一台こちらへ向かって走ってくる。

 ──普通じゃない……、あれば絶対にやばい。
 思考よりも早く、生存本能が鳥肌となって訴えかけてくる。

「お、おい! あいつ……首がない!!」
 力漢が大声で叫んだ。

 ──な、なんだあれ!?
「逃げろ──ッ! 走れッ──!!」

 ──あれは、首無しライダー。
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